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百三十二話 『犠牲と祈り』

 荒れ狂う、青い炎。


 巨人の形をした魔力の火に包まれたダストは、白骨と化した両手を頭上へ伸ばし、意味をなさぬ咆哮を髑髏どくろの奥から吹き上げた。


 炎の壁の向こうに、マリエラの顔がうっすらと透けて見える。ダストの手骨が強く握り込まれると、炎の巨人が同じように巨大な手を握り込み、マリエラの顔めがけて拳を突き出した。


 炎の拳が火柱を上げ、矢のように離れた場所にある敵の顔面に飛び、炸裂する。


 マリエラの絶叫。叩きつけられる彼女の手の平。ダストのすぐそばの炎を指がかきちぎり、さらっていく。


 うなるダストに、再び集結する炎の中から、霊体よりもおぼろげな影と化した亡者が声をかけた。


「やつを倒すにはまだまだ身の丈が足りんな。そろそろ味方の亡者を吸収し尽くすぞ……どうする?」


 影は、かつてダストと共にルキナの教育係を務めていた、コフィンの騎士団長だった。すぐそばにはもう一人の教育係の、男爵もいる。


 ダストは空洞の眼窩を震わせながら、かつての同僚達に答える。


「図体の問題じゃない……! 俺達の炎でやつを焼き尽くす! 俺達の死でこの国の未来を勝ち取る! もっと『熱』をよこせ! 魂を燃やしてくれ!」


「限界がある。まきを燃やし尽くせば、いずれ炎は消える。亡者の補給が止まれば、敵の攻撃を受け続ければ、この炎の魔王もいずれは……」


「三本角の巨大な魔王。古代のラヤケルスの正体が、この我々の行き着いた末路と同じものだとすれば、やはり分が悪いな」


 炎の中を泳いできたフクロウの騎士の影が、後についてきた二人の英雄と共にダストを見る。


「魔王ラヤケルスを倒したのが、勇者ヒルノアの『神』であったことは疑いようもない。魔王の亡者を吸収し強大化する能力が、神の不死の力に負けたのだ」


「しかも俺達の場合はもっと条件が悪ぃぜ。相手は神を吸収した、さらに上手のバケモンときてる」


「なにかが、ひつようだ」


 示唆しさされた結果を変える、何かが。


 三人の英雄達の言葉に、ダストはマリエラの拳にとりつく、自分達の力の結晶を見上げる。


 炎の魔王は戦場の亡者のほとんどを取り込んでなお、マリエラとは大人と幼児ほどの体格差がある。


 相手がまっとうな生物ならば、急所を燃やして殺すこともできるだろう。だが不死身の神を吸収したマリエラは、肉の一片すらこの世に残すことはできない。


 彼女の全てをこの世から消さねば、世界に未来はないのだ。ひとかけの肉片が、人類を破滅に導く可能性すらある。今のマリエラは、そんな存在だ。


 マリエラの手が、炎の魔王の首をもぎとるように振り下ろされる。四散する炎はまたすぐに結集するが、亡者達の影がいくらか、火の粉とともに空中に吹き飛ばされていた。


 マリエラの肉が焼ける悪臭が、世界に満ちている。このままねばればおそらく腕の一本は焼き尽くせるはずだ。


 だが、それでは勝利できない。


「我々の存在の全て、その名残なごりすら燃やし尽くしたとしても……」


 ダストの背後から、コフィン国王ルガッサの声が上がる。


「それでも……勝てぬか……? ……ダスト……」


「…………そんな悲しげな声を出さないでください。あなたのなげきの声は、いやな事ばかり思い出す」


 ダストののど骨が、妙な音を立ててきしんだ。周囲の炎にただよう人々の影に、ダストは死神のような顔を向けて言う。


「勝利のための種はすべてまいた。我々は自分達の人生をついやし、できうるすべての戦いを敢行かんこうしてきた。

 ……もはや、新たな知略戦略をはさむ余地など残っていない。この炎の魔王が最後の戦いの場に出現していること。それが我々の戦いの『結果』だ」


 ダストの白骨が、炎の中にあって青白く光り始めた。炎が骨の内から噴き上がり、ダストの骨を、最後に残った肉体の名残を燃やしていく。


「だが! すでに肉体を失い、霊体すら燃やした皆にあえてう! 残してきた者達を生かすため、未来を悪に食わせないために、俺と共に持てる全てを燃やしてくれ!

 こんなことを言う資格が自分にないことは分かっている! だがそれでも……形あるものも、それ以外のものも全てを魔王の火に捧げてくれ! 魂も、人格も、思考すらも魔力のかてとなりうるなら差し出してくれ!

 ――――俺と共に、この世から消えてくれ!!」


 邪悪な、あまりに残酷な要請の言葉を吐きながら、黒く炭と化していくダスト。


 その顔面がぼろりと炎の中に崩れ溶けるのを見ながら、亡者達は何故か、各々の表情で、笑った。







「見て……魔王が……!」


 ナギが、チビの手を握りながら声を上げた。


 王都の石畳から頭上を見上げる人々の視線の先で、マリエラの拳にとりついていた魔王が咆哮を上げながら強く発光していた。


 炎の体全体がまたたき、ごう、ごう、と音を立てながら少しずつ膨張してゆく。


 すでにマリエラの体からこぼれる亡者もいない。さながら風にあおられた火が消える寸前に最後の勢いを見せるように、青い炎の塊は激しく、あやうげに燃えさかった。


 マリエラが拳を振り、魔王を建物に叩きつける。はじけ飛ぶ瓦礫がれきが、しかし地上の人々に降りそそぐ前に魔王の火に取り込まれる。


 一回り大きくなった魔王がマリエラの肩に足をつき、取りついていた相手の拳と手首をつかむ。


 じゅうじゅうと肉の焼ける音。そして大きな破壊音。


 手首を折られたマリエラが、絶叫しながら魔王を振り回す。暴れる彼女の両足の甲に、魔王が拳から火柱を飛ばした。


 さっき炎に取り込まれたとがった瓦礫が、炎をまといながらくさびのようにマリエラの足を地面にいとめる。


 苦しむマリエラが、魔王を折れた方の手でつかんだ。霧散して逃れようとする炎の体に、マリエラの口が突然かぶりつく。


 口内を焼かれながら、それでも魔王の上半身をとらえたマリエラが、人々の数え切れぬ視線を受けながらにんまりと笑った。


 のどが、口中のものを吞み込もうと動く。マリエラの手に残った魔王の体が次々と火柱を放つが、そのことごとくをマリエラは逆の手で受けた。


「く、食われる……ッ!!」


「おのれッ!!」


 顔を引きつらせるガロルの横から、セパルカ王が部下の持っていたコフィンの国旗をぶんどり、投擲とうてきした。


 とがった先端がマリエラのすねに突き刺さるが、反応はない。


 人々が魔王を援護しようと攻撃を始めようとした時、唐突に、世界に凄まじい咆哮が響き渡った。





 ――咆哮の主を、その姿を目にした人々は、一様に身を硬直させ、言葉を失った。


 それは魔王の頭を呑み込もうとしていたマリエラすら例外ではなかった。目玉を剥き、唖然とする肉色の怪物に、巨大な刃のように向かって来る、影。


 誰かが、「奇跡だ」とつぶやいた。だがその言葉をルキナが即座に否定する。


「奇跡などではない……種はすでにまかれていた…………我々は、何百年も、信じてきたではないか……」



 かの者は、この国の守護者。


 大空に在り、人々を、見守る者。


 百年、数百年、コフィン人達は信じ仰ぎ続けてきた。


 我々を、お守りくださいと。


 その両の目に、王家と、民がありますようにと。


 コフィンの全ての人を、命を、祝福してくださいますよう。



 誰も泣かなくて良い時代が、いつか、来ますように。








 明日を――――良き日に、してくださいますよう。












 腐れかけた首を下げた巨大なモルグの霊体が、血の霧を吐きながら、魔王とマリエラに激突した。


 三者は激しい衝突音とともに吹き飛び、王都の上空を通過して石壁の外、草原に落下する。


 土煙が爆発的に舞い上がり、地形が変わる。土と草が空に舞い上がり、世界に降りそそいだ。


 マリエラが、べこりとへこんだ胸を押さえながらもだえる。その血走った目がごろごろと転がり、やがて、自分の頭の先にたたずむ影をとらえた。


 土煙の先で、巨大なものが、燃え上がる。三本の角のある影が、やがて土煙をなぎはらいながら、炎の翼を広げた。


 モルグの首が、炎の中に燃え溶けていく。



 マリエラを見下ろす魔王は、敵とほぼ同じ大きさにふくれあがった体躯を揺すり、次の瞬間、大地を震撼させて、空に舞い上がった。

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