百三十五話 『激闘 前編』
炎が空を焦がす。青白い、魂の猛火が。
燃えさかる翼を得た魔王は、草原に立つ巨大な肉人形の頭上を旋回する。じくじくとウジが屍を食むような音を立て、うごめく敵に、魔王が裂けた口を大きく開いて咆哮を上げる。
それは天空竜モルグの咆哮に、数多の亡者達の怒号の混じった声だった。
肉人形、マリエラがゆっくりと魔王へ右手を伸ばす。ぼこぼこと彼女の腕が脈動し、手のひらが真っ二つに裂けた。
裂け目から、不死の巨人に宿っていた赤い大蛇が飛び出す。かつてモルグを殺した怪物はその口からだらりと長い舌を垂らし、ぼきぼきと体を異様な形に折れ曲がらせながら、上空の魔王へ牙を剥く。
魔王が、雲を背に全身をひときわ強く燃え上がらせた。灰色の雲が真っ青に染まり、その表面にわずかに稲光が走る。
長く長く伸び、魔王へ到達する大蛇。その顔面に、炎の拳が音を立てて突き刺さった。
ばきりと割れる大蛇の額。それでも牙を立てようとする敵の口に、魔王の逆の手が突っ込まれる。
魔王が、再び咆哮を上げた。炎の翼が大蛇を包み込み、一気に燃え上がらせる。暴れる大蛇の首を押さえ込んだ魔王は、そのまま巨大な火炎球のようになって再び地上に落下した。
大蛇をたどるように、一直線にマリエラへと向かう魔王。呆けたような顔をしたマリエラが、「あー」と低い声を上げて、右腕を振った。
蛇と魔王が、わずかに落下の軌道をそらされて草原に落ちる。凄まじい衝撃と土煙。マリエラの手から伸びた大蛇の体が引きちぎれ、赤い粒子の群が周囲にまき散らされる。
土煙の中に浮き上がる魔王の形。ごろごろと不気味にのどを鳴らすマリエラ。
大蛇の炭化した頭部が草原に落ちると同時、両者の拳が土煙を吹き飛ばして激突する。
吹き飛び霧散する炎。一瞬にして焼け焦げ、どろどろと地に落ちる肉。
しかし二つの拳は破壊されるそばから再生し、やがて炎と肉の指ががっちりと組み合う。
魔王が逆の拳でマリエラの顔面を打つ。響いた音は打撃音というより、爆発音に近かった。表面の肉を焼き飛ばされ、黒焦げになったマリエラの顔が歯を剥く。魔王の体が片手で持ち上げられ、地面に振り下ろされた。
だが直後に炎の翼が羽ばたき、魔王が地面すれすれで体を反転させる。風に舞う木の葉のようにぐるりと身を返し上昇した魔王が、そのまま全体重をかけてマリエラのひじに落ちた。
手をつかまれたままのマリエラが、抵抗も出来ずにひじを砕かれ、前のめりに倒される。同時に魔王が彼女に覆いかぶさり、悪魔の貌をさらして燃え上がった。
火だるまになったマリエラが、絶叫しながら大地を四肢で打つ。土くれと草が吹き飛び、大地が震撼した。焼け焦げる肉から、神の残骸や亡者がぼとぼととこぼれる。
このまま消し炭にしてくれるとばかりになおも強く燃え上がろうとした魔王の身が、不意にがくんと沈み込んだ。マリエラの体が震え、その全身から、炎に包まれた肉の触手が這い出している。
次の瞬間、マリエラの体が縦に真っ二つに裂けた。目を大きく見開く魔王の腕が宙をかき、地面に激突する。
マリエラの分裂した肉体は触手の大群によって別々の方角へ運ばれ、草の上を転がって火をもみ消す。その様は、まるで体を引きちぎられた虫がもだえているような、異様な動きだった。
魔王が立ち上がると、二つに増えたマリエラはそれぞれの眼球を転がし、敵をぎょろりと睨む。
巨大な腕と足、そして無数の触手を駆使して、地を這って来る。
魔王が翼を広げ、固めた拳を咆哮と共に、大地へと振り下ろした。




