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百四十六話 『回帰』

 全てがゆっくりと見えた。


 敵の体をすりぬけた肉断ちの剣が、舞い散る石くれや土くれを次々と通過するのも。


 赤く発光する目を見開いたユーク将軍が、天を抱くように両腕を広げるのも。


 景色の果てで笑っていたマリエラが、みるみる顔肉をゆがめ、口を裂けんばかりに開放するのも。


 全てがひどくゆるやかで、緩慢かんまんで――世界を流れる時の流れが、まるでこの場所だけせき止められて、はばまれたかのようだった。


 しかし、石でせき止められた水流がやがてその隙間からこぼれ、水位を上げて全てを再び呑み込むように。


 ゆるやかな体感時間はすぐに加速し、現実に追いつく。


 ユーク将軍の体を覆う、巨人の残骸のよろいの隙間から――やがて瀑布ばくふのように、血と臓物がはじけ飛んだ。


「おっ……! おオッ……!!」


 ぶらぶらと垂れ下がるはらわたをかき集めようとするユーク将軍が、しかし鎧の下で両断された胴体がすべるのに引かれ、空中をく。


 大地に踏ん張る下半身に対して、上半身は空を仰ぎ、やがて頭が腰についた。足裏と頭頂が、ともに地面に向いている。


 マリエラが鳴いた。これまでにないほどの世界が割れんばかりの声で絶叫した。


 魔王に組みつかれたまま、全身を燃えさかるにまかせて、這うように景色の果てから迫って来る。


 巨大な指が地を割り、様々なものを吹き飛ばす。


 ユーク将軍以外の全員がその衝撃に地にひざをつき、転倒する。





 長く伸びたマリエラの影が頭上を覆った瞬間、四つん這いになったアッシュの目の前にそれが飛んで来た。


 舞い散る石くれにはじかれ、地面に突き刺さるのは、純白の処女雪のような、回帰の剣。


 無意識に這い寄り、柄をつかんでしまったアッシュは、刃を引き抜きながらに周囲へ目を走らせた。


 戦士団長ガロルも、ルキナ王女も、震撼する大地に四肢をつき、アッシュに背を向けている。セパルカ王は片手を鋭利な骨につらぬかれていて、逆の手は石くれに潰されかけたアドをかばい、抱き込んでいた。


 マリエラが迫って来る。黒目が際限なく拡大し、深い穴のようになった双眸そうぼうをこちらに向けて、鳴きながら大地を這って来る。



『――君がやるんだ。アッシュ』



 耳元で声がした。聞こえるはずのない人の声が響いた。


 静かで、落ち着いた――ダストの声が。




 魔王が、数多の亡者とモルグの声で叫んだ。炎の翼が空いっぱいに広がり、全てを焼く灼熱の風をその直下に叩きつけた。


 マリエラの体が凄まじい勢いで焼け焦げ、肉が炭化する。彼女の絶叫が熱風とともに人々に届き、その肌や目をひりつかせた。


 閉じかけたまぶたを必死に開き、アッシュは回帰の剣を手に立ち上がる。大地の揺れはやんでいた。魔王がマリエラを抱えたまま、空に飛び上がったからだ。


 アッシュ達の頭上に、二体の怪物が落ちてくる。内臓が押し潰されそうな重圧とともに、何もかもを覆い尽くして迫って来る。


 ルキナが、ガロルが、セパルカ王が、アドが。


 そして耳元のダストの声が、やれ!! と叫んでいた。


 人一人も殺したことのないアッシュに、全てを終わらせるための一撃が託された。


 魔王にはがいじめにされたマリエラが、それでも腕を、触手をアッシュに向けて放とうとする。


 アッシュは、魂を振り絞るような声を吐き出しながら、その場の誰よりも細い腕で回帰の剣を打ち上げた。落下してくる巨大な女の胸へ、まっすぐに刃が向く。


 マリエラの胸の奥から、不死の巨人の残骸が浮上する。硬い骨と死肉のかたまりが、盾のように回帰の剣の前に現れる。


 だがその瞬間魔王の燃えさかる左手が、マリエラの頭をつかみ――


 無防備な彼女の眉間を、熱風に踊るちっぽけな回帰の剣の刃に、叩きつけた。

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