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百三十三話 『奇跡』

 世界が割れるような衝撃とともに、その者は巨大な肉の塊の中から、外界へとはじき飛ばされていた。


 マリエラの胸部が陥没するほどの衝突力は彼女の体内をかけめぐり、吸収した巨人のかけらや兵士達の屍を、肉に生じた亀裂からわずかに取りこぼした。


 コフィンの王都や、その周辺に落ちた食いカスのような死肉。その中に、この戦争の最大の責任者である男の姿もまぎれていた。


 勇者ヒルノアの子孫、スノーバ軍の最高指揮官、ユーク。


 彼は戦争で傷ついた体を引きずりながら、それでも笑っていた。


 上空から落下したにもかかわらず、彼の肉体は未だに生命活動を続けていたからだ。彼を包み込んでいたマリエラの肉片が、落下の衝撃から彼を守った。まるで胎盤のようなどろどろとした肉は、ユークの代わりに大地に潰れ散り、半ば液化して朽ちている。


 だがユークはその事実を、たとえば彼に対するマリエラの愛だとか、献身の結果だとは考えなかった。


「俺はやはり、時代に愛されているのだな」


 狂気的な笑みを浮かべ、コフィンの裏切り者ハルバトスに砕かれた足を引きずるユークの視線の先には、彼の運命を切り開くための希望がある。


 ユークは今、コフィンの王都の、墓地にいる。蛮人どもの中でも特に下賎げせんの連中が眠るのだろう、共同墓地の中心にいる。


 そばには着地の衝撃で破壊された墓石と、地上に顔を出した棺。ユークはそれらを踏み越え、墓の残骸の一つに突き刺さっている美しい刃に手を伸ばした。


「どこにやってしまったのかと思っていたが……戦争の混乱の中、こんな所に飛ばされていたとは……」


 何たる、何たる幸運。


 何たる奇跡。


 もはや、運命をつかさどる何者かが意図的に仕組んだとしか思えない。


 ユークは瓦礫がれきに足を取られながらも、十歩ほど先にある回帰の剣に引きつるような笑みを向け続けた。


 同じだ。ハルバトスとの戦いで突然己の手に戻って来た肉断ちの剣と、同じだ。


 勇者ヒルノアの遺産は、ユークが危機におちいった時に必ず、不自然とも言えるほどの最高のタイミングで手を差し伸べる。


 この広い戦場で失った剣が、今、ユークの手の届く範囲にあるのだ。


 魔術の効果をかき消す剣……神の暴走をも止める兵器ならば、今、ユークのはるか後方の空を飛ぶ炎の怪物も倒せるはず。


 この戦争にいる人智を越えた怪物は、ことごとく魔術の産物だ。それ以外にありえないはずだ。


「怪物は、勇者の手で倒される……か……ヒルノア、俺は貴様の伝説を憎んできたが……貴様が差し出したこの勝機は、ありがたく使わせてもらおう……」


 ありがとうよ、ご先祖様。


 ユークの手が、回帰の剣の柄をつかんだ。


 力は、この手に。


 醜悪な魔物をほふる剣は、再び英雄の手に。


 ユークが、砕けた足の痛みすら忘れ、両の足で地面を踏みしめた。


 刃を瓦礫がれきから引き抜き、背後の怪物を振り返る。


 反撃開始――――!











「あるわけないだろ。そんな、都合のいい話が」









 振り返りかけた首をそのままに、ユークが瞳を転がして『それ』を見た。


 握った回帰の剣の刃先。血に染まったそれを素手で握る、男。


 瓦礫がれきの影に座っていたスノーバ人が、黄金の片目を輝かせて、笑った。


「道端に転がってたのを、俺が見つけて拾っておいたのさ。いずれあんたが探しに来るかもって思ってな」


「貴様は……! レオサンドラが連れて来た、護衛の!」


「罠だぜ、こいつは。奇跡は起きない」


 お前のようなゲスには。



 双剣のアルスが剣とユークを、片手で引き寄せる。


 太い筋肉の力に抗えずつんのめったユークは、フクロウの羽毛の巻かれたアルスの潰れた腕に、そのひじから飛び出した白い骨に、左目を、つらぬかれた。


 絶叫するユーク。アルスもまた叫びを上げ、負傷していない方の足で相手の腹を蹴り飛ばす。


 左目から骨が抜け、ユークが今度は後方にのけぞる。だが、彼の手は回帰の剣を放さない。


 刃を握るアルスの手から鮮血がほとばしり、二人の体が剣を通して突っ張った。互いに剣の柄と刃を握り締めながら、片目同士でにらみ合う。


「端役のクズが! よこせ! これは俺の『奇跡』だッ!!」


「違うね、俺の『機会』さ! 正真正銘しょうしんしょうめい最後の、戦うチャンスだッ!!」


 放たれるユークの拳に、両手のふさがったアルスが額を叩きつけた。

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