十四話 『死道』
処刑人の仕事は法に干渉することではない。すなわち罪人の有罪無罪を云々することを含まない。
どんな凶悪犯だろうと、逆にどれほど情状を酌量すべき哀れな罪人であろうと、一度法廷が死罪を言い渡せば一切の区別なく首を落とす。
ただ黙々と法を執行することだけが、処刑人に課せられた役目なのだ。そうでなければ処刑人を名乗ることは許されない。
それが『建前』ではある。
処刑人の正義とは法に疑念をはさまぬこと。私情で剣を振らぬこと。ひたすらに罪人の首をはね続ける、良心を持たぬ機械となること。
それが『正論』ではある。
だがそんなことは、まず不可能なのだ。法は往々にして間違うものであり、その間違いのもとに平気で剣を振れるような処刑人は百人に一人だろう。処刑人もまた良心を持つ人ならばこそ、明らかな冤罪や法の欠陥のせいで死を押し付けられた罪人には同情もするし、その首に振り下ろす太刀筋を狂わせることもある。
レバーを引けば矢を射出する弩の発射装置のように、決して臆さずひるまず、考えず、確実に罪人を殺す処刑人。法が理想とするその姿は、情を捨て思考を捨て、身も心も法の一部となった――悪く言えば人間らしいものを全てそぎ落とした、鬼畜に他ならない。
そして鬼畜は、どんなに建前や正論がその存在を肯定しようと、けっして人々には受け入れられない存在なのだ。
処刑人としての誇りと責務をかなぐり捨て、妻子のために私刑をおこなったシドウは、法関係者には最悪の痴れ者と唾棄されたが――民間では法廷の圧力をはねのけ、みごと妻子の仇を討った英傑と称えられている。
逆にシドウの数代前、まだ王室処刑人が世襲制であった時代の最高の首切り人と言われるヒズマ伯爵は、生涯で百を超える首をまゆひとつ動かさず切り落とし、その完璧で堂々たる処刑の手腕を冷徹、非情、残虐とそしられ、死後に何者かに墓を暴かれ遺体を強奪された。
本来の処刑人の姿としては、シドウよりもヒズマ伯爵の方が、疑いようもなく正しい。だがその正しさにこそ、人は嫌悪と憎悪を抱くのだ。
人間を殺すことに何の感情も抱かない生き物。生身の人間の声よりも、法律の声を優先するイキモノ。
法が命じさえすれば、たとえどんな理不尽な判決であろうとも即座に従い実行する。泣き叫ぶ男も、女も、子供も老人も、善人も悪人も他人も身内も一切容赦せず殺害してしまう。
そんな姿を、人は本能的に『敵』と判断するのだ。道理は関係ない。自分と同じ種の生き物を殺すことを生業とし、それをまるで食事をするかのように平然と遂行し続ける存在。
それは自然界においては『天敵』の定義だ。法が理想とする処刑人は、人類の天敵なのだ。
だから人々は、処刑人として不完全だったシドウを愛するのだ。
見ろ、あいつも結局は人間だった。処刑人のお役目をもらってはいたが、最期には人間らしい死に方をした。あいつも俺達と同じ心を持っていたんだ。
そう言ってシドウを悼み、哀れみ、褒め称えることで、処刑人という人種を理解した気になるのだ。亡き家族の尊厳のために法に背を向け、復讐を果たす。その行動は、動機は、人間らしさに満ちていて、誰にとっても理解しやすい。
だがヒズマ伯爵のような完全無欠の処刑人は、誰にも理解できない。
機械的に人間を殺し続ける彼を人々は心底恐れ、憎み、鬼畜と呼称した。
自分達の理解の外にある存在が、人間性のかけらも感じられない怪物が公職に在り、いつか自分や自分の身内を手にかけるかもしれないという恐怖。嫌悪。
それを時には民だけでなく、処刑人を任命したはずの役人や、国王までもが表明した。
処刑の道は修羅の道。極めれば極めるほど人間性を、人としてのぬくもりを欠落させてゆく、『死道』であると。
サビトガは王室処刑人の役目を継ぐ時、はっきりと国王に、そう宣告されたのだ。
「生きてるか? 相棒」
首のないクルノフの巨体の下敷きになっていたサビトガを、カカシの顔面が見下ろした。
青白い月を頭に載せたカカシの、ボタンの双眸にこもる闇に、サビトガは数秒間を開けてからため息を返す。
「ああ、なんとかな」
「手ぇ出しな、引きずり出してやる。……けっこう切られてんな。強かったのかい、コイツ」
「強かったよ。一国の主の命を受けた冒険者だからな」
「へっ、それで野盗に堕ちてりゃ世話ねえや」
屍の下からサビトガを引きずり出し、その傷を確認するシュトロが、首を傾けながらもう一度「けっこう切られてんな」と息を吐いた。
「こりゃあ、ちゃんと治療しないと膿むぜ。いったん焚き火まで戻ろう」
「戻れるのか?」
「ここまでどうやって来たと思ってんだ? あの紐の道しるべを張ったのあんただろ? 途切れた分は俺が接いできたから心配すんなって」
シュトロの頼もしい台詞に、サビトガは出会ってから初めて、心底無防備に「ありがとう」と安堵の息を吐いた。
するとシュトロが一瞬動きを止め、サビトガの顔をまじまじと見つめてくる。眉を寄せるサビトガに、シュトロはもごもごと何ごとかをつぶやいてから「ま、気にすんな」と頭をかいた。
「俺は大したことしてねえからな。こっちも野盗を一人ぶっ殺したけど、あんたは何人も相手にしたんだろ? そこらじゅうに血肉が飛び散ってらあ。あんたと出会う前に野盗どもとはち合わせなくてホント良かったって思ってるよ」
「おたがい様だろう。そんなことは。……ああ、待ってくれシュトロ」
立ち上がり、歩き出そうとしたシュトロをサビトガが呼び止める。振り返る相手の目の前で、サビトガはマントでぬぐったシドウの剣を槍の底にもどし、落ち葉の山の中から、クルノフに襲われていた青い鎧の男を抱え起こした。
相変わらず気を失っているようだが、呼吸はしっかりしている。打撲以外に目立った外傷もない。
気合を入れて男を背負うサビトガに、シュトロがなぜか不満げな声を出した。
「なんだよ、その野郎は」
「野盗に襲われていた。俺達と同じ探索者だと思う。一緒に連れて行ってやろう」
「気に入らねえなあ。内股以外全身を守る本格的な戦鎧だ。秘境探索に着て来るのはアホだぜ。重すぎるし、発汗の効率が悪くなって体力を消耗する」
「そんな物を背負っているお前が言うかね」
カカシを背負ったシュトロは、サビトガの言葉に強く鼻息を吹いて再び歩き出した。「役に立たないぜ、そいつ」と捨て台詞を吐くシュトロ。
サビトガは荷物袋が潰れないよう気をつけながら男の体重のかかる位置を調整し、男の呼吸のリズムに異常がないのを確かめてから、先を行くシュトロの背を追い始めた。