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百十三話 『一撃』

「見ていてね、ユーク。ちゃんとやるから。ちゃんとできるから」


 折り重なったまま硬直したスノーバ兵達の上で、マリエラが両手を空に掲げながら言う。彼女のすぐそばに腰を下ろしたユークが、自分の折れ曲がった足首を見下ろし、うなずいた。


「この戦場を聖なる蛇で清めるんだ。敵が生き残らぬよう、魔王に確実にダメージを与えられるよう、あますことなく蛇をばらまけ」


「神から切り離した蛇は手近な生き物を無差別に襲うわ。牙を逃れられるのは同じ蛇を宿したスノーバ兵と、飼い主の私だけ……ユーク、私のそばから離れないでね。私だけが、あなたの大事な恋人の私だけが、蛇を制御できるんだから」


 媚びに媚びた目つきで笑いかけるマリエラに、ユークは貼り付けたような笑顔を向ける。


 真っ赤に発光する蛇の群が、雲の上まで伸び上がりながら、やがて動きを止めた。さながら肉の塔のように屹立した寄生虫達は一様に空を仰ぎ、何かを欲するように大きく口を開けて停止している。


 頃合だわ、と、マリエラがこぶしを握って空を睨む。


「神の中にはもう数十匹しか蛇が残っていない。最も大きく強力な蛇達を残して、全て外に吐き出させた。ユーク……許可をちょうだい。見渡す限りの命をかき消す、許可を」


「都から逃げた入植者の群が、まだいくらかうろちょろしている。武器を持っていない……子連れもいる、非戦闘員の集団だ」


 戦場の端に目をやるユーク。草原を羊のようにさまよう人影を眺めながら、彼はマリエラの白い足をつかみ……笑った。




「かまうものか。必要な犠牲だ」




 やれ。そうユークが命じた瞬間、マリエラが両手を蛇の群に伸ばし、呪文を叫んだ。


「天を焼く高き星の光! 白く燃ゆる、光球の名の下に示す!」


 何千もの蛇の群から、この世のものとも思えぬ声が上がる。人間の赤子の産声と断末魔が入り混じったような、耳が裂けるかのような高い叫び声。マリエラの目が、赤い魔力の光を宿して輝いた。


「聖なる蛇よ、断罪の使徒よ! 今こそこの大地を……!」


 ユークは、マリエラの呪文を聞きながら、不意にぞくりと寒気を感じて身をこわばらせた。


 静止した兵団の頂上でただ二人だけ息をして、声を張り上げている自分達を、まっすぐに睨んでいる視線を感じる。底冷えのするような、冷静な殺意と、燃え上がるような憎悪の視線。戦場の多くの者が赤い空に目を奪われている現状で、その二つの視線は、ユークがとうてい許容できないような近い距離から向けられていた。


 とっさに振り向いた先に、スノーバ兵の陣内に入り込んだ異物を見た。無数の兵士を力任せになぎ倒して作った道を、大兜の男が進んで来る。その肩の上にまたがったヘラジカの頭蓋をかぶった大女が、巨大な弓につがえた矢を、まっすぐにこちらへ向けていた。


 かつて始末した亡霊二人が、すでにユーク達を射程に捉えていた。


「まずい! マリエラッ!!」


 ユークが叫んだ瞬間、マグダエルの肩に乗った狩人が音もなく矢を放ち――空から視線を下ろしたマリエラの眉間を、まともに射抜いた。

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