百八話 『二人』
混沌とした戦場を、ヘラジカの眼窩を通して見渡す。大草原に入り混じる敵と味方、生者と死者。遠い空にはモルグの影が舞い、スノーバの都には真っ赤な神がたたずんでいる。
狩人は潰れたゴーレムの残骸に身を隠し、標的を見定めた。丘のすぐ下に、全身を分厚い鉄鎧で包んだ大槌使いの冒険者がいる。数人の味方が剣を向けているが、鎧に刃が通る隙間がなく攻められるままになっていた。
太い矢を抜き取り、弓につがえる。巨漢の冒険者のバケツ型の鉄兜に狙いを定め、大槌が振られる瞬間に合わせて発射した。
矢は凶暴な音を立てて風を裂き、味方のわきをすり抜けて冒険者の兜の、覗き穴に突き刺さる。
牡蠣の殻が砕けるような音が響き、兜の覗き穴から亀裂が広がった。同時に冒険者が悲鳴を上げ、大槌を振った勢いそのままにもんどりうって転倒する。
大槌が、冒険者自身の腿を打った。足を引きずりながらもがく冒険者に、敵が殺到する。
狩人は倒れた冒険者にはそれ以上目をやらず、次の標的を探しながら新しい矢を抜いた。
味方の間を抜けて、石壁に向かって来るスノーバ兵が二人。今度はじっくりとは狙わず、素早く二度、連続で矢を放つ。
腹と胸に矢を受けたスノーバ兵はそのまま後方に吹っ飛び、地面にはりつくように倒れた。立ち上がってこないことを確認して、また敵を探す。
「おい! 雑兵はいい、親玉を狙えないか!」
前方から、稲妻のような声が飛んできた。目をやれば槍の穂先のような大兜をかぶったマグダエルが、敵の鉄仮面を断ち割りながらこちらを見ている。
狩人はヘラジカの角を揺らし、スノーバ軍の本陣へ視線を向けた。スノーバ兵の海の中に、同じく兵士の体が組み合わさってできた人間梯子が立っている。
その頂点にいる神喚び師は、セパルカ軍の方を向いて何事か叫んでいた。
「……」
狩人は弓を手に、ゴーレムの残骸の陰から飛び出す。神喚び師を射程内におさめるより良いポイントを探す彼女に、マグダエルが敵を斬り倒しながら走り寄って来る。
「もっと前に出なきゃ無理か?」
狩人が無言で視線を返すと、マグダエルは血に染まったグラディウスで神喚び師を指し、言った。
「エスコートしてやるぜ。後ろからついて来な。俺を盾にしてヤツを狙え」
「……」
「俺があんたの狙撃ポイントだ。はぐれるんじゃねえぞ」
駆け出すマグダエルを、狩人はやはり何も言わずに追い駆けた。




