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百三十六話 『激闘 中編』

 熱風が、焦げる肉の臭いが、草原を駆けめぐる。


 人々は王都の外に戦いの場を移した怪物達の姿を求め、石壁に取りつき、建物や瓦礫の上に登り始めた。


 彼らの指揮をとる立場にあるルキナとセパルカ王は、崩壊した石壁の残骸の上を乗り越え、直接王都の外へ向かう。後に続くそれぞれの国の戦士達とともに丘の端に立つと、眼下に広がる草原にいくつもの青い火柱が見えた。


 緑の原を焦がし、煙を立ち上げる炎。その上を魔王と、マリエラだったものが転げ回る。


 体が真っ二つに分裂したマリエラの断面から覗く、不死の巨人のしなびた内臓に、ルキナが口を押さえながらうめく。


「全身を割られても死なない。予想はしていたが……マリエラの『形』をいくら崩しても無意味なのか。あの肉の全てをこの世から消さねば、勝利はない……」


「でも、それは魔王も同じ。魔王の炎を上げる霊体の全てを潰さない限り、あれは戦いをやめない」


 ルキナの背後で声を上げるのは、真っ白な死体人形、アドだ。彼女の隣に立つ黒髪の娘、アッシュが、泣きすぎてもはや涙も出ない目をこすり、強い口調で言う。


「以前この世に現れた炎の魔王は、きっとラヤケルスと、彼の縁者達の魂でできていたんだわ。今ここにいる魔王より、ずっと少ない人数でできていたはずだし……ラヤケルスは勇者ヒルノアと神を倒すために魔術を使っていたわけじゃない。初めから兵器として造られた神に負けちゃったのも、当然だったのかも」


「魔王ダストが甦らせた人数は、魔王ラヤケルスのそれのざっと数十倍以上。そこに竜神モルグの霊体まで加わった。神の側も、魔王の側も、かつての戦いの時よりずっと強大な力を得ている……どちらが勝つか、こうなったらもう分からない」


 アッシュとアドの言葉に、ルキナは親指に歯を立てながら隣のセパルカ王と、ガロルを見た。彼らもまた腕を組み、髪をかきむしり、思案している。巨大な怪物達の、人間の戦争とは別次元の戦いに、いったい自分達がどのような形で割って入れるのか。


 魔王の攻撃は、確実にマリエラにダメージを与えている。だが燃えさかる炎の魔王は、人間にとっての強力な味方であると共に、その体から常に噴き上げる熱風のせいで人が戦いに加わることすらもはばんでいた。


 炎の翼が巻き起こす風は、離れた場所にいても皮膚をあぶらんばかりの勢いだ。近くに行けばそれだけで死にかねない。


 それほどの凶暴な戦闘力をもってしなければ、今のマリエラとは互角にやり合えないのだ。


 魔王が、マリエラの右半身に炎の牙を立てる。おぞましい咆哮とともに、肉の焦げる悪臭が世界に満ちた。同時に肉の触手が魔王の体をめちゃくちゃにかきまわし、炎と霊体を吹き飛ばす。


「死を拒絶する怪物が、たがいの体を削り取ってゆく……! どちらが勝つにせよ、必ず決着はつきますぞ! それもそう遠くない内に!」


 魔術管理官ロドマリアの言葉に、その場の全員がこぶしを握り締めた。


 何とか、何とか戦いの結果に干渉できないものか。あの場に駆けつける手段が、魔王を援護する方法がないものか。


 怪鳥ロードランナーで一人戦場に向かおうとするセパルカ王を、彼の戦士達があわてて止めるわきで、ふと誰かがルキナを呼んだ。


 喧騒にまぎれるようなその声に、ルキナがはっとして駆け寄る。人々の間に、胸を押さえてうずくまるサンテがいた。彼女の肉断ちの剣を握ったまま、ルキナはサンテの前にひざをつく。


「大丈夫か。死に片足を突っ込んでいたんだぞ、あまり動き回るな」


「……この状況で、気遣いなど無用だ……どうせ魔王がやられれば皆生きてはいられない……」


 サンテがルキナの首に腕を回し、引き寄せる。顔が触れるほどの近さで、低く「回帰の剣だ」とささやいた。


「ユークの持っていた、回帰の剣を探せ。あれは魔術の効果を一切の例外なく打ち消す……魔王も、マリエラも、結局は彼らの使った魔術の効果の果てにあの姿に変わったのだ。回帰の剣が効く可能性は、ある」


「……しかし、ユーク将軍は……」


「ヤツが今どこにいるかは知らないが、回帰の剣はきっと戦場のどこかにある。私がスノーバ兵に混じって行軍していた時に出会ったユークは、すでに回帰の剣をなくしていた……この場にいる人数でなら、探し出せるかもしれない」


 目を見開くルキナのそばに、ガロルやセパルカ王、アドとアッシュも寄って来る。サンテが皆に視線をめぐらせながら、髪のほどけた顔で、鷹のような鋭い目を輝かせた。


「勇者の遺産は、人を災厄から守るために残されたのだ。それを振るう権利は、勇者の子孫にしかないわけじゃない……人の未来を切り開くのは、災厄に直面した、あらゆる人の役目だ」


 違うか。


 問うサンテの言葉に、ルキナが周囲の人々へ叫ぶ。「ユーク将軍の持っていた剣を探し出す! 雪のように白い刃、握りに黒い宝石のはめ込まれた剣だ! 見つければ魔王が勝つ!!」……コフィンの人々が即座に動き出し、セパルカ王もまた自国の戦士達に同じ命令を下した。


 石壁や屋根の上で話を聞いていた民もまた、王都の中へ走り出す。


 ルキナはガロルと共にサンテに肩を貸しながら、燃える草原の魔王へ視線を投げた。


「……待っていろダスト! 必ずお前を勝たせてやる! お前の意志に応えてみせるぞ!!」

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