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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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十七話 『産道』

「君はあの時の――」


「待て待て、言うな、当ててやる」


 少女に言葉を返そうとしたサビトガを、なぜかシュトロが制してきた。


 少女をじろじろと眺め回しながら「うーん」とうなるや、シュトロはぴんっと人さし指を立て、少女の足元を指さした。


 熊の足をそのままはがしてこさえたらしいくつ。その鋭い爪をひとみに映しながら、シュトロがニヤリと笑う。


「相棒と共闘して熊を倒したっていう、女の子だな! その靴は戦利品ってわけだ! どうだ、大当たりだろう!」


 両手の指でうれしげに自分を指すシュトロを、少女は無視した。下ろしていた腰を上げ、サビトガに体を向けて手を差し出してくる。


「行こう。島は『優れた異邦人いほうじん』を必要としている。ワレワレは『産道』を通り、『子宮』へ至る」


「……何の話だ? 君はいったい、何者なんだ」


 少女を指したまま固まっているシュトロを押しのけ、サビトガが問うた時だった。突然にレッジがサビトガの背から飛び降り、大声で「だまされるな!」と叫んだ。


 見れば彼の顔は真っ赤になっていて、震える手で腰の剣をつかんでいる。レッジは未だにサビトガだけに視線と手を差し出している少女へ、きんきんと耳にさわる怒声を放った。


「これ以上好き勝手はさせないぞ、疫病やくびょう神め! 二人とも気をつけろ! 『それ』は人間の子供じゃない! 人型の魔物だ! 僕らは『それ』を追跡していて野盗達とはち合わせたんだ!」


「魔物だと?」


「とんでもない速さで森を走るんだ! まるで猿か狼みたいにね! 僕のパーティー(隊)はその魔物を捕まえようとして本来進んでいたルートを外れて、野盗達と出くわしたんだ! そいつさえいなければ僕の仲間は全滅することはなかったんだよ!」


「勝手に追って来て、勝手にクルノフ達とぶつかっただけだ。ワタシみたいにさっさと逃げるか、腰の武器に見合った強さを身につけていれば死なずに済んだ」


 蹂躙じゅうりんされたのは、お前達自身の責任だ。


 そう冷たく言い放つ少女に、レッジがとうとう白刃を抜き放った。とっさにシュトロがカカシの剣を抜き「先走るんじゃねえ!」と怒鳴る。


 抜き身の剣を手ににらみ合う二人の男達。彼らの殺気が取り返しのつかないほどに高まるその前に、サビトガは両者の間に、ゆっくりと槍のを差し入れた。


 無言のままに、どちらも刃を収めるよううながす。数秒の後、先に剣を引いてくれたのはシュトロだった。レッジをにらんだまま、厳しい表情で剣をカカシの胴体に戻す。


 レッジの方はなおも剣先を少女に向け続けていたが、サビトガが視線をくれると顔を伏せ、しぶしぶ剣を返してさやにしまった。


 きん、と剣のつばが鞘を叩く音を聞いてからサビトガは槍を手元に戻し、深く息を吐く。場から殺気が消えたところで少女に視線を戻し、改めて問いを向けた。


「君は何者なんだ」


「『産道の民』だ」


「その産道というのは、何のことだ? 産道とは出産時に赤ん坊が通る、母体の通り道のことだろう」


「ワタシの言う『産道』とは、魔の島における地名のことだ。魔の島の各所には、女の体にちなんだ地名が太古の昔から伝えられている。ここは島の外周にあたる『足』で、『産道』と呼ばれる土地を通ることで島の内側の『子宮』に行くことができる。そこからさらに奥の『心臓』や『頭』にも行ける。ワレワレは『産道』に村を作り住み着いているから、『産道の民』を名乗っている」


 なるほど、と得心するサビトガに、少女は目をぱちぱちとまたたかせて言葉を続ける。


「ワレワレは、魔の島で生まれ育った魔の島の住人だ。異邦人のオマエから見て『原住民』の立場になる。そしてワレワレはオマエのような、島の外部から来た強い戦士をみちびくことを一族の使命としている」


「導く?」


「『足』を……この森を抜ける方法を、知っている。ワタシについて来れば、オマエは島の中心部にたどり着くことができる。不死の水が眠る、オマエ達が『最古の秘境』と呼ぶ場所にだ」


 パン、と、シュトロが不意に両の手を叩き合わせた。歓喜の表情を浮かべる彼を、唇をんだレッジがにらみつける。サビトガは彼らの様子を横目に、いやに大人びた口をく少女へさらに問いを重ねた。


「なぜ外部からの探索者を島の奥地へ案内するんだ? 島の秘宝と言われている不死の水に部外者を近づける意図はなんだ? 君達の『使命』とやらは、誰から授かったものなんだ?」


「知らない。何も知らぬまま、探らぬまま、ただ『優れた異邦人』を案内し続けることがワレワレの使命だから。ワタシの両親も、その両親も、そのまた両親もみんなこの使命をいできた。悪い異邦人に殺されたり、集落ごと滅ぼされたこともあったけれど、けっして放棄しなかった使命だ。だからワタシも、それに従っている」


「……『優れた異邦人』……つまりは、生存能力や闘争能力にけた探索者か。君が俺をそう評価したから、俺は島の奥地へ案内してもらえる。そういうことか」


「そうだ。オマエは初めての狩りをしくじりかけたワタシを助けて『ウェアベア(人熊)』を倒した。オマエは『優れた異邦人』だ。だからワタシは、オマエを使命のパートナーに選んだ」


「よく俺のいる所が分かったな。この焚き火が俺の起こしたものだとなぜ分かったんだ?」


「……ウェアベアの肉を焼く臭いがしたから、もしやと思って寄ってみたんだ、が――」


 少女はサビトガに差し出し続けていた手をおもむろに下ろし、ぷらぷらと振りながら、深く深くため息をついた。「どうした」とくサビトガを、少女は紫色の瞳でじとりとにらむ。


「――話が進まない。異邦人はほんとうに『きたがり屋』でイヤになる。『なぜ?』『どうして?』――そんなのばかりだ。ワタシが宇宙の真理までさかのぼって説明してやらないと、オマエはこの場から動くこともできないのか? そこまで『介助』が必要か?」


「へっ、けっこう言うぜ、このガキ」


 笑うシュトロをもじろりとにらんでから、少女は細い手を組み、サビトガに言う。


「ワタシについて来れば、明日の昼には森の外に出られる。さもなくばクルノフのようにこの森でずっと戦い続けるか、のたれ死ぬことになる。ハングリン・オールドのように自力で森を抜けられるヤツは百人に一人だ。アイツは腕っぷしは弱いくせに本当に頭の良い異邦人だった。動く地面や亀裂の関係性を解き明かして、一滴いってきも血を流さずに森を抜けた。

 でも、そういう芸当ができる自信がないのならワタシに頼るのが賢明けんめいだ。本来はワレワレ産道の民に選ばれた異邦人だけが、確実に最古の秘境へたどり着くことができるんだから」


「……クルノフやハングリン・オールドのことを、よく知っているらしいな」


 少女は鼻を鳴らし、はるか頭上にあるサビトガの顔をめ上げるようにして見た。


「かつては魔の島に上陸した全ての者は、産道の民に監視されていたのだ。ワレワレは樹上や海岸の岩陰にひそみ、不死の水を求めてやって来る異邦人達を集団で観察した。彼らを追跡し、その力量を見極め、案内するにあたいすると判断した者だけを手助けし、最古の秘境に導いた。それが産道の民の使命だからだ。

 ……今はわけあって産道の民は四人しか生き残っていないから、全ての上陸者を把握はあくすることはできていないがな。しかもその内三人は、すでにパートナーを見つけて最古の秘境を目指し旅立っている。

 ワタシが選ぶパートナーが、この島で産道の民の助けを得られる、最後の異邦人だ」


 その最後の一人になるのが、そんなに嫌か?


 少女の言葉にサビトガは眉をひそめ、シュトロとレッジに視線を向けた。しばし思案してから、「話を聞いていると」と、声だけを少女に向ける。


「君が最古の秘境に案内するのは、あくまで俺一人だけ……と。そう言っているように聞こえるんだがな」


「そうだ。必要なのはオマエだけだ。産道の民は優れた異邦人しか案内しない。弱者は不要だ」


 すかさずシュトロが「ちょっと待てよ!」と少女にくってかかった。


「そんな話は通らねえぜ。俺ぁその男、サビトガの相棒なんだ。一緒に行く資格があるはずだ」


「ワタシとサビトガが初めて会った時、サビトガは一人だったぞ。サビトガは一人でこの島に上陸したということだ。だったらこの後も、一人で戦えばいい」


「このガキ……道案内とか言っておいて、俺達を分断する気か!」


「だから言ったろ! 疫病神なんだ! 信じちゃダメだよ、絶対ろくなことにならない!」


 サビトガは騒ぎ出すシュトロとレッジから、ゆっくりと少女に視線をもどす。無表情な小麦色の顔を焚き火の光に照らされている彼女に、サビトガは少し考えてから、ひざを折って目線の高さを合わせた。


「君……名前は?」


「産道の民に名前はない。あるのはそれぞれの役目を表す言葉だけだ。今のワタシは『選別人』。優れた異邦人を選別する立場だから」


「……初めての狩りをしくじりかけた、と言っていたな。つまりあの熊狩りは、君の使命とは関係のない『危機』だったわけだ」


 少女はふいと視線をそらし、両手をにぎったり広げたりしながら、時間をかけてうなずいた。


「他の仲間が、みんな『使命』に出かけてしまったから、村に食べ物がなくなった。森を歩けばブナの実や葉っぱが手に入るけれど、それだけだといずれ栄養が足りなくなって動けなくなる。だから新鮮な肉が必要だった。でも、ワタシはまだ……ウェアベア狩りに連れて行ってもらえるほど、大きくなかったから……その……『経験不足』で……」


「じゃあ、俺があの場に居合わせたのは、君にとっては予期せぬ幸運だったわけだ。ケガをせずに済んだし、肉も手に入ったし、使命のパートナーも見つかったし」


 サビトガはなるべく恩着せがましく聞こえないよう言葉を選びながら、少女の横顔にゆっくりと声を投げかける。


「使命のルールやしきたりをまげてくれと言うんじゃないんだ。ただ、幸運の『おすそ分け』をしてくれないか。君が使命のために俺を案内するのとは別に、俺の仲間をも連れて行ってくれるような寛大かんだいな人だったら、それは俺にとってとても幸運なことなんだがな」


「……」


「残して行けば野垂れ死んでしまうと知っていて……それでも仲間を置き去りにするような男は、俺にはどうしても『優れた』異邦人とは思えないんだよ」


 少女が再び顔を正面にもどすと、その顔が一瞬にして苦々しげにゆがんだ。見れば少女のアメジストのようなひとみにはサビトガの顔と、その背後で両手の指を乙女のように組み、気色悪い笑顔でほほえんでいるシュトロが映っている。期待とびの色に染まったシュトロの顔をサビトガが振り返るより早く、少女が「話が進まないから」と、不満たらたらの声を出した。


「ついて来させたければ、勝手について来させればいい。でもそっちの二人が転んだり、足をくじいたり、獣に襲われたり、いきなり変な病気にかかったりしてもワタシは知らない。本当は最古の秘境には、弱者は連れて行ってはいけないことになってる。弱っちいのは勝手に死ね」


「よく言うぜ! 自分だって熊に襲われそうなところをサビトガに助けてもらったくせによ!」


 肩をすくめるシュトロに、少女は平然と「案内人は別勘定(かんじょう)だ」と答えた。


 話がまとまったところで、サビトガは立ち上がりながら、何か言いたそうにしているレッジに視線を送る。彼は篭手こてをはめた親指をかじりながら、数秒サビトガを見つめ返し――――結局何も言わずに、視線を地面に落としてしまった。


 サビトガは、今は無理にレッジの意向を聞く必要もあるまいと判断し、再び少女に視線を向けて「それで」と切り出した。


「森の抜け道の『産道』というのは、どこにあるんだ?」


「そこだ」


 短く答えた少女が、己の背後を指さす。三人の男達の視線が、落ち葉の塹壕ざんごうにはさまれた、地面の亀裂へとそそがれた。


「産道は地割れの中だ。ただし全ての地割れが産道に続いているわけじゃない。間違った地割れに入れば、大地の回転に巻き込まれてすり潰される。……限られた地割れの中にだけ、森の外に続く地下道がある」

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