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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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一話 『サビトガ』

 海の上を歩いていた。


 右手にも、左手にも、深く青い海原が果てなく続いている。


 周囲に島はなく、波は一切立っていない。頭上にはぎらぎらと燃える太陽があり、海鳥一羽いない虚空こくうやりのような日差しを下ろしていた。


「砂の道をみ外すな」


 背後から声をかけてきた老人が、木のみきをくりぬいて作った一人用の釣り船を操り、サビトガを右から追い抜いた。船の『(とも)』……後部には長い長いりざおが固定されていて、その糸が激しくはね回り、サビトガのくつを叩いた。


 何かが、針に食いついている。だが船主ふなぬしの老人は獲物をり上げようとはしない。


 まるでなわをうった罪人を引き回すように、針にかかった魚を船で引いていた。


「砂の道をみ外すな」


 老人が再び同じ台詞せりふを吐いた。サビトガは自分の足元に目を落とす。


 波ひとつない、りんと静まり返った大海原。暗い青にりつぶされた世界の底には、うねうねと蛇行だこうするあわい白があった。


 サビトガの歩んできた方角に。これから歩んで行く方角に。馬一頭がやっと歩ける程度のはばの、浅瀬のような道がある。


 白い砂の積もってできたラインをかいで示し、老人は歯のほとんど抜け落ちた口を開いて言った。


「砂の道を外れたら、釣り糸をいくら垂れても底に届かない地獄の海溝かいこうだ。そのかっこうじゃきっと一瞬で水中に沈み込んで、二度と浮き上がれんだろうよ」


 サビトガは麻でできた長ズボンと上衣じょういの上に、黒革の胸当て、腕当て、すね当てを着けていた。くつ頑丈がんじょう革靴かわぐつで、主に体の前面を守るための装束しょうぞくだ。


 首には黒い羽毛のえり巻きを着け、右手には細かい彫刻のほどこされたやりを持ち――


 顔には、鼻からあごにかけてをすっぽりとおおう、人骨をした面頬めんぼおがあった。陶器とうきでできた人間のあご骨が、ぴったりとサビトガの口にはりついている。


「装備を外しているヒマもない。青黒い海の底に引きずりこまれて、奇怪な魚どものえじきになる。砂の道は、波の立たない『め海』だからこそ形を維持いじしているが……あんたが敬意のない歩き方をしたら、そこからくずれていかんとも限らない」


「あとどのくらい歩く?」


 サビトガは、その長身にる長い黒髪に包まれた顔から、低くかすれる声を出した。真っ赤に熱せられた焼きごてが立ちのぼらせるけむりを長年吸い続けたのどが、重厚な大人の男の音をかなでる。


 老人はかいを動かしながら答える。


「二時間だ。二時間も歩けばあんたの目当ての島が見えてくる。砂の道は島の浜まで続いているから、迷うことはないが……」


「水と食料しょくりょうをよこせ」


 サビトガの言葉に、老人は肩をすくめて船にせていた荷物袋を取る。子供一人分ほどもある大きな袋を、サビトガは受け取った手で軽く背にった。「村に戻れ」と続ける彼に、老人はしわだらけのまぶたをしばたたかせる。


「本当に最後まで案内しなくていいのか」


「立ち入った者は誰一人生きて帰ってこない、魔の島なんだろう? 上陸まで付き合うことはない」


むかえにも、こなくていいのか」


「渡した手間賃てまちんまごにおもちゃでも買ってやれよ、じいさん」


 サビトガは老人に最後に一瞥いちべつをくれると、荷物袋を背負ってそのまま水平線へと歩いて行った。



 老人はしばらくその背を見送ってから、思い出したように釣りざおを取り、糸を引き上げる。


 激しくはねていた糸は今は静かに釣りざおと海をつなぎ、やがて海中の闇から、銀色の腹をなかばから食いちぎられた大魚が上がってきた。


 サメにでもやられたか。魚の死骸しがいを手に下げる老人は、遠く離れていくサビトガの背を見つめながら、息をついた。


「言うほど恐ろしげでもないもんだな……処刑人ってやつは」

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