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百二十四話 『肉』

「認めん! 認めんぞ! こんな……こんなッ!!」


 空を見上げる神の眼窩。その内にマリエラと共に納まったユークが、自分達を吊る赤い蛇を握り締めながら、叫んでいた。


 首をのけぞらせ、必死に上を向き続ける神の喉奥。そこから這い上がり、登って来た青い人影の群は、すでにユークの周囲、眼窩にまで満ち満ちていた。


 神の内壁に剣や、へし折った神自身の骨片を突き立てた亡者達は、ある者はそのまま神の肉をけずり、またある者は巨大な眼窩から外へ這い出して行く。


 ユークとマリエラを眼窩内に吊る赤い蛇もまた、青い亡者達の標的になり、何匹かがすでにその身を引きちぎられていた。二人の体を支える蛇がすべて倒されれば、あとは足下にひしめく、亡者の群に落ちるしかない。


 内と外に敵が殺到している今、ユークとマリエラは神の眼窩内の宙空に、釣竿の先のエサのようにぶらさがっていた。


 神の口から飛び出た、最も巨大な蛇が必死に身を大地や建物にぶつけて亡者を振り払おうとしているが、亡者はいくら潰しても吹き飛ばしても、神の体内、さらには蛇自身の体内からあふれて来る。


 逃げ場を作ろうにも、既に安全な場所などどこにもない。


 這い上がってくる亡者をユーク達から何とか遠ざけようと、神が空を仰いだまま身を揺するが、青く輝く亡者達はまるで全身がくさびになったかのように、神の肉に張りついて離れない。


「カー……ル……」


 ユークの左手、彼の最も近くにいる亡者が、不意に声を発した。


 汗まみれの顔を向けるユークに、亡者はコフィン騎士の鎧を細かく震わせ、潰れた兜の奥で怒りに満ちた目を白刃のように光らせる。


「カール……ギスタ……コフィン王国……騎士……団長……!」


 神の肉に指を食い込ませた亡者が、逆の手に握った剣を音を立てて構える。


 口を開こうとしたユークの背後で、今度は別の亡者が肉を這い上がりながら、輝く長髪を揺らして言う。


「アンデ・フォストロ……コフィン王国…………男爵」


 眼窩から次々と這い出す他の亡者達の頭上、神のまぶたの裏に槍を突き込み、その上に立った男が、言う。


「兵団長、デズモンド……ルガッサ王の命により……」


 三人の亡者が、剣を、拳を、腰の短剣を振りかざした。


「貴様を討つッ!!」


「ふ、ふざけるなあッ!」


 神の肉を蹴り、襲いかかってくる彼らにユークが叫ぶ。即座にマリエラが右手をかかげ、周囲の蛇を操って攻撃を防ぐ。蛇をさらに呼び出して自分達の周囲を固めるが、すでに亡者達の攻撃によって神の体内の蛇はほとんど消滅していた。


 目の前の大蛇の腹を貫通し、眼前にまで迫る剣を睨み、ユークはのどが裂けんばかりに絶叫する。


「知ったことか! 知ったことか貴様らの名など!! すでに物語から退場した端役脇役がなぜ牙を剥く! 貴様らなど……!」



「スノーバ騎士団」



 足下から響いた声に、ユークの顔から表情が消し飛ぶ。


 吊られたユークの靴に手を伸ばしながら、すでに原型を留めていない錆び鉄の塊をまとった亡者が、低く、言った。


「ザノフ・グランデル。……亡き皇帝陛下の、御霊みたまのため……反逆者に、死を」


 ユークが身も世もない声を上げ、マリエラに抱きついた。二人を吊る赤い蛇が収縮し、ユーク達をさらに上へと引き上げる。


 神自体を攻撃し、あるいは外を目指す亡者達の流れから、まっすぐにユークを睨む者達が抜け出てくる。


 彼らが口々に、己の名と、因果を呪文のようにユーク達に浴びせる。


「モイラ・エスゲン……プローフ公国、騎兵隊員」


「ラルフ・レンバー。連邦クロイツ、パラディン」


「フレイディア。トンバ王国、王子」


「スタブ・ラッド。イプノス国、人民」



「やめろッ! 黙れ! 亡国の亡者どもが!!」


 ユークは「マリエラ!」と己の恋人に視線を向け、その半壊した顔面に叫び声を放つ。


「今すぐこいつらを殲滅しろ! どんな手を使ってもいい! 我らの神の中から害虫どもを叩き出せ!」


「……」


 マリエラが、あらぬ方向を見て首を傾けた。返事をしないマリエラに、ユークが向かって来る亡者を睨みながら怒鳴る。


「早くしろ!! こんなクズどもに傷一つつけられてたまるか! マリエラ! 急いで……!」


「あ」


 マリエラが、口を大きく開けてユークを見た。


「あ」


「何だ!?」


「もうだめ」


 マリエラが、ユークの体を手足すべてをつかって抱きしめた。めき、と鳴る背骨に、ユークが顔を引きつらせてマリエラのうなじに視線を落とす。




 きめこまやかな肌に、いつの瞬間からか、深い亀裂が走っていた。


 狩人や、マグダエルから受けた傷とは違う。まるで地割れのような、奥に黒い闇がこもった、無限の深さを感じさせるような、裂け目。


 ユークが言葉を吐く前に、その裂け目から、肉色の何かが飛び出してきた。


「こっ……!」


 肉色の、赤い蛇にとても良く似たものは、ユークの首になめらかな体を巻きつけ、やさしく包み込む。


 二人に襲いかかろうとしていた亡者達に、次の瞬間さらに多くの肉色の物体が、マリエラのうなじや、顔面や、胸や腹や、手足に空いた亀裂から伸びる。


 コフィン騎士団団長、カール・ギスタと名乗った亡霊の剣が、肉色の物体に振り下ろされ、取り込まれた。


 赤い蛇と違い、肉色の蛇は刃に分断されることなく、触れるものをその体の奥深くへといざない、包み込む。


 刃を吸収した肉色の蛇が、その分大きく膨れ上がり、剣の持ち主へ襲いかかった。


「マ……マリエラ……?」


 目の前で、ぐずぐずに崩れていく恋人の形。マリエラのゆがんだ口が、最後にユークに「大丈夫よ」とささやいた。


「守ってあげる。愛してあげるわ、ユーク」


 永遠に。


 危機を察知したユークは魔術を無効化する回帰の剣を探したが、彼の先祖が人類の災厄を倒すために用意した遺産は、一連の騒動で、すでに彼の視界にはなかった。


 マリエラの体を吹き飛ばし、数え切れないほどの肉色の蛇が、爆発するように一気に外へ生まれ出でた。


 ユークの絶叫は、生温かい肉の海の中に、吞み込まれた。

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