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百三話 『冒険者達』

五十六話 『サンテ!』参照。

 一人の人間が持ち得る強さなど、たかが知れている。


 戦士、剣士、およそ戦いのための技と力を追い求める人種は、最強の領域に近づくほど、その現実を思い知ることになる。


 磨き上げた自分の剣技を誇り、怖いものなどないと豪語している内は、未熟なのだ。優れた戦闘者は必ず己の限界と、弱さを知っている。


 人体のもろさ。劣化する早さ。人は死ぬ時は転んでも死ぬし、一度得た強さも時間と共に腐食していく。


 強くあるためには、脆弱な人体を我慢強く鍛え続けねばならない。たゆまず、おごらず……しかしそうして磨き上げた力も技も、いずれは老衰や死に奪われる。


 強者はいつも、己の強さにどれほどの価値があるのかと、苦悩するものなのだ。後進に追い抜かれる恐怖や、怪我や病で、剣を握れなくなることへの不安は常につきまとう。

 強いライバルと戦い続けてきた日々が、やがて己自身の年齢や健康に怯え、さいなまれる日々に変わる。


 そうした苦しみの存在を知り、強者であることへの恐怖と付き合い、打ち勝った者は……決して己の力を過信しない。


 弱者や剣を握らぬ者を笑うことなく、自然と暴力以外の価値観を尊重し、謙虚にふるまうようになる。


 だからこそ双剣のアルスという人物は、今現在のスノーバ冒険者組合や、スノーバ軍のあり方が好きではなかったし……己の分を超えた力を恥ずかしげもなく振るうユーク達に、嫌悪を覚えていた。







「五大剣聖……」


「不服なのは分かる。スノーバ冒険者組合の中で並ぶ者のいない猛者だったお前が、自分より劣った者らとひとくくりにされるのは、辛かろうよ」


 革命後、冒険者組合から無理やり安っぽい称号を与えられた時、無二の親友であった冒険者ルグランはそう言ってアルスをなぐさめた。


 彼もまた同時期に組合から『神聖三剣士』の称号を与えられ、ろくに親交もなかった二人組と組まされたばかりだった。


 総長レオサンドラが突如始めた『称号の安売り』。それを冒険者達の大半は喜んで受け入れたが、アルスやルグランのような元々名の売れていた上級の冒険者は、ろくな理由もなく大仰な二つ名を組合員に与える組織の姿勢に、どこか苦々しい思いを抱いていたのだ。


 アルスの五大剣聖は、冒険者組合で最も優れているとされる五人の剣士に与えられた称号だという。


 だがその選考基準は不明だし、既に他の冒険者が持っている称号の中に全く同じ名目の『十聖剣』だの『剣王』だのの二つ名があるのだ。


 最高の剣士を表す称号が、無数にある。これでは称号を与えられる意味がなかった。


「なんだいなんだい、アルス様は総長の下さった称号より、ご自分の雷名の方がお好きだってかい? ちょっと腕が立つからって気分悪ぃじゃねえか。ええ?」


 その夜アルスの宿をルグランと共に訪れていた、スノーバ聖剣士こと曲剣のサリダが、ベッドの上で針の潰れたサソリをしゃぶりながら大声を上げた。


 即座にルグランが椅子に座ったまま杯をつかみ、サリダに投げつける。サリダはサソリをくわえたまま、腰の曲剣を瞬時に抜いて木製の杯を真っ二つに切り落とした。


 にやりと笑うサリダに、ネズミの皮で作った大きな帽子をかぶったルグランが罵声を叩きつける。


「売女上がりが俺達と対等の口を利くな! 一度旅の道案内を頼んだだけで仲間面しやがって!」


「へっ、一度でも組んだら仲間だろ。実際ちまたじゃ、あたしは冒険者組合最強のアルス一行の一人ってことになってるしね」


「……それも今日までだ。俺は他の神聖三剣士と組まねばならんし、アルスも五大剣聖として振舞わねばならない。パーティー()は解散だ」


 いまいましげに言ったルグランに、アルスは杯の中のぶどう酒を見つめながら、口を開いた。


「それが、目的なんだろうな。組合が称号を安売りしてるのは、俺達みたいなのをバラすためなんだろう」


「あ? どういう意味?」


 身を起こすサリダが、口からサソリをこぼし、自分の胸に落とした。


 かさかさと逃げ出すサソリを見つめながら、アルスはぶどう酒を一気に飲み干す。


「革命の時、ユーク将軍が何て言ったか覚えてるか。『これからはみんなが主人公、みんなが英雄』と言っていた。皇帝制を破壊して国を民の手に託した将軍は、つまり自分と自分の腹心以外の者はみな『平等』でなければならないと思っているんだ。

 突出した名誉や実力を持つ冒険者を埋没させるために、より無名の冒険者と称号を共有させているんだ。同じような称号を大量に、大勢の冒険者に与え続ければ、称号というものそれ自体の価値がなくなる。

 俺達三人も、他と見分けがつかない『称号持ち』の一人になる」


「……まさか。組合が発行する称号って、個人が積み重ねた功績の証だぜ? 今までは称号持ちそれ自体が数えるほどしかいなかった。あたしらのレベルになってようやくもらえるかどうかって話だったのに、そんな使い方するなんて」


「そういう『特別な者に贈られるもの』の存在自体が、ユーク将軍の価値観に合わないってことなんだろうさ。

 ……なあサリダ。俺達は一流の冒険者の矜持として、自分の行った冒険には責任を持ってきたよな」


 アルスが黄金の瞳を輝かせながら、鋭く目を細めた。


「自分がいかに楽しめるかではなく、冒険の結果世界にどれほどの益がもたらされるかを一番に考えてきた。

 辺境を旅するのは未開の地を荒らすためではなく、お尋ね者を追ったり地図屋に情報をくれてやるためだ。得体の知れない洞窟にもぐるのは村を襲う害獣の巣を駆除するためだし、敵と戦うのは自分や他人の命、名誉を守るためだった。

 それが正しい冒険者のあり方だ。それを守ってきたからこそ俺達は国で一番有名なパーティーになれた」


 アルスの言葉にルグランはうなずき、サリダは耳の穴を指でほじる。


 アルスは木の杯を握りつぶしながら、壁に立てかけた己の双剣を睨んだ。


「正しい信念と行動に付随するからこそ、称号には価値がある。我欲のまま、好き勝手に暴れるような輩にすら称号が与えられるとなれば、称号が冒険者に自戒や正義をもたらすことはない。

 ただでさえ冒険者組合は特例的な武装集団として、犯罪者を出しやすい組織だ。ユーク将軍のやり方では、組合は落ちるところまで落ちてしまう」


「なんて言うかさあ……あんた、時代に乗り遅れてんだよな」


 ベッドから降りるサリダが、アルスに近づきながら笑った。


「信念? 正義? 世界に益をもたらす冒険? そんな価値観がまかり通る時代はとっくに終わってんだろ。革命だよ、革命。あたしら冒険者はユーク将軍の『反乱』に乗って国のトップを打倒した暴力革命集団なんだ。

 あんたが泊まってるこの宿は、皇帝一派やその他大勢の国民の血が染み込んだ土の上に建ってんだぜ。あんただって革命で何人も斬り殺したんだろうが」


「いや、アルスは殺してない。……俺が殺した皇帝派の兵士の何人かを、アルスの手柄と偽って届けたんだ」


 視線をそらしながら言うルグランに、サリダは肩をすくめ、アルスの目の前に立って首を傾けた。


「ゆえなき者は殺さず。暴虐は働かずってか。でもそういうのは戦争好きの軍事国家や、暴力革命でできた国で掲げる矜持じゃねえわなあ」


「国は国。俺は俺だ。国がどんな姿勢を取っても、俺の信念は変わらない」


「つまり革命はあんたの信念に反したんだろ? じゃあルグランにかばってもらってんじゃねえよ。非武装の民を殺すあたしら冒険者組合の前に立って、死ぬまで戦えば良かったじゃねえか。最強の剣士様なんだからよぉ」


 立ち上がるルグランの手を、アルスがとっさにつかんだ。サリダが身を引きながら、それでも不敵に笑って続ける。


「結局人一人の強さなんかじゃ、国の動きは変えられねえってことだろ。あんたの信念じゃスノーバは変わらない。

 これからの冒険ってのは、あんたの大嫌いな我欲の塊になるぜ。冒険者はユーク将軍と一緒に未開の地に乗り込み、その土地の一切合財を犯して回る職業になる。まだ見ぬ世界に夢をはせ、遠征先で出会う蛮人どもからほしい物を取り上げることが『冒険』の定義になるのさ」


「……」


「あんたができるのは、そんな時代の動きを傍観することだけさ。せいぜい暴虐のまっただ中でむすっと不愉快そうに口でも歪めてろよ。名のある冒険者である限り、ユーク将軍には付き従わざるをえないんだ。

 ……でも、見てな。たとえ称号が無価値になったとしても、それでもあたしは成り上がってみせるぜ。手柄を立てて必ず将軍の横に立つ大幹部になってやる。そうなりゃ元仲間のあんた達にも、また声かけてやるからさ」


 サリダは急に声をやわらげて、ルグランの手首をつかむアルスの手をぽん、と叩いた。


 その後すぐに見下すような目をして宿を出て行く彼女に、アルスは握りつぶした杯を床に落としながら、己の双剣を睨み続けた。

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