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百三十話 『良き戦場』

 今、世界は肉色の暴力に満ちている。


 大地に降りそそいだ数多あまたの赤い蛇も、神も、モルグを落とした最大の大蛇も、すでに殲滅せんめつされつつある。


 神の肉体は九分九厘くぶくりんが肉の触手に取り込まれ、大蛇もぐったりと石畳に頭を落としている。スノーバ最大の戦力と目されていた怪物達を取り込んだ、マリエラの顔をした怪異は、自分に小さな刃を突き立てる者どもを触手でなぎ払いながら、視線を目下もっかに落としていた。


 自分にすがりつく亡霊達が、不意に次々と空中に身を投げ出し始めた瞬間から、マリエラの巨大な眼球はコフィンの王都の石畳を、ぢっと見つめ続けている。


 亡霊達が落ちてゆく先。石畳の上に燃えさかる青白い炎。それがたった今人の形を取り、火柱と、咆哮ほうこうを上げたのだ。


 こいつは、何だ。


 マリエラは自身の眼下にいる炎の巨人を食い入るように見つめる。人間よりは大きいが、その身の丈はまだまだマリエラに届くほどではない。


 だが炎の中にある暗い眼窩がんかは、はっきりと憎悪の形に歪められ、マリエラをまっすぐに見上げている。


 こいつは、誰だ。


 あの青白い炎には、光には、見覚えがある。


 あれは自分達スノーバ人を、さんざん虚仮こけにした男の色ではなかったか。


 動物の白骨に宿った火の粉。魔法円から立ち上がった光。亡霊達の、霊体の色。




 ああ、そうだ。





 あれは『魔王』の色だ。





 マリエラとユークの、人としての未来を破壊した、魔力の色だ。



 マリエラの肉の触手がにわかにわななき、その全てが炎の巨人、魔王に向けられた。


 瞬間。マリエラの左の眼球に刃が突き立つ。


 ちっぽけなゴミのような二本の刃が、ごろりと転がる眼球の動きに上空へ連れ去られる。


 マリエラの瞳が、己のまぶたに取りついている亡霊を睨んだ。剣を失いなおこぶしを握る亡霊は、マリエラが神に喰らわせた、コフィンの王だった。


「心強いことよ」


 コフィン国王、ルガッサの四肢ししを、肉色の触手がたやすく食いちぎる。


 落下するルガッサ王が青白い霊体のかけらをまき散らしながら、まるで見下すような視線を兜の奥から敵へと飛ばす。


「肉体を失い、命を失い、魂だけで戦い……そんなみじめな境遇でも……同じ志を持つ者が、背後にひしめいている」


 マリエラの瞳が、ぎゅっと小さくすぼまった。


 落下するルガッサ王の直下。マリエラの眼前に、いつの間にか、音もなく青い炎の顔面が迫っていた。はるか眼下にいたはずの魔王が、ほんの一瞬の間にマリエラからこぼれ落ちる亡者達を取り込みながら上空へ上がって来たのだ。


 頭部から三本の火柱を上げ、大きく裂けた亀裂のような口から異様な声を上げ、バッタかカエルのように己の身の丈の何倍もの高さを跳ねてきた。


 魔王が燃えさかる左手を伸ばす。落ちるルガッサ王を迎えにいく。


 巨大な手を包む青白い炎の中に、死せるコフィン人達のおぼろげな影があった。


 フクロウの騎士の形をした影が、ルガッサ王に両手を差し出している。


「ああ……良き戦場だ」


 すべての友が、ここにいる。


 炎にまれる国王は、焼け溶ける兜の奥から最後の咆哮を上げた。


「これよりは我らの戦だ! ――ゆけいッ! ダストオォッ!!」


 魔王の左手が握られた直後、魔炎をおびた右の拳が、風を燃やしながらマリエラの左目に突き刺さった。

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