百二十二話 『前へ』
「ずっと理由を探していた」
神の咆哮と、瓦礫の降りそそぐ音の響く中、双剣のアルスが言った。
彼の右腕は上空から降りそそいだ蛇の一匹に押し潰され、左足もまた瓦礫の直撃を受け、折れ曲がっていた。
周囲にはアルスと、フクロウの騎士が殺した蛇の残骸が転がっている。二人の決闘は邪魔者の乱入によっていとも簡単に終焉を迎え、勝敗の行方は、永久に失われた。
「自分が生きている、存在している理由を探していた。何のために、何をするために死なずにいるのか……必死に考え続けた。この戦争に花を添えたい、お前さんに言った言葉だって、嘘じゃない。ようやく見つけた、戦う理由だった……」
アルスの右腕を、かろうじて潰れていない上腕を、フクロウの騎士が自分のマントを引きちぎり、強く縛る。
生きるための処置を施す敵に、アルスは血の気の失せ始めた顔を向ける。
「邪魔して悪かった。俺は結局、お前さんの戦いに水を差しただけだ。最初から引っ込んでるべきだった……俺みたいな、端役は」
「アルスと言ったな」
ぎゅう、と羽毛のマントの切れ端を結び、フクロウの騎士がアルスを見る。
「お前の言葉は、俺には、悲鳴にしか聞こえない。出会ってから吐いた、全ての台詞がだ」
石畳に腰を下ろしたアルスの左手には、未だ剣が握られている。
フクロウの騎士はその刃の腹に指を当て、低い声を放つ。
「『被害者』に俺は倒せない。剣士は常に、形はどうあれ、加害者でなければならぬからだ」
「……被害者……?」
「助けてくれと泣きながら、剣を振っている。俺にはそう見えたぞ、アルス」
アルスの片目の潰れた顔が、ひくりと震えた。
フクロウの騎士が立ち上がり、折れた剣を手に空を見る。建物の向こうに、天を仰ぐ神と、巨大な屍の塊があった。
「俺はやつらの害となる。守るべき人々の未来に影を落とす、巨悪の命運を断つ毒の一つとなる。この戦争には、初めから花など必要ないのだ。ひたすらに存亡をかける、泥にまみれた争いだ」
「……俺は……」
「お前が生きている理由を、俺は知っているぞ。この狂った時代が終わる瞬間を、その目で見届けるためだ。お前はそれを望んで、それゆえに生きてきた」
アルスの黄金色の瞳に、折れた剣をまっすぐに立てる騎士の姿が映った。
「そのマントの切れ端をつけていれば、コフィンの兵士達もお前を殺しはしまい。お前が勇者マキトを殺したことは事実だ……うまく戦後を渡り歩いて、家へ帰れ」
「俺に情けをかけるのか!? スノーバの冒険者だぞ!!」
「お前の祖国は、新生スノーバとは別の国だ。神に潰された、皇帝制の国……お前自身がそう言ったではないか」
失われた祖国のために、戦う。
戦いの前の口上を覚えていたフクロウの騎士に、アルスは刃を握り締めたまま、紙細工のように顔をゆがめた。
フクロウの騎士が石畳を蹴る。折れた剣を手に、神へと向かって行く。
――何を座っているんだ。
アルスは奥歯を砕けんほどに噛み軋ませ、折れた左足を引きずって立ち上がろうとした。
神が、腕を振り回し、建物の屋根を砕く。瓦礫が地に叩きつけられる震動に足を滑らせたアルスは、石畳に顔から倒れ伏した。
血走った目が、空を、神を睨む。
何を、倒れているんだ。
「――立てッ! 間抜けめッ!!」
己を罵倒しながら、アルスが剣で地を押し、足を引きずり始めた。