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百一話 『苦痛の終焉』

 王都内で戦っていた人々の気配が、城門の外に向かって遠ざかって行く。


 王城前の広場にはすでに、フクロウの騎士と勇者マキトだった怪物、そしてその場に残った最後の冒険者の、三人しかいない。


 フクロウの騎士は赤い蛇の体液をたっぷりと浴びた双剣を振り、その切っ先でマキトを指した。


「哀れだ」


 短く、低く言うフクロウの騎士に、蛇の群に覆われたマキトは戦斧を振り上げ、濁った咆哮を上げる。


 彼の腹から伸びた最も大きな蛇が鎌首をもたげ、細かい歯の並んだ口を開けた。次の瞬間蛇はまっすぐにフクロウの騎士へ向かうが、敵の兜に突き立てようとした歯は、バキン、と音を立てて虚空を噛んだ。


 羽毛のマントをひるがえし、身を低くして蛇の腹の下へ潜り込むフクロウの騎士。直後に二本の刃が蛇の体の左右から突き込まれ、ハサミのようにじょぎりと肉を引き裂く。


 体液をほとばしらせ、もだえる蛇。フクロウの騎士は攻撃の手を休めず、蛇の胴に足をかけて乗りあがりながら刃を長く引いた。


 凄まじい悲鳴を上げて地面を転がる蛇に、宿主であるマキトの方が引きずられ、地面に倒される。


 同じく蛇の動きに振り回されながらも剣を手放さないフクロウの騎士に、マキトの体から細い蛇が次々と伸び、襲いかかった。


「くっ……そっ……! 何故だ!!」


 戦斧を地面に突き刺し踏ん張るマキトが、血をまき散らしながらうめいた。


 フクロウの騎士を襲った蛇の群は、直前で身をひるがえした敵のマントをかすめ、最も大きな蛇の体に衝突する。


 既に頭を切り落とされた最大の蛇が霧散するのを背に、フクロウの騎士はそのまま、まっすぐマキトへ向かって駆けた。


 戦斧を振りかぶるマキト。双剣を突き出すフクロウの騎士。


 気合の声と共に振るわれた戦斧が双剣の刃と重なり、根元から叩き折った。


 一瞬、マキトの喉から嘲笑が出かかった。だが敵の刃を叩き折った戦斧は勢い余って伸びきった蛇達の胴に襲いかかり、一気に断ち切ってしまう。


 無数の断末魔。霧散する赤い蛇。


 マキトがしまったと口にする前に、フクロウの騎士が彼の右目と左の肩に向かって、折れた剣を叩き込んだ。


「がっ! あアッ!!」


 マキトの悲鳴と共に、彼の体に残った蛇がいっせいに波打つようにうごめき、四方八方に身を伸ばしてめちゃくちゃに牙を剥いた。


 虚空を、地面を鋭い歯で噛む細かい蛇。


 だがその中にはすでに成体の蛇はおらず、フクロウの騎士の鎧に歯を立ててもその鉄板を噛み切ることもできない。


 フクロウの騎士は己に噛み付いた蛇を素手で引きちぎり、そのままマキトの体を鉄靴で蹴り飛ばした。


 地面に尻餅をつくマキトが、血を吐きながら戦斧を目の前にかざす。


「認めない……認めないぞ……僕は不死身だ、無敵なんだ……お前みたいな凡人に、負けるわけがないんだ……!」


「哀れだ」


 再び、同じ台詞を口にするフクロウの騎士に、マキトがぼとぼとと地面に落ちる蛇の中で左目を血走らせた。


 すでにマキトの体を覆う蛇は半分以上が霧散していて、顔や手足が露出している。


 蛇を失い、ミイラのように干からびつつあるマキトに、コフィンの英雄は兜の奥から抑揚のない声を放つ。


「不死身。無敵。負けを知らない者というのは、心底哀れだ。泥にまみれた経験がないゆえに、最期は誰よりも敗北の苦さを噛み締めて果てる」


「知った風な口を利くなッ! 僕のことなんか何一つ知らないくせにッ!!」


 マキトが、戦斧をかざしたまま立ち上がる。

 彼の右目と肩には双剣が刺さったままになっている。


 フクロウの騎士は今、丸腰だ。


「古の勇者の子孫……何の特権もない、カビの生えた歴史の残滓ざんし……そんなちっぽけな存在として生まれた僕が、本物の英雄として生きられる道を……ユークは、示してくれたんだ」


「……」


「マリエラも同じだ。カスみたいな宿命を背負った、カスみたいな人間が、世界を燃やすほどの力をユークのおかげで手に入れることができた。ユークについて行けば間違いはない。ユークの夢が僕らの夢だ。

 それを阻む者は……運命を捻じ曲げてでも、滅ぼさなきゃいけないんだ」


 マキトが次々と霧散し地に落ちる蛇の中で、戦斧を腰だめにして敵へ近づく。


 全身からしぼり出すような殺気と力を込めて構えられた戦斧の刃が、鏡のようにフクロウの騎士の目元を映した。


「フクロウ、お前なんかに分かるもんか。異国の蛮人相手に英雄を気取って満足している、お前みたいなやつに……」


 マキトの潰された右目から、糸のような蛇が這い出て来て、続くマキトの絶叫と共に、鋭く鳴いた。


「僕らの苦しみがわかってたまるかあぁァーッ!!」


 暴風のような鋭さをもって振りながれる刃が、羽毛のマントを切り裂いた。




 鉄の鎧に、触れる戦斧の『柄』が……わずかに、こつんと、音を立てた。


 マキトの目の前に踏み込み刃をかわしたフクロウの騎士が、流れるような動きで敵の左肩に刺さった剣を握り、力任せに押し下げる。


 骨がべきべきとへし折れ、戦斧を握るマキトの手がゆるんだ。


 空中に放り出される戦斧を、フクロウの騎士の右手が、つかむ。


 驚がくの表情を浮かべるマキトの顔が、振り下ろされる戦斧の刃に鏡のように映った。


 次の瞬間、何かを叫びかけたマキトの頭が頭頂から、断ち割られる。


「初めから理解する気などない。貴様らの事情など……」


 ただ、と、フクロウは地面に刺さった戦斧から、手を離す。


「これでもう苦しみとやらは……感じずに済むはずだ」


 永遠にな。


 そうつぶやくフクロウの騎士の前で、マキトの体が真っ二つに割れ、血と細かい蛇をまき散らしながら、倒れ伏した。

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