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百二十話 『衝突』

 神の巨体が、まばゆい光の中に吸い込まれた。


 直後に大地が揺れ、石壁が崩壊する音と、神の咆哮が世界に響き渡る。


 空に立ち上がった魔力の光が数秒の間の後、先端からゆっくりと霧散し、地上へと戻ってくる。


 そのわずかな間に。


 魔王ラヤケルスの遺物はその空虚な人骨の集合体を、影のように王都へと迫らせていた。


 遺物の四肢、高く長くからみあった白骨の柱が大地を叩き、戦場にいる人々の頭上を通り過ぎる。


「アド! ダストはあそこにいたの!? 神の目の前に……! どうしよう! 私が呪文を思い出すのに手間取ったせいでダストが……!!」


「ギャーギャーわめくんじゃねえわよ! 忙しいのよこっちはッ!!」


 遺物の頭部、人間の頭蓋骨だけでできたその頂で、一人と一個の叫びが交錯した。


 遺物の本体、死体人形のアドがアッシュの襟首を左手でつかんだまま、右腕を振るう。その指揮のもと巨大な遺物が草原を這い進み、骨の手の群をさらに神のいた場所へと殺到させる。


 アドが磨きぬかれた細かい白骨のパーツでできた顔をゆがめ、はるか足下で驚がくの声を上げる人々に怒鳴った。


「どけどけッ! 道をあけろ生者どもッ!! 踏み潰されても知らないぞッ!!」


「アド! 石壁の光が消える! 神が出てくる!」


「分かってるわよ! 立ち上がる前に首をぶっちぎってやるッ!!」


 遺物の体表を覆う骨の手が一つ残らず空中へ放たれ、青い光の消え行く先へと飛ぶ。すでに神へ攻撃を加えていた手の元へ、その数十倍の数の手が押し寄せ、光の中に突き進む。


 瞬間、すさまじい破壊音が響き、神の耳を引きちぎらんばかりの咆哮が再び地を揺るがした。


 遺物が、石壁へと迫る。光が霧散する。その瞬間。


 細かい光の粒子を、そのすべてを掻き散らして、神の顔面がアドとアッシュの目の前に現れた。


「――あ――――」


 全身をこわばらせ、言葉を失うアッシュを、神の眼窩の中にいる男女が睨んだ。


 鬼の形相をした彼らの足下では、神と、神から伸びた赤い蛇達が骨の手の群を騒々しく噛み砕いている。


 神の両手に握られた骨の手の残骸が、ぐしゃぐしゃと握り潰された瞬間。アドが眼窩の男女を指さし、両目に青白い炎を灯しながら叫んだ。


「ヒルノアアァあああーッ!!」


 古代の勇者の名を叫ぶアドの憎悪に呼応するように、遺物の頭部を構成する全ての頭蓋骨が、同じようにヒルノアの名を叫んだ。


 足元から上がる凄まじい怒号に耳をふさぐアッシュ。その体が、ふ、と宙に浮いた。


 遺物が何の前触れもなく直立し、神の顔面にこぶしを放っていたのだ。巨大な白骨の塊が、腐れた神の頭部を打ちすえ、地面に叩きつける。


 衝撃に吹っ飛ばされそうになるアッシュを、アドが信じられないような力で抱き寄せた。硬い体に必死にしがみつくと、アドは両目を燃え上がらせながら、顔面が崩壊するのではないかと思うほどの凄まじい凶相を浮かべていた。


「くそったれ……やっぱり……及ばないか……!」


 神を殴った遺物の右手、その手首から先が、なくなっていた。


 地べたに額をこすりつける神が、打撃を受けた瞬間にもぎとった手首を、まるで誰かに捧げるように頭上に掲げている。


 遺物が咆哮と共に右足を上げ、神の頭部を蹴りつけようと動く。直後に神が顔を上げ、その口から巨大な蛇が飛び出した。


 宿主の神自身の体よりも大きな、古代の寄生虫。その牙が遺物の足に食い込み、白骨の群を小枝のように噛み砕く。


 姿勢を崩して倒れる遺物。アドに抱きすくめられたアッシュの髪を砕けた地面の破片が叩き、土煙があたりに舞い上がった。


 もうもうと立ち込める土の霧。その向こうに巨大な餓死者のようなシルエットが浮かび上がる。


 砕けた足を引きずる遺物。アドが歯ぎしりをしながら、アッシュの肩を強くつかんで言った。


「アッシュちゃん、さっきここから空に上がった青い光は、魔術を使った時に放たれる魔力の光なの。ダストはあの光の強さに見合う、何か強力な術を発動させたはず……」


「強力な魔術……?」


「てっきり神を攻撃したり、弱体化させる術かと思ってたけど、何だか違うみたい。神が弱ってる気配がほとんどないのよ……このままじゃ、やられる」


 砕けた足でなんとか立ち上がる遺物に、土煙の向こうから神が迫って来る。遺物の体躯は神よりも、頭二つ分ほど小さい。


 まともに組み合えば、勝負にならない。


「ダストがどんな魔術を使ったか、何に働きかけたか、分かる? 彼のことよ、しくじったなんて考えられない……! 必ず何か突破口を開いてくれてるはずなのよ!」


「何かって……!」


 神が鳴き、地を蹴った。


 口から巨大な蛇を伸ばしながら、手を差し向けてくる不死の巨人に、アドとアッシュは同時に咆哮と悲鳴を上げていた。

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