表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/306

百二十三話 『集結』

「アドッ! 避けてーッ!」


 アッシュが、飛び散る人骨の破片から顔を守りながら叫んだ。


 腕をもがれたラヤケルスの遺物に、空を仰いだままの神が手を伸ばしてくる。その手中には引きちぎった遺物の腕があり、数多の人骨が絡み合ってできたそれが、音を立てて遺物自身の眼窩に突き込まれた。


 青い魔力のともし火、遺物の右の眼光が、絶叫と共に掻き消える。遺物の残った拳が神を叩くが、人骨の集合体に何度打ちすえられても、神は敵の眼窩に突っ込んだ腕を放さない。


 まるで卵のからが割れたような音を立て、遺物の引きちぎられた腕が、遺物の頭部を貫通した。


 人骨が組み合わさってできた遺物の形が、みるみる分解されていく。アッシュの体を捕まえていたアドの腕が、不意に力を失って伸びきった。


 悲鳴を上げて投げ出されかけた体を丸め、アドの真っ白な体にしがみつく。アッシュの目の前で、瞳のない人外の眼球が、ごろごろと回っていた。


「遺物が……『みんな』が壊れていく……あの人の守りたかった屍達が……ばらばらに……」


「アド……!」


「いったい、何様だってんだろう」


 アドの顔面に細かい線がいくつも走り、磨き上げられた骨片のパーツが、人造の顔肉が、震える。


 遺物の指が神の手首に食い込み、その腐った皮膚をかきむしった。


「こいつに、こんなやつに、私達を終わらせる権利があるってのかよ。私達の因縁を踏み潰す資格があるってのかよ。こんなやつに、こんな……」


 つらぬかれた遺物の頭部が、崩壊した。空中に舞い散る白骨の群と共に、その上にいたアドと、アッシュも、重力に引かれて落ちて行く。


 かろうじてアドの背骨の尻尾が命綱となり、二人は遺物の肩のあたりに宙吊りになる。落下の衝撃で今度こそ空中に放り出されかけたアッシュも、ぎりぎりでアドの指に服が引っかかり、天地逆の状態で吊られた。


 しかし彼女の体重を支える麻布は大きく破れ、身動きをすれば簡単に引きちぎれそうだ。死にかけのウサギのような声を上げるとアドが再び手に力を入れ、足首をつかんでくれるが、この姿勢では二人ともどうにもならない。


 頭の先、地上に近い空中を、無数の矢や槍が行き来している。地上にいる人々が神へ投げ上げる刃。数え切れないほどの生命が、未だ諦めずに牙を剥き、抵抗している。


 だが、これほど巨大な遺物が挑んで勝てぬ敵を、人間の手で倒すことなどできるのか。


 アッシュは苦しげな声を上げるアドに顔を向けて、必死に息を吸いながら、叫んだ。


「アド! どうすればいいの!? どうすればみんなが生きられるの!? 私にできることがあったら言って! 今、遺物を動かしているのは、遺物を支配する魔術を使っているのは、私なんでしょう!」


「……」


「何でもする! 難しい呪文でも、魔法円でも、がんばって使ってみせるから! 血液でも魂でも、なんでも捧げてあげるから!! だからみんなを、助けてッ!!」


「いったい……人を、なんだと思ってんだろうねえ」


 アドが、のどをのけぞらせてアッシュを見た。ぐにゃりと笑う目元が、ひくひくと震えている。


「魔術の媒体に必要な、血液はともかく…………魂だって……? 私を、悪魔か、死神だとでも思ってるのかよ。むかつくなあ、この、田舎者の、ちんちくりんが」


「アド……!」


「あんたの魂なんかいらないよ。アッシュちゃん。もういいんだ。あんたは何もしなくていいし、私ももう、無理して頑張らなくていいんだ」


 がくんと、世界が揺れた。目を見開くアッシュの眼下で、遺物の下半身がまるで砂山のように崩れ、ただの人骨の群にかえって行く。


 遺物が次第に沈んで行き、逆に地上から人骨の山が上がって来る。自分の名を叫ぶアッシュを無視して、遺物の核たるアドは妙に楽しげに、言った。


「『神』よう、よくも私らを壊してくれたね。愛しい魔王の魔力の光を、かき消してくれたね。でも、いいさ。もういいさ。分かっちゃったからね。魔王ラヤケルスは、その作品は、やっぱりあんたなんかとは、格が違ったんだ」


 神の手から、引きちぎられた遺物の腕が、ぼろぼろと崩れてこぼれ落ちていく。


「何故、空を仰いでるんだ。何故、私にとどめを刺さないんだ」


 アドの背骨の尻尾がぼきりと折れ、彼女とアッシュの体が直下までせり上がっていた人骨の山に、受け止められる。


 アドは崩壊する遺物の形に、その最後の指に向かって手を振りながら、神に勝ち誇った笑みを向けた。


「二人の魔王は、すでにあんたに勝っていた」


 神の天に向けられた口から、青い細かな光が、あふれている。


「父さんが作った環を。ダストが王都に描き。私と、アッシュが――そこに、てめえをブチ込んだんだ」


 遺物を倒した神の手が、青い光のあふれる口に伸ばされ、赤子の断末魔のような悲鳴が、轟いた。



「千年越しの反撃だ。――ざまあみろ! ヒルノアッ!!」



 アドが叫んだ瞬間、神の口から、さらには耳や眼窩から、瀑布ばくふの水煙のように、光がほとばしった。











「ルキナ様! 神の様子が……! あれはダストの魔法円の光です!」


「神の中から光が!」


 ガロルやコフィン兵達の声に、ルキナは思わず神へ向かっていた足を止め、立ち止まった。


 白骨でできた怪物を破壊した神が、絶叫しながら空中を掻いている。その体からあふれる青い光は、神の体や、飛び出た赤い蛇の表面を流れ、次から次へと湧き出て来る。


 状況を吞み込めず焦る彼女に、突如わきから凄まじい大声が飛んできた。


「ごきげんよう小さなルキナ姫ッ!! 楽しんでいるかぁッ!?」


「! ……セパルカ王!」


 巨大な戦車に乗ったセパルカ王が、単独でルキナ達の方ヘ突進して来る。その勢いに後ずさるコフィン人達の眼前で、戦車は荒々しい音を立てて土を削り、側面を向ける形で停止した。


 舞い上がる土煙に咳き込むルキナに、セパルカ王が悪鬼のような顔で笑いながら手を差し出してくる。


「武器が尽きてな! 兵らのものを奪うわけにもいかぬゆえ、代わりを探しておったところだ! そのでっかい長剣をくれぬか!? 神の肉に突き立てて来ようぞ!」


「セパルカ王! 国王御自(おんみずか)ら剣を持ち援軍に来てくださったこと全身全霊で感謝いたします! しかし……あの神からあふれ出ている光にお気づきですか!?」


「おう! 少し前からちょろちょろと漏れておったぞ! 近くに行けばよりはっきり見える!」


 セパルカ王が答えると、再び神の悲鳴が地を揺らした。見れば神はあらぬ方向に手を突き出し、王都の中にひざをついている。


 神の口から伸びた巨大な蛇が、うねりながら建物に突っ込み、暴れ狂う。


「! 王都を……おのれッ!!」


「違うぞ戦士団長殿! そこは悔しがるところではない! 『見たか!』と溜飲を下げるところだ!」


 歯を剥いたガロルに、セパルカ王が笑顔で叫んだ。びりびりと鼓膜を震わせる声に顔をしかめながら、ルキナが訊き返す。


「どういう意味です! 神に何が起こっているのですか!?」


「何! 小さなルキナ姫のあずかり知らぬことだったのか!? ……ならば、そなたはよほど死者に愛されておるらしい!」


 死者? 目をしばたかせるルキナに、セパルカ王が神にまとわりつく青い光を指しながら、言った。


「あの、神の額にしがみついている最も高き光を見よ! そなたらの国の国旗をマントにして羽織った、青い人影を見よ! 分からぬとは言わせぬ、あの青い光は、全てが人の形をしているのだ!」


 コフィン人達が、息も吐けずに絶句した。


 青い光は、そのほとんどが神や蛇の体に密集して宿っているため、形をはっきりとは識別しにくい。しかし確かに、神の額に、最も高い位置に輝く光の中には、セパルカ王の言うとおり、ボロボロに引きちぎれたコフィンの国旗が透けて見えていた。


 国旗を、モルグの紋章をマントに刻んだ、鎧騎士。


 コフィン王国において、その装いが許される人間は常に、たった一人しか存在しない。





「――――父上――――」





 ルキナが、神に食い殺され、その屍すら取り戻されなかった国王を、呼んだ。


 神の額に、二本の剣を突き立てるコフィン国王、ルガッサの亡霊。


 ガロルが己の胸に拳を押し当てながら、ようやく息を吸い込んで言う。


「そうでした……陛下……あなた様が、いらっしゃらないはずがなかった……ダストが、最初にコフィンを想う亡者を呼び出した時……あなた様がおいでにならなかったのは……」


 『そこ』に、閉じ込められていたからなのですね。


 ガロルの言葉に、戦いの最中にもかかわらず、多くのコフィン人達が王の亡霊に向かってひざまずいた。


 ルキナが肉断ちの剣を握り締め、全身を震わせながら歯を食いしばり、無理やりに口端をつり上げる。


 王都の石壁の中に神が倒れ込んだ時、魔法円が最後の光を空に放った。あの時、きっとダストは、再び亡者の霊に呼びかける魔術を使ったのだ。


 ただし今回はその魔術の力を、ある一点に集中させた。即ち魔法円の内側、ダストの領域に踏み込んできた……神の、体内に。


 今まで、神は数え切れないほどの国家を滅ぼし、そこに住む人間を食い殺してきた。


 数多の国の戦士や勇者、王族、民の屍が……その腹の中に、あるのだ。



 それが今、一度に甦り、青い魔力の光をまとって神を内と外から、攻撃している。


 神の口からとめどなくあふれる青い光に、どす黒い血液が混じり始めている。神と蛇の体に様々な武器が突き立てられ、その皮を、肉を、はがしているのだ。


「友よ、よくぞ戻って来た。……少しばかり、遅参だがな」


 ルガッサ王に向かってつぶやいたセパルカ王が、直後にやりと笑い、ルキナの腕を取る。


 あっという間に戦車の上に引き上げられたルキナに、セパルカ王が自分の胸を叩きながら大声を放った。


「送ろう! 小さなルキナ姫! コフィンセパルカ両国の主が、あの暴虐の巨人に引導を渡すのだ! 家来達も乗れ! 我が国で最も速いロードランナー達の脚力に度肝を抜かれるがいい!!」


「……はい! セパルカ王!」


 ルキナは気合を込めて答え、ガロル達にうなずいた。


 セパルカ王の戦車は、おそらく、彼が最も好む類の目をしたコフィン人達を乗せ、再び神の元へと走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ