百四十二話 『物語』
人生は物語だ。そして物語には必ず結末があるものだ。
幸せな結末も、そうでない結末も、全てに意味がある。人の生に一つとして同じものがないように、物語の結末もまた、それぞれが唯一無二のものだ。
たとえ苦痛や悲しみにまみれたものであろうと、物語は常に祝福されて終わるべきだ。
一人の人間が物語を、人生を歩みきったという事実は、それだけで満足に値するものだからだ。
全ての結末は、死は、尊いものだ。
だから怖がることはない。
――こんな大嘘を、負け犬の遠吠えのような家訓を、よくもまあ何百年も伝え続けたものだと思う。
全ての人生に価値がある。全ての結末に価値がある。
そう思い込んでいれば少なくとも己の無価値な人生から目をそむけられるのだろう。
ユークに言わせれば、勇者の子孫達は誰一人として己の物語を歩んでいなかった。何百年、何千年か後に復活する不死の巨人の脅威に備えるための、人柱。
そんな宿命を背負わされた連中に、唯一無二の物語も糞もないものだ。
親も子も孫も、みな判を押したように同じように生き、同じように死ぬ。
自分は人類を救う選ばれた勇者なのだと、そうなれる可能性があるのだと必死に己を鍛え上げるのが序章。
強い力を得て剣技を極め、勇者の遺産を手に己が戦うべき災厄の襲来を待ち望み――やがて足腰が衰え、子を残すことを考えるのが佳境。
何も成せず、何とも戦えず、清貧の生活の中、家族の哀れみの目に囲まれて死ぬのが、結末だ。
これのどこが、祝福すべき人間の生なのだ。
これのどこに、満足すべき要素があるのだ。
ユークは祖父の死によって疑いを持ち、父の死によって確信を得た。
己らに伝えられた宿命には、伝説には、一切の価値がないのだと。
ヒルノアの遺した筋書きは、彼の子孫の誰かが不死の巨人を倒すという夢想は、ユーク達をそれぞれの人生の主役という立場から転落させる、呪いだ。
ヒルノアの遺志に従うことは、彼の物語の端役に甘んじること。
いつか現れる、本当に不死の巨人と対決する子孫を生むための捨て駒になること。
不死の巨人を倒した者は、きっと世界中から賞賛され、人々の愛と尊敬を受けるだろう。
その者の祖先であるヒルノアもまた、偉大な勇者として新たに記憶に刻まれるだろう。
主役は最初の勇者と、最後の勇者だけ。
その間に山と積まれた名もなき犠牲者達、勇者になり損ねた者達の屍など、誰もかえりみないのだ。
そんなことは、断じて許せない。
己の人生には価値があるのだと思い込んだまま、価値なき端役を演じることなど断じて受け入れられない。
物語を作り直さねばと思った。主役の座を強奪しなければと思った。
そのために努力し、そのために力を得た。本来不死の巨人に向けるために遺された勇者の遺産を、家族親類に向け、皆殺しにした。
初めて殺したのは、まだ歯も生えそろっていない妹だった。肉断ちの剣を伝わる感触は、まるで綿を切るようなささやかで、取るに足らないものだった。
母の痩せた首はまるで枯れ枝のようにぽろりと折れ落ちた。
わけのわからない言葉を繰り返す叔父は抵抗したので、形がなくなるまで執拗に切り刻んだ。
自分が肉断ちの剣を伝える家の最後の勇者になるために、他の候補を殲滅し尽くしたのだ。
その後は必要な仲間を集め、必要な人間をだまし、必要な血を流した。そうして作り変えた物語が、最大の悪役であったはずの不死の巨人さえ従えた、最強のユーク将軍の物語だ。
ユークは、宿命に勝ったのだ。ヒルノアの呪いに勝ったのだ。彼の物語を破壊して組み伏せたのだ。
真に価値ある人生だった。
ユークは他の何にも制約されることなく、己の在りたいように在り、生きたいように生きた。
目障りな他人の物語はすべて叩き潰し、侵略し、抱いた野望は全てものにしてきた。
今回も、そうするつもりだ。
あらゆる敗北は、彼の描いた物語を否定するものだから。
価値ある結末と思い込むのは、まっぴらだった。




