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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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八話 『臓物とスカート』

「君、一人か?」


 問いながら近づいて来た男に、少女は熊の臓腑ぞうふを麻服のスカートにせたまま、木陰から立ち上がった。


 口の周りを血だらけにして、山ほどの臓物を抱えている少女。男は一瞬にして警戒の色をあらわにする。


 食事をとっていた少女を見つけたのは、きれいな顔をした金髪の男だった。長い肩当てのついた真っ青な鎧に身を包んだ彼は、銀色の剣のに手をかけながら高く声を上げる。「おーい!」と呼びかける彼に、木立ちの向こうから何人かの返事が返ってきた。仲間がいる。少女はスカートの臓物を両手で支えたまま、一歩後ろに退いた。


「レッジ、どうした?」


「生存者だ。でも様子がおかしくて……」


「うわっ、何だこいつ! 何食ってんだ!?」


 次々と現れる男女は、計五名。いずれも若くしなやかな体つきをしていて、歳は少女の倍といったところか。身なりが良く、仕草に多少の品がある。大きな都の、夢と希望と体力に満ち満ちた若き開拓かいたく者達。そんな風体ふうていだ。


 上等の服の上に鉄の胸当てをびょう打ちした女が、優しげな笑みを浮かべて指を伸ばしてきた。「どこから来たの?」と問う彼女を、最初に現れたレッジという男がするどく制する。


「よせ、ミュティ! 油断しちゃだめだ!」


「そうだ! 人型の魔物かもしれないぞ!」


「まさか……こんな小さな子が? 考えすぎでしょ、いくら魔の島だからって……」


 若者達が議論を始め、うち何人かが剣を抜くのを見ながら、少女はさらに一歩後ずさり、紫色の目を細めた。


 視界にある刃は、いずれもよくぎすまされた上等の刀剣だ。油が塗られ、木漏れ日を受けて光り輝いている。


 美しい、ぴかぴかの、おそらくは新品の武器。魔の島に挑むために新調したのか。それともはるか昔に手に入れてから一度も使わず、ただかざりのように腰に下げ続けていたのか。


 いずれにせよその刀剣の群が、一度も生き物の肉を裂いたことがないのだということは、おさない少女の目にも明らかだった。


 立派な剣をにぎる若者達の手つきも、どこか危うげなものをはらんでいる。


「オマエたちじゃ、ダメだ」


 声を上げた少女を、五人の若者達が驚いたふうに見る。


 小麦色に日焼けした少女の顔に、おおかみのような凶悪な形のしわが走った。


 こいつらじゃ、ダメだ。こいつらの剣の腕では、魔の島を生き抜けない。


 こいつらは死ぬ。確実に敗者側に回る。


 こいつらと一緒にいたら、生き残れない。


 レッジという男が、少女の腰まで伸びた薄茶色の髪をにらみながら、何かを言おうとした。直後に少女が支えていたスカートをひるがえし、臓物をまきちらす。


 飛んでくる臓物と血液にたじろぐ若者達に背を向けて、少女は駆け出した。熊の足をそのままひっぺがしてこさえたくつが、そこから伸びた鋭い爪が、落ち葉をみ散らして舞い上げる。


 若者達が追って来る。少女を保護するつもりにせよ討伐とうばつするつもりにせよ、捕まるわけにはいかなかった。


 駆けながら少女は昨夜の、熊を倒した槍の男を思い出す。


 夜の森での振る舞い方、猛獣と相対あいたいした時の対処の仕方、戦い方を、すべて心得た男だった。結果的におびき寄せた熊に追い詰められた少女より、ずっと森で生きるすべけている。


 あの男の持つ槍の刃は、光を放つのではなく、内に秘めていた。にぶく、静かに、光をたたえた刃。冷たい水にぬれたような、緊張感のある輝きを宿した刃。


 あれは多くの生き物の血肉を吸った武器だ。数え切れないほどの命を奪い、死を作り出してきた――


 ああいう得物を持つ人間だけが、この魔の島に通用するのだ。打ちたてのぴかぴかの剣を持った百人が集まっても何の足しにもならない。ここはそういう場所なのだと、少女は今は亡き両親から聞かされて育った。


 あの槍の男と、手を組みたかった。だがごつごつした岩場の坂を、気絶している大人の男を引きずって上がるのは無理だった。


 血臭に他の獣が寄って来ることを恐れ、手当てだけして槍の男を置き去りにしたことを、少女は後悔し始めていた。


 魔の島を訪れる探索者の半分は今自分を追いかけている若者達のような、頼りがいのない死相の出ている連中だ。魔の島に立ち入った者は、誰も生きて帰って来なかった。だが自分達だけは何故か島の秘密を暴いて名誉の凱旋がいせんができると、無根拠に信じている。信じて、実際に上陸して来てしまう。その気楽な思考が死相となって顔に出ている。


 そんな連中に捕まり、あまつさえ保護などされてしまえば、少女の運命は彼らと同じところに落ち込むはめになる。獣に食われるか、他の探索者に殺されるか……。


 槍の男が目覚めるまで、そばの木にでものぼって待っていれば良かった。槍の男が寄って来た別の獣に襲われたとしても、彼の命運が本当に尽きてしまうその時までねばる価値はあった。


 あんな好条件のパートナーは、中々見つかるものではないのだ。


 少女は鼻先から垂れてきた熊の血をめとりながら、ブナの木の間を飛ぶように駆け続けた。

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