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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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十一話 『先達』

 当然の話だが、槍と剣とでは攻撃の届く範囲というものがまるで違う。


 サビトガの槍は振るわれた敵の剣よりも早く相手の顔面に到達し、その鼻と右目の間にさっくりと刃を埋めた。相手が悲鳴を上げる間も与えず、走る勢いそのままに槍をねじり込み、顔骨を破壊する。眼窩がんかから血と骨片と眼球をこぼして倒れる男。サビトガはさらに接近してくる別の足音を聞きながら槍を抜き、木と木の間を跳び、より月光の多く降りそそぐ場所を探して駆けた。


 助けを求める声は相変わらずそこらじゅうを逃げ回っていて、サビトガの方ヘ向かって来る気配がない。追いかけて合流するよりは、サビトガが目立つ場所に行って敵の注意を引きつけた方が合理的だった。


 行けども行けどもブナの森。しかしさらに百歩も走ると木立ちがわずかに開け、月光の太い柱が降りる落ち葉の広場に出た。


 サビトガは広場の真ん中で右足をすってターンし、落ち葉を巻き上げ、マントをひるがえしながら疾走の勢いを殺した。月光の中に立ちながら槍を回し、たった今自分が駆けてきた木立ちに向かって刃を構える。


 敵はすぐにブナの木陰こかげから飛び出してきた。統一性のない服やよろいを身にまとった男が、三人。まだ乾いていない返り血にれた腕輪やネックレスをいくつも身につけ、剣を何本も腰に下げ、あるいは背負っている彼らのいでたちに、サビトガはすぐにその正体を野盗のたぐいと見定めた。


 彼らが本職の盗賊か、あるいは魔の島に挑む過程で心が折れ、初志を忘れて堕落した冒険者崩れかは知らないが、いずれにせよこれで一人たりとも生かしておくわけにはいかなくなった。


 貴重な協力者となりうる他の探索者を襲うようなやからは、魔の島を攻略する上では絶対に排除しなければならない存在だ。サビトガは三人の野盗が自分に刃を向け、言葉もなく切りかかってくるのを待ってから、槍を全身を使って大きく振り回した。


 全員が剣を装備した野盗達は、自分達よりも長い得物を振るう敵に攻撃を止め、飛び退き、剣を目の前で交差させる。攻撃のすきを狙い、あるいは防御姿勢をとる彼らの前で、サビトガは槍をくるくると回し、持ち手を替え、様々な軌道で刃を空中に舞わせる。


 長いの上で指をすべらせ、巧妙こうみょう穂先ほさきと持ち手の間の距離を変えることで、槍の間合いは千変万化する。刃の軌跡きせきは蛇のようにのたくり、縮んでは伸び、方向性を変え――


 空間をいでいた『線』の動きが、突然突き刺す『点』と化す。


 交差した二つの剣のすきまを抜けて、槍の先端が野盗の一人ののどを突いた。「あっ!」と声を上げる他の二人の前で、槍がのどから引き抜かれ、血の線を引きながら再び『線』の動きに戻る。ひゅんひゅんと音を立てる槍を見つめながら、野盗の一人が吐血し、地に倒れした。


「野郎ッ!」


 一瞬で仲間を倒された野盗達が、血相を変え防御を解いてサビトガに襲いかかった。しかしその剣を握る指が、間合いに踏み込んだ足が、舞い踊る槍の穂先ほさきを次々と受けて鮮血を飛ばす。


 力任せにでなぎ払う槍術とは違う。敵との距離を正確に把握はあくし、それに合わせて穂先ほさきの軌道を調整、するどい刃だけが敵の体を通過するよう計算された攻撃だ。


 槍の柄の上を自在に流れる指は、まるで楽器をかなでる奏者そうしゃのそれのようで。実際、時と共に勢いを増して空中を流れる槍は、死神の彫刻の口からひぃぃぃ、と、悲鳴のような、高い笛の音のような音を上げ始めた。


 かっと開かれた死神の口には、黒い穴が空いている。彫刻のみぞから死神の口に流れ込む空気が、槍の内部を駆けめぐり、共鳴させているのだ。


 体を裂かれながら必死に追いすがる野盗達を、サビトガはつかず離れず、ステップをむようにいなす。指が落ち、耳がちぎれ、顔や四肢ししに長い血の線を引かれる野盗達。


 たまらず一人が剣を振りかぶり、強引に槍の動きを突破してサビトガの首を落とそうとした。考えなしに、力任せに剣を振り下ろす、太い二の腕――サビトガはそのど真ん中めがけて、狙いすました一撃を下から打ち上げる。


 死神の口が、ぎぃっ! とするどい歯ぎしりのような音を立てた。払われた槍が引く血の線の先には、月光に白く照らされながら、上空へとはね上げられる、野盗の腕……。


 すさまじい悲鳴を上げる野盗の口へ、容赦ようしゃなく槍の底、『石突いしづき』が叩き込まれる。歯が折れ、骨が砕ける音。悲鳴をみ込んだ野盗が後方へ吹っ飛ぶ。


 そのままぴくりとも動かなくなる仲間に、最後に残った野盗が裂かれた右足のすねをかばいながら座り込んだ。その頭に切り飛ばされた腕が落下し、ぶつかって血液をまき散らしながら落ち葉の中へねる。


 サビトガは、ふぅー、と深く息を吐きながら、ゆっくりと槍を回す。その穂先を向けられた野盗が、指が三本しかなくなった右手から剣を取り落としつつ、うめくように言った。


「降参……ってのは、アリか……?」


 サビトガは槍を握る左手をそのままに、右手で野盗の首を指した。じゃらじゃらとからみ合った無数の血塗れのネックレス――指が示すのはその中でひときわ強い輝きを放つ、銀でできた大きな花(かざ)りのついたペンダントだ。


 開いた四枚の花弁はなびらの中央には星型の銀板がはめ込まれていて、そこに二列の公用文字が彫り込まれていた。


『旅の無事を祈って。愛娘まなむすめミュティへ』


 ……頭上からの月光を浴びた前髪が、サビトガの目元をかげに沈めている。


 陶器のあご骨が、地に座したままの野盗に向かって、ふっ、と息をもらした。


「しょせん盗人ぬすっとだろう」


 次の瞬間、サビトガは剣を拾おうとした野盗に向けていた槍の石突に、右手を強く叩きつけた。穂先が野盗の右目に突き刺さり、絶叫が響き渡る。サビトガは、そのまま槍を両手で握り、渾身こんしんの力で背後へ振りないだ。刃が野盗の眉間みけんを横断し、残った左目さえも引き裂いて、最後にこめかみを突き抜けて空中に飛び出す。


 細かい血しぶきを散らして月光を裂く槍がサビトガの頭上で静止すると、その背後で野盗が音を立てて突っ伏した。




 森が、再び静かになる。サビトガは戦闘で早まった心臓の鼓動こどうが少しずつ収まっていくのを感じながら、月光に槍をかざし続けた。


 ……どこに行ったのだ。なぜ黙っているのだ。


 泣きながら助けを求めていた声が、消えていた。誰か、誰かと呼ぶ声が、今は森のどこにもなかった。


 まさか。よもや。


 危惧きぐしながら耳をすますサビトガの前に、やがて足音もなく、木立ちから人影が現れた。


 サビトガはゆっくりと目を細めながら、息を吐き出す。それは半分は安堵あんど、半分は失望のため息だった。


 現れたのは、真っ青なよろいに身を包んだ金髪の男を片手にぶらさげた、熊のように巨大な老人だった。


 太いブナの枝を何十本も使ってこさえたかんじきをいた老人は、たてにも横にも大きく、まるで丸太のようにふくれ上がった手足をしている。他の野盗達にくらべて抜きん出て大きな体をした彼は、手に入れた他人の服や鎧を身につけることも難しいようで、ほぼすっぱだかの体の上にネックレスやベルトをつなぎ合わせたものをしこたま巻きつけていた。


 老人に捕まった金髪の男は、殴られてれあがったらしい顔を地面に向けてカチカチ歯を鳴らしている。助けを求める声は、彼のものだったに違いない。


 ゆっくりと槍を正面に構えるサビトガに、老人がしわと血管を走らせた顔面をゆがめる。黄ばんではいるが一本も抜けていない歯が、がちりと音を立てた。


「く……くるのふ」


 わずかに眉間にしわを寄せたサビトガに、老人はにたりと笑って続けた。


「ぼうけんしゃ、くるのふ……いざ、いざあ」


 老人の手から金髪の男が投げ出される。うぐう、とうめく彼をまたいでサビトガに近づく老人は、背負った無数のさやから両手に三、四振りもの剣を引き抜き、指の間にはさむ。


 まるで爪のように複数の剣を広げ、笑う老人。サビトガは槍を握りしめながら、老人の口にした名を己が記憶と照らし合わせた。


 魔の島に上陸した直後、森の入り口で見かけた様々な先達の名と素性。


 その中に、探検家ハングリン・オールドの名のすぐとなりに、冒険者クルノフの名があった。


『冒険者クルノフ一行。偉大なる女公の命によりプローフ公国より派遣さる』


 サビトガは陶器のあご骨の奥で歯をきしませ、目の前の巨大な、醜い肉の塊をめ上げた。


「ハングリン・オールドと違い――森を抜けることができなかったらしいな、クルノフ殿」


「はああ?」


 口を大きく開け、まるで知性の感じられない目をまたたかせる老人、クルノフ。


 未開の地で、こころざしも、主人のめいも忘れてしまったのだろう先駆者に、サビトガは一瞬だけ目を閉じ――直後、裂帛れっぱくの気合と共に、槍を突き出した。

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