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百九話 『二人』

 兵隊が消費されていく。それも信じられない早さで。


 神喚び師マリエラは人間梯子の頂点で軍団を動かしながら、唇に噛み破らんばかりに歯を立てた。


 聖なる蛇を身に宿したスノーバ兵達は、あらゆる恐怖を感じない世界最高の軍隊だ。生きた軍勢には不可能な、合理に徹した集団戦が可能な唯一の集団。それが今、コフィンセパルカ、そして魔王の連合軍を前に苦戦を強いられている。


 神さえ使えれば。これまで新生スノーバの勝利を保証してきた不死身の巨人さえ投入できれば、こんなふざけた戦争など一瞬でカタがつく。


 マリエラはスノーバの都へ視線を飛ばし、そこにたたずむ真紅の神を見る。


 蛇の群に体表を覆われたそれに手を伸ばすと、巨大な顔がわずかにマリエラの方を向く。命令を飛ばせば、神はすぐに飛んで来る。目の前の目障りなアリどもを踏み潰してくれる――


「神よ」


 呪文を口にしようとした瞬間、マリエラの人間梯子がぐらりと揺れた。目を見開いて足下の兵士にしがみつくマリエラの耳に、周囲の騒音に混じって低い声が届く。


「……ラ……ぁ……マリ……エ……ラぁ……」


 がっ、がっ、と金属が打ち合わさる音と共に上がってくるその声に、マリエラが「ユーク!」と声を上げて下を覗き込む。


 ユークが、片腕をだらりと垂らし、逆の手に握った剣をスノーバ兵の鎧の隙間に、肉に突き立てながら這い上がって来ていた。


 悲鳴を上げるマリエラが両手を振ると、周囲のスノーバ兵達が重なり合って山を作り、ユークの体をマリエラの高さまで押し上げる。


 けがをしているユークの手足に触れ、マリエラは浅い息をしながら「どうしたの!?」と叫んだ。


 瞬間、ユークが、まるで見知らぬ他人を見るような目でマリエラを見た。


 ぎくりとするマリエラの前で、ユークが手にしていた剣をほうり捨てる。捨てられた剣は回帰の剣ではなくただの鉄の剣で、スノーバ兵達の装備とも違った。


 マリエラはうろたえながら、ユークの血まみれのひじと妙な方向に曲がった足首に手を伸ばす。「大丈夫だから、すぐに治してあげるから」とひきつり笑いを浮かべるマリエラを、ユークは手の甲で押しのけた。


「何をするつもりだ」


「聖なる蛇で治してあげるのよ! 任せて、こんなのすぐにふさがるから」


「俺の体にお前の気色悪い寄生虫を植えつける気か! ふざけるなッ!!」


 がくぜんとするマリエラの髪をつかみ、ユークが目を吊り上げる。「なんで怒ってるの?」と震える声で問うマリエラを、ユークは真正面から睨んだ。


「さっき、何をしようとしてたんだ。神に手を伸ばして、何を言おうとしてた」


 ひく、と口角を引きつらせるマリエラ。ユークは鬼のような表情のまま、「俺の言うことが聞けないか」と、マリエラの顔に手をすべらせる。


「神の全身を蛇で防御し、万全の状態で待機させろ。そう俺は命じたはずだな。何故お前が、勝手に、神を動かそうとする? このユークの命令を、軽く見ているのか?」


「だって……だってこの状況……」


「『ごめんなさい』だ」


 有無を言わさぬユークの口調に、マリエラが唇に指を差し入れられながら、要求された台詞を復唱した。


 ユークはゆっくりと、時間をかけて怒りの色を収め、やがてマリエラのほほを軽く叩いて「もういい」と目をそらす。


 怯えた目をする相手にユークは、自分に敵対する者どもの陣を見回しながら息をついた。


「神を動かすにしても、何の工夫もなく出撃させたのでは魔王に何をされるか分からん。魔王は今、どこにいるのか……まだコフィンの王都にいるのなら、短期決戦に持ち込むことで反撃をゆるさず殺すことができるかもしれん」


「えっ」


「この状況、もはや王都や石壁周辺に生き残っている同胞はわずかだろう」


 ユークが、底冷えのするような目でマリエラを見る。


「マリエラ、この忌々しい戦争に終止符を打つ。もう一度俺に可愛がられる立場になりたいなら、俺の命令に犬のように忠実に従え。分かったな」


 マリエラは数秒考えた後、ユークの顔が嫌悪に歪むのも構わず笑顔で「ワン」と返事をした。

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