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百十四話 『死の雨』

 太い矢に貫かれたマリエラの顔が、奇妙な音を立てる。後頭部から飛び出した矢じりをさわさわと赤銅色の髪がなで、やがてマリエラの左目から、ぽろりと眼球がこぼれ落ちた。


 ユークも、狩人もマグダエルも、言葉をなくしてただ目を見開いた。


 マリエラの破壊された顔面からは、ほとんど血液が流れ出ない。


 まるで涙のように細い赤いすじが、傷口と眼窩から流れただけだ。マリエラは矢が刺さったまま、じっと残った右目でユークを見つめる。


「ユーク」


 ごく、静かに。何事もなかったかのように声を発するマリエラに、ユークが唇を噛んで視線だけを返す。


「邪魔、しないでね?」


 にっこりとほほえむマリエラが、次いで狩人とマグダエルに視線を移し……同じ表情で、「ばーか」と、再び空へ両手を伸ばす。


 瞬間、狩人が疾風はやてのように新しい矢をマリエラへ放った。どぼ、と音がして、マリエラの心臓を矢がつらぬく。だがマリエラは倒れない。笑みを浮かべたまま、呪文を口にした。


「聖なる蛇よ、今こそ、この大地を」


 狩人が咆哮と共に全ての矢をマリエラへ浴びせかける。スノーバ兵の上を転がり、攻撃を回避するユークの目の前で、マリエラが次々と矢を射込まれ、ハリネズミのようになってゆく。


 だがマリエラは空へ手を伸ばしたまま、笑顔を消さない。いかなる痛痒つうようの気配も、なかった。


「……ヤツも不死身か……!」


 マグダエルが、目の前のスノーバ兵を蹴り倒しながらにうなった。その彼へ向かって、ユークが硬直した兵の隙間に身を隠しながら、言う。


「不死身じゃないさ……マリエラは……ただの、『女』だ」


 マグダエルがその言葉の意味を問う間もなく。マリエラが最後の文言を、蛇の群へ向かって吐き出した。



「死で、染めよ」



 マリエラの声が、奇妙な響きをもって空気を震わせ――やがて雲をつらぬく蛇の群が、ざらざらと音を立てて、飛散し始めた。







「来るぞ。死が。暴虐が。雨となって降り注いで来る」


 父の声に、ダストは真っ赤に染まった右手を石壁から離しながら、短く「ああ」と応えた。


 上空へ次々と矢のように飛び出し、やがて地表へ向かって降下してくる赤い蛇の群。その気配を感じながら、ダストが震える息を吐く。


 石壁の上、自らの血液で描いた小さなラヤケルスの環が、淡く光を放ち、ダストの顔を下から照らす。


 新しい環が放つ魔力に呼応して、石壁全体が薄青い光を帯び始めていた。


「蛇が地上に降り注いだ後……必ず神が、不死の巨人が動き出す。ヤツをおびき寄せるのに、この魔力の光はちょうどいいエサになる。魔王がまた何か企んでいると、一目で分かるだろうからな」


「神を王都に呼んで……それで、どうするつもりだ? やはりまた巨人の屍を乗っ取るのか?」


「いや、すでに一度乗っ取られた以上、神はまともに魔法円の中には入って来ないだろう。何か他の方法で攻撃しなければならん。……まあ、いくつか考えはあるが……神を確実に仕留められる策は、ないな」


「……」


「せめて、希望を遺そう。神はラヤケルスの環を、石壁を破壊しようとするだろう。その瞬間が勝負だ。……我が父、ケウレネス・ハヴィエの形をしたモノよ。勝負の瞬間まで、俺を守れるか?」


 魔王の問いに、父は腰に提げた半透明の鞘から、同じく半透明の霊体の剣を引き抜いた。


「国王陛下をお守りしてきた剣だ。蛇のバケモノごときに遅れは取らん。任せておけ」


「……もうひとつ頼みがある」


「何だ?」


 ダストが、自分の胸に爪を立てながら、言った。


「謝ってくれ」


 父が、剣を構える。視線もくれない息子に、やはり目をやらぬまま、少し間を空けて、応えた。


「悪かった。お前を魔王にしたのは、母さんを不幸にしたのは、私だ」


「……」


「あの世で、一緒に母さんに叱られよう」


 ダストは父と共に、蛇の舞う空と、その下にたたずむ神を睨めつけた。

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