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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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十二話 『冒険者クルノフ』

 穂先が肉に埋まる。クルノフの胸、心臓の位置に、まっすぐに吸い込まれる。


 取ったと思った。一撃で急所を突いたのだ。このまま一気に背中まで刺しつらぬこう、そう考えた刹那せつなだった。


 皮と肉を裂いた刃が、がちりと何かにはさまって、止まった。目を見開くサビトガの顔面に、太いブナの枝が迫る。


 にたりと笑ったクルノフが、大きなかんじきでサビトガを蹴り飛ばした。昨晩、熊のはね上げた丸石が直撃した時と大差ない衝撃がサビトガを襲う。


 上転しかける眼球を必死に戻すと、次に落ち葉の中に背中が埋まった。ざざざ、と音を立てて舞い上がるち葉。月光を細く切り取るそれらの向こうに、クルノフの巨体が見えた。


 槍を突き込んだ場所から、白い骨がのぞいている。それは胸骨から外れ、先端が牙のようにとがった肋骨ろっこつだった。


 心臓の真上に、肋骨の先端があるのだ。それも二本の肋骨が木の根のようにからみ合い、フォークのように二股に突き出ている。


 正常な人間の骨格ではない。サビトガは落ち葉の中で体を回し、再び槍を右手に立ち上がった。


 クルノフが跳躍ちょうやくする。三振りもの剣をはさんだ右手を、頭上から振り下ろしてくる。


 五本の指で握るために作られた剣のを、たった二本の指の間にはさんで振るう。剣の常識に反した、邪道の極み。本来恐るるに足りぬ稚技ちぎだが――


 サビトガの目に映るクルノフの指は、そのすべてが骨折して、れ上がっていた。得体の知れない肉のこぶおおわれ、異常な方向に折れ曲がった関節。ゆがんでのたくった、骨。


 ぞわりと背中をなでる寒気に、サビトガはクルノフの刃を受けずに飛び退いた。


 鼻先を、一切ブレのない三つの剣閃けんせんがかすめる。まるで手だれの剣士が三人、同時に目の前で刃を振るったかのようだった。


 人間(わざ)ではない。そもそも剣の柄を指のまた(・・)のみで支え、まともな一撃を放つことなど不可能なのだ。人間の手指の骨格は、そんなことができるようには作られていない。


 太刀筋は安定せず、敵の皮を裂くことはできても肉を断つことはかなわない。骨に当たれば跳ね返されるのがオチだ。


 正常な、人間の骨格ならば……。


 身をよじり、さらにわきへぶサビトガの顔を、大きなかんじきの蹴りがかすめた。着地するサビトガの肩を、クルノフの左の剣が、剣の群が襲う。引き裂かれたマントの羽毛を散らしながら地を転がり、ブナのみきを蹴って距離を取るサビトガ。


 クルノフが、顔中を血管まみれにしながら笑った。


「けがをするたび、つ、つよくなる」


 息を荒げるサビトガの前で、クルノフは己の胸からのぞく異様な肋骨を指しながら、にちゃ、と唾液の音を立てた。


「け、けものや、にんげんと、たたかうたび……おおけが(・・・・)した。でも、なおるたび、ほね、まがって、おおきくなった」


 もはや手の形をしていない手を、折れ曲がってゆがんで、肉のこぶでふくれ上がった指を、うれしげに振る。


「き、きゅうしょは、もう、きゅうしょ、じゃない。そだった、ほねのおり(・・)で、まもられてるから。ゆびも、ふとく……ひろく、そだった。なんぼんでも、けんを、もてる。しっかり、にぎりこめる」


 しっかり、振るえる。


 腰を落とし、異様な、我流の構えを取るクルノフに、サビトガは槍を眉間の前に立てながらうなった。


 つまりは目の前の老人は、魔の島で戦い続ける内に何度も負傷し、そのたびにまともな治療をしてこなかったのだ。骨折してもえ木すらせず、ひたすら栄養だけを取って自然治癒させてきたのだろう。


 普通ふつうは、運動機能に支障が出る。ゆがんだ骨では筋肉の力を正常に作用させることができないからだ。


 だが、たまたま、本当にたまたま、クルノフの骨格は彼が戦うにあたり都合のいいように変形した。


 胴体の骨はより重要な臓器を守るように展開し、手指はより破壊力のある、奇抜な攻撃を繰り出せるような形に曲がり、握力を補助するための肉のこぶを作った。


 彼が仲間の野盗達とともに今日までこの森で生き抜いてこられたのは、こうした常軌をいっした偶然のいたずらがあったからこそかもしれない。骨格レベルの変身を経て手にした強さがあったから、この異常な魔の島の環境でも戦ってこれたのかもしれない。


 だが、それでもサビトガは、クルノフを幸運だとは思わなかった。


 骨格の変形はしょせん事故であり、戦闘面のみにおける有利しか生まない『ゆがみ』だ。


 生まれ持った本来の形から外れたクルノフの骨は、多かれ少なかれその命をおびやかしているはずだ。その証拠にクルノフは肋骨が露出しているにもかかわらず、一切の痛痒つうようを顔に出していない。折れ曲がった指の関節のいくつかは、血の流れが停滞して紫色に変色している。


 きっとクルノフは、彼が年老いているということを差し引いても、長生きはできない体なのだ。痛みを感じることすらできぬほど、体の各部位が死にかけている。


 サビトガの槍が、コン、と音を立てた。視線を向ければ、柄がブナの枝に当たっている。


 クルノフがかんじきをゆっくりと動かし、サビトガに笑顔を向けたまま近づいて来る。赤らんだ顔から、血臭がぶわっと立ち上った。


「へへへ……長得物ながえものの、けってん(・・・・)。はなれたてきを、はなれたまま、ころせるが……」


 クルノフの手が、彼の両わきから伸びるブナの枝を、へし折った。


「せまいところでは、たたかえないぃ……!」


 攻撃をかわす内、落ち葉の広場から再びブナの木立ちへ入り込んでしまっていたサビトガ。


 幹と枝に囲まれた彼に、クルノフは両手の剣を器用に操り、無数の刃を一気に突き出してきた。

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