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百話 『コフィン軍』

 嫌な状況だ。


 ルキナは腐った血をまき散らす敵を槍で突き落とし、歯噛みした。


 一度は石壁を突破される寸前までスノーバ軍に迫られたことを思えば、戦況自体はむしろ好転している。味方のセパルカ軍は強く、神喚び師の注意と、スノーバ兵の波状攻撃のほとんどを引き受けてくれている。


 高い機動力で戦場をかき回すセパルカ軍に対応するため、神喚び師マリエラは今は周囲のスノーバ兵に一際大きな人間梯子を作らせて、その頂上で指揮をとっていた。


 彼女の目はルキナを見ていない。憎悪にゆがんだ眼差しはセパルカ王とその戦士達に注がれている。


 だからこそルキナ達は弓矢やゴーレムを失ってなお、敵を退け続けることができている。


 だが攻め手が減っても、余裕ができたわけではない。石壁の防衛が始まってすでにかなりの時間が経過している。


 倒しても倒しても向かって来るスノーバ兵に、コフィンの男達の体力も限界に近づいていた。


 隙を見せた者がスノーバ兵に斬られ、武器や腕をつかまれては壁の向こうに引きずり込まれる。


 そのたびに周りの仲間が救助に動き、結果さらなる隙を敵に突かれる。


 マリエラが石壁を攻める兵の数を少し増やせば、ルキナ達の防衛ラインにはたやすく穴が空く。


 それをしないのはセパルカ軍の猛攻に気を取られているのと、魔王ダストや天空竜モルグの動きを警戒しているからか。さらに王都内に残っているスノーバ人の仲間の存在が、総攻撃をためらわせているのかもしれない。


 いずれにせよ、ルキナ達を取り巻く戦況は非常に微妙なバランスで成り立っている。

 何かがわずかに動けば、それだけで状況は激変する。


 一瞬で敵に呑み込まれかねない。


「ガロル、援軍はまだか!? いったい王都の中から誰がやって来ると……」


「危ない!」


 ほんの少し視線をそらしたルキナの喉に、石壁の下から投げ上げられた槍が迫った。


 穂先が肌に触れる直前にガロルがルキナに飛びつき、梯子の上に押し倒す。


 負傷はまぬがれたが、ガロルがとびついた衝撃で梯子がずるりとすべり、二人を乗せたまま倒れ始める。壁をがりがりと削りながら地面に迫る梯子。


 悲鳴を上げるルキナとガロルを、運良く干草の山が受け止めた。


 魔術管理官達が炎の巨人を作った時にあまった草束だ。


「大丈夫ですか!?」


 上から降って来るコフィン兵の声に、ルキナが咳をしながら「構うな! 前を見ろ!」と叫ぶ。ガロルが素早くルキナのけがの有無を確認し、無事と分かるとすぐに倒れた梯子を再び立てにかかる。


 その背中を、ルキナがとっさに叩いた。


 振り向くガロルに、ルキナは石壁のわきの、バリケードを指さす。


 炎の巨人の爆発で燃え上がっていたバリケードの一角が、鎮火していた。

 黒く焦げたその上を、今、無数の冒険者達が乗り越えようとしている。


「しまった……! 石壁の中に!」


 ルキナが槍を拾い上げ、バリケードへと向かう。ガロルも剣を手に走るが、冒険者達は一足早く王都の中に降り立ち、ばらばらの方向に走り出した。


 侵入された。


 咆哮を上げるルキナとガロルの目の前で、何十人もの冒険者達が続々とバリケードを乗り越え、そのいくらかがこちらへ向かって来る。


 石壁に群がっていたスノーバ兵達が、動く気配がした。防衛ラインに空いた穴から、敵が大挙して来る。




「――――」




 ルキナ達と冒険者達が刃を交えようという瞬間、誰かが王都の中で叫びを上げた。


 獣のような、咆哮。それが響いた瞬間、ルキナの目の前の冒険者の姿が消える。


 目を見開くルキナの顔に、足元から上がってきた血しぶきがまともにかかった。ごろりと瞳を転がすと、石畳にカエルのようにへばりついた冒険者が、わき腹から太い木の棒を生やして死んでいる。


 冒険者と石畳をつらぬいたそれが、巨大な矢だと分かった時には、王都の中からさらに連続して同じものが飛来し、ルキナとガロルの前に立った敵をふっ飛ばしていた。


「……ああ……『彼女』も、来てくれたのか」


 つぶやくように言うガロルが、どす黒い血をまき散らして矢にモズのはやにえ・・・・のように地面に縫い付けられる敵を見る。


 ルキナが矢の飛んで来た方角を見ると、民家の屋根の上に青白い影が立っていた。


 それはヘラジカの骨をかぶっていて、モルグの鱗のついた弓を構えている。


 呆然とするルキナの前で、狩人は巨大な矢筒から目にも留まらぬ速さで矢を取り出し、つがえると同時に敵に放つ。


 ごう、と暴風のような音が響き、王都の奥へ入り込もうとした冒険者が二人まとめて身をつらぬかれた。


「…………援軍だと……?」


「そうです、ルキナ様。あれが『援軍』です。ぎりぎりでしたが……どうやら王都内の敵は、カタがついたようだ」


 ガロルが魂を吐き出すようなため息とともにそう言うと、王都になだれ込んで来るスノーバ軍の真正面から、地鳴りのような足音と咆哮の群が現れた。


 石畳を、武器をかかげて駆けて来る集団。


 それはコフィンの戦士達と兵士達。


 農具や、棒切れを握った人々。


 青白いおぼろげな姿をした、見覚えのある大勢の者達。



 剣闘士マグダエルの兜をかぶった男が、集団の先陣を切りながら叫んだ。



「戦え! 戦え!! 戦えッ!! 俺達にはそれしかねえ! それしかねえんだッ!!」

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