ガレとカリスと、ゾラの物語 6
「お母さまは、僕を憎んで死んだと思う?」
カリスは珍しい虫を見つけて、きゃあきゃあ騒ぎながら追いかけてつついていたと思ったら、いきなり顔も上げず、そんなことをガレに聞いた。
この虫はなんていう名前なの?と聞くような何気ない声だった。
ガレは、というと絶句だ。
鞄の中味を整頓していた手を止めて、カリスを見る。カリスはガレを見ていなかった。ガレは横顔を見つめながらじっくり考えなくてはならなかった。
よく考えて、見つけた答えだった。
カリスのための慰めとか、きれいごとではなくて、率直にそう思ったことだった。
「そんなこと、なんにも考えていなかったんじゃないのか?・・・よくわからないけどお産って、大変で苦しんだろ。死んじゃうお母さんの話、他にも聞いたことあるし・・・。だからさ、そのときは生まれてよかった、大変なこと乗り越えて良かった・・・ってホッとしていたんじゃないのかな・・・」
「それだけ、かなあ。・・・きっと・・・そうだよね。僕もちょっとそうかなって思ったんだ。まだ僕のこと、産まなきゃよかったとか、嫌な子とか考える余裕なんてきっとなかったよね・・・」
カリスはゾラに口出しされて、気持ちをしゃべって、怒って泣いたことによってどこか変わったとガレは思った。
翌朝、泣いた影響で目が腫れていた笑える顔になってしまっていたがカリスも笑っていた。元々カリスのイメージは、笑顔だったけれどそれまでとはまた違って力が抜けた笑顔だったような気がしたのは、考えすぎだろうか。
でもやはりどこか変わって、肩の力が抜けたのだろう。
今までは自分のことを積極的にしゃべろうとはしなかったのに、ましてやカリスの悩みの核となるような母親の話は触れるのも嫌がっていたはずなのだ。
それを自分から口にした。
少々、ガレが返事に困る難しい内容だったが・・・。
無神経にならないように、無責任にならないように。
そしてカリスが拘っている、嘘にもならないように慎重に考えてみてガレは口にする。
「すぐだったんだろ・・・だったら、さ。やっぱり、元気に生まれてよかった、ってそれだけだったと思う」
「うん。そうだね!ガレもそう思うんだし、きっとそうだよね!」
虫を草むらに追いやったカリスが立ち上がって振り向いた。
お姉様やお父さまの気持ちは無理でも、と前置きをしたあと
「でもお母さまは、僕のこと、ぜんぜん時間がなかったんだもの、まだきっと嫌いじゃなかったよね!」
嬉しそうな笑顔で言うカリスが、ガレにはとても眩しかった。
眩しすぎて、少し切なかった。
そして、そのあとはさらに返事に窮することになった。
「ね、ガレ。ゾラってさ、結局、僕に家に帰れとは言わなかったんだよね・・・」
ゾラは今、出発前の準備で近くの小川に水を汲みに行っている。
だからガレは、カリスと二人待ちながら荷物の整頓をしていたわけだが、着の身着のままポケットには高価な宝石がいくつか入っているとのことだが身軽なカリスは出発寸前のアクシデント、目の前に現れた虫も無事、踏まれないような草むらの奥に救助しおえた。準備は終わったとばかりに、ガレの前に戻って踏み固められて土が剥き出しになっている地面にぺたんと腰を下ろしている。
「・・・それは、おまえが怒って泣き出したからだろ?」
「・・・うん。もっといろいろ言われると思ったの。帰れって、家出は駄目なことだ、さっさと帰れ、子どものくせに・・・とか。でもそういうのとちょっと違ったね・・・」
「そうだよな・・・。まだよくわからないけど、いつまで続けるつもりだとは言ったけど戻った方がいいと言ってないよな・・・」
「じゃあ、ゾラはこのまま放っておいてくれるかなあ!」
「・・・おまえさ」
ガレは、思い切って今までだったら決して聞けなかったことを口に出していた。
今のカリスなら、聞いても大丈夫だと感じる、ガレにとってもとっても重要なことだった。
「おまえはこのままでいいのか。・・・こういう生活、辛いんじゃないのか?」
「ゾラがいいて言っても、ガレが反対するんだ」
カリスは薄い苦笑だった。
「違うよ、そういうことじゃないだろっ!」
静かな笑みを皮肉げに口元に浮かべたカリスにゾラは大慌てだ。
「実際、血が出るほど肉刺ができてるんだ。それにいままでとは食べ物だって、おまえぜんぜん違うんだろ、ベッドだってないんだし・・・。そういう生活をずっと続けるんだぞ、俺と一緒に来るってことはずっとだぞっ、おまえはそんなんでさ・・・・・・いいのかよ・・・」
言いながらだんだんガレの声の勢いがなくなっていったのは、理性が薄まりガレの気持ちが入りこんでいったせいだった。
いいのかよ、とカリスに尋ねながらガレは、それでいい、このままがいいと思っているのだから。
肉刺だろうと、ニンゲンで体力のないカリスで毎日くたくたになろうとも、ガレはカリスに戻った方がいいとは言えなかった。
戻れと言いたくてこんな話をしているわけではなくて、戻らないとはっきり聞きたいから言っているのだと自分でもわかっただろう。
カリスはすぐに返事ができないようだった。
静かに何かを考えている。
即答が欲しかったのに。
ガレはどんどん不安になっていく。
言い出しながら先に堪えられなくなったのは、ガレだった。
「・・・このまま、一緒にいればいい」
「・・・ガレ。でも・・・」
「・・・ベッドも家もなくたって生きてゆける。食べ物ならこれからは少し多目に俺が二人分を調達すればいいことだし」
「・・・でも、一番の問題は、僕が一緒にいるとガレみたいに早く走れないもの。ガレの足を引っぱると言うことだよ」
「慣れたら走れるようになるさ」
「ならなかったら?」
カリスは水を差すようなことを淡々と言うのだ。
「僕のせいで、ガレが楽園にたどり着けなくなるってことにもなるかもしれないよ」
「じゃあ、おまえはやっぱり、帰りたいと思っているのかよっ!」
欲しい結論がカリスからぜんぜん出てこなくてガレは、腹立たしかった。
「だったら、はっきりとそう言えばいいだろ!」
怒って立ち上がったガレの前で、カリスはそのまま座ってただガレの顔を見上げていた。
「・・・帰りたくない。ガレとこうしていたい」
それはガレの欲しかった返事だ!
しかし、でも、と続きがあった。
「こうしていて本当にいいのか・・・は、よくわからない・・・。僕が足を引っぱり続けたら、ガレはそのうち僕のことを嫌いになるね。それだけじゃなくて僕のせいで悪いことになるかもしれないよね。・・・だったら、僕は我慢して帰った方がいいのかもしれない・・・」
「そんなことないっ!」
「・・・でも。ガレは追われたりするでしょ。そのとき、僕はお荷物だよ」
「だったら、カリスがゾラのときみたいに、俺の背中に素直に乗ればいいんだ!」
「・・・」
「俺はニンゲンじゃないから、カリスと同じぐらいの背だってもぜんぜん違うんだ、強いんだ。それに俺は獣人の中でも優秀な方だぞ、力は強いし走るのも速いし体力もある!だからカリスぐらい背負ったって、俺は平気なんだ、ゾラじゃなくたって!!」
「・・・ガレだとちょっと恥ずかしい・・・」
「そんなん気にすんなよっ、いいじゃんかそれぐらい!」
強く力説したガレは、大きく肩で呼吸していた。
「・・・恥ずかしいかもしれないけどさ、少しだけ我慢してさ・・・俺と一緒にいようよ。・・・いろよ・・・」
カリスはすぐに返事をしなかった。
しばらくガレから目を逸らして下を向いていたあとに、ガレと同じぐらい小さい声だった。
「考えてみるね・・・」
「今日は大人しいんだなあ」
ゾラが歩きながら静かな背中をからかっていた。
「大泣きしすぎて疲れが残っているのか?」
「うるさい」
と今日も、だいぶん良くはなってはきたものの足の肉刺はまだ痛々しい状態というガレとゾラの揃った意見によって背負われているカリスは低く文句を言ったあと、その生意気を吹き散らすように明るい声になった。
「僕も少し反省していたの。ハゲの人にハゲハゲと、本当だっても言っちゃあいけないんだなって。ううん、実際ハゲは本当だから、余計にハゲハゲハゲと言われることはハゲのゾラにはとっても辛いんだなって凄く反省していたの。ゾラ、ごめんね。素直にハゲをハゲって言って・・・ごめんなさい!」
それは、泣いたことは触れられたくないことであり、そういう嫌な点を突かれたカリスの逆襲だろう。
いったい今、何度、ハゲと笑顔のうちに言ったのか。
カリスの性格はとても怖いとガレはしみじみと思った。
ゾラは。
「おまえ、ほんといい性格しているなあ」
感心していたが、
「でも今、ガレが引いたな。今のおまえの性悪さに確実に一歩嫌いになっておまえから心が離れていった。・・・ああ、考え無しは今、とてつもなく大きな後悔だな、可哀想に・・・」
厳かに言われて、カリスははっとした顔になって隣を歩いているガレの方を見た。
ガレはぶんぶんと顔を横に振って、真顔になってしまっているカリスに心配ないのだと伝えたが、やはりと思った。
ゾラの方が上手だ。
そのあとカリスは落ち込んだのか黙り込んで、一行はザクザクと歩いて行く。
三人、いや歩いているのはガレとゾラの二人で、カリスはゾラの背中だった。
足の長さのため、同じ一歩でもガレよりも先に進むゾラのため、進行はゾラ先に歩き、ガレが付いて歩くというかたちになっていた。
確かな歩みだった。
子どもだけど獣人なのでそのくらいガレも平気だったが、見方を変えたとき、大人だけどただのニンゲンのゾラの体力もたいしたもので、ほとんど疲れ知らずで歩くのだ。
ニンゲンに、こんなレベルがゴロゴロいるとなるとかなり怖い、とガレは再び考えざるをえない。
そうして、これからどうなるのだろうと歩きながら考えていた。
ゾラはガレの敵のハンターではないにしても、カリスにとってどういう存在になるのだろうか。
いつまで家出を続けているのだと昨夜、言い出したゾラ。
結論まで問いつめなかったけれど、今の状態を好ましくは思ってはいないのだろうと思った。
客観的に言えば、良くないとガレも思う。
黙って家を抜け出してきたと、失踪中のカリスなのだ。
家族は必死になって探していて、だから捜索の手は二人の元まで伸びてきているのだ。
だけど、ガレは思うのだ。
カリスと一緒にいたいと。
このまま一緒にいたいと。
カリスだって戻りたくないって言っているのだから、悪いことじゃないと思った。
無理矢理、自分が引きずり回しているわけじゃないのだから。
このまま一緒に旅をする生活だって、カリスにとっても悪いことではないはず、だって絶対、そんな風に母親が死んだことを誤魔化してきて明らかになってしまったのなら、いい気分なはずはないのだから。
カリスだって。
そう。カリスが言うとおり、カリスの家族もだ。本気で少しは母親を失う引き金になったカリスのことを疎ましく思っているかもしれない。
きっと・・・そうだ。
「おい、そっちもえらく静かだな」
ゾラに声をかけられたガレは、ビクッと背筋を震わしてしまった。
「俺も少し考え事・・・」
「おまえもハゲか?」
渋面な顔を作って言ったゾラにガレは、違う、と首を横に振る。
短い否定のあとは沈黙だった。
すると
「・・・面白みのない奴だなあ」
言われて何となく傷ついたガレのために、「ガレを苛めるな、ハゲ」とカリスが援護に出たものだから、また急に一行は賑やかになった。
カリスと一緒に楽園を目指そうとガレは思った。
ガレは決めたのだ。
カリスと一緒に、行くのだ。
最初に決めたとおりだ。最初からカリスは自分で、ついて行くと言ったではないか。
だから、これははじめの予定通りのことだ。
自分はカリスと一緒に楽園に行く!とーーー。
「カリス、服を脱げよ!」
「え?」
カリスはとても驚いた顔をしてガレの方を見たが、ガレは真剣でだからカリスは余計に戸惑ってしまったようだ。
「きゅ・・・急にガレったら、何を言い出すんだよぅ・・・」
お昼ご飯の休憩で、日差しが高く一番高温の時間は少し道ばたの木立の木陰で休むことにした、そのときだった。
「だから、その着ている服を脱ぐんだよ!」
「こらこら。昼間の明るい往来で同性不純交流はお兄さんとしては認められんぞ」
「違うよっ、何言ってんだよ、ゾラは!」
ごろんと根っこを枕に寝ころんでいたゾラが顔から腕をのかせてじろっとガレを睨んだが、ガレもぎろっと睨み返していた。
馬鹿じゃないのかと、と言わんばかりの口調で言ったガレは、それでも一人先走っていることを反省して説明をはじめた。
「だから、カリスの高そうな服は目立つんだよ。俺はゾラと親子と何度も見られたのにカリスは一度も言われなかった。このなかで一人、なにかが違うって思われるんだ。まずその服だよ。高そうでこんな野山を行く旅行服じゃないんだよ、だからおかしいと思われるんだよ」
下着や肌着は何度か手で洗って清潔にしていたけれど、カリスは着替えを持たないままの状態だった。ここしばらくで、青い上着は少し草臥れてきたようだったが、光沢の良い上質な空気は仕事の行き帰りの農夫や、マントを着る旅行者の目には場にそぐわない奇異と映るだろう。
今更だったが、気が付いたガレは躍起になって改善させようとしていた。
「目立つんだよ!駄目だ、それは脱いで代えた方がいい!!」
「でも、着替えを持ってないよ?」
「俺のを貸してやるよ。靴もどっかの街にいったらもっと楽なのを買ってやるから。そうすればカリスも普通の感じになって変だと思われない。目立って人の記憶に残るのは一番駄目なんだ、情報になって追いかけてこられることになるんだから!」
「そっか。・・・そうだね・・・わかった」
頷いたカリスが上着のボタンを外しに掛かり、ガレは自分の鞄をあさった。
今、着ている物とよく似た黒色の質素の衣服だった。
「ちゃんと洗ってあるから、大丈夫だ」
手渡したガレ、カリスは素直にそれを受け取ったのだ。
しかしそのとき、ゾラから“待った”が入った。
「こらこらこら」
「不純同性行為じゃないぞ」
ガレが真面目な顔つきで言ったが、ゾラは納得はしなかった。
起きあがってゾラも普段のにやけ顔ではないため精悍な顔つきは怖いような野性意味を際だたせていた。
「目立たない物を着せて、どうする気だい、おまえ」
「行くんだよ、おばさんのところに」
ゾラには内緒があるため、楽園ではなくおばさんのところだと話してあった。
「カリスを連れて?」
「そうだよ。最初からそう言っているじゃん」
カリスは神妙な顔で黙っている。
だからガレはカリスの保護者のようにゾラに対峙していた。
「おまえも、本気でガレにくっついて遠いおばさんの家まで行くつもりか?」
尋ねられたカリスは。
「わからない。行きたいと思っていたけど、どうせそのうちガレに置いて行かれるんだと思っていたよ。・・・でも連れてってくれるなら僕は・・・」
「無断の家出のまま、もう家族に会わないつもりなのか?」
「そうだよ、カリスはそう決めたんだっ!」
「おまえは黙ってろよ。おまえとは今、話はしとらん」
ぴしゃりと男に言われて、ガレは不満そうにだったが口を閉じた。
「・・・駄目なの?」
カリスは反対に、ゾラに質問だった。
「だって、きっと僕のこと、みんな嫌いだよ。口ではそう言わなくても心の中では嫌いだよ。嫌いじゃなきゃおかしいよ・・・。僕はお母さまとお話ししたかったし、どうして僕にはいないんだろう、僕にもいて欲しいとずっと思っていたもの。でもそれは僕のせいだったんだ。僕が生まれたことで、みんなからもお母さまを奪ったんだものね」
今のカリスは泣いてはいなかった。
泣かずに冷静に、痛々しいほど静かな言葉が紡がれるのだ。
「きっと、僕はあの家にはいない方がいいんだよ。僕を見ればお母さまを思い出すだろうから。僕はあそこにいない方がいいんだ。大人で良識もあるし、体面だってあるから口に出しては言えないけど、きっとそう」
ガレはカリスの代わりのように苦しそうな表情になってそれを聞いていた。
ゾラは、唸る。
「言っていることは間違っているとは言わんさ!」
「僕は、ガレが好きだ。ガレも僕のこと好きだって言ってくれる。邪魔じゃないって言ってくれるなら、僕はガレと行く。たぶん、それが一番いいことだ」
「間違ってはいないが、おまえは最大の重要ポイントを見落としている」
ガレとカリスが同時に不思議そうにゾラを見つめた。
ゾラは頭ごなしに反対だと怒鳴りつけようとしないから、聞く耳がもてるのだ。
「それは」
「なに?」
「不可能、ってことだ」
での、その言葉にはがっかりだったガレが失望もあらわな声で、
「なんだよ、それ。・・・だけど、今だってさっーーー」
「まあ、聞けよ」
ゾラは気色ばむガレを遮った。
「本気で追っ手から逃げ延びるつもりなら、バラバラに別れるべきだろうよ」
「別れる?」
カリスが驚いたように目を大きく見開いた。
「そうだろう。追っ手に捕まらずに自由に生きたいなら、お互いを連れることは不自由だ」
自分は追われながら、そのうえ連れも別に追われているなら二重に警戒していなくてはならない。
助けになることもあるだろうが、逆に足を引っぱることにだってなりかねない。
「足の引っ張り合いになるだけだろうて。本気で、逃げ延びることを考えるならそれぞれ一人ずつになるべきだ。お互いの危険性をも、ひっかぶるなるて馬鹿げたことだぜ」
「そんなっ、そういうのはガレには当てはまるけど、僕には無理じゃないか!」
「ただ家出を完遂したいということなら、その方が安全だと言っているんだよ」
顔色を変えたカリスに、ゾラは冷徹だ。
「おまえはこういった生活が苦手だと踏まえてもだ、ガレと一緒に行動するよりは可能性は大きく膨らむだろうさ」
ガレは口を堅く引き結んで無言に憤っていた。
ゾラの言葉は正しいと思ったから、口答えはできなかったのだ。
獣人であり、ハンターに追われる自分が一緒にいることで巻き込んでカリスのみに及ぶ危険は増えるだろう。
刃物、流血沙汰になることにもなる日常をガレと行動すればカリスも体験することになってしまうだろうから。
早く走れないカリスを連れることはまた、ガレにとってもカリスを庇わないとならない負担がかかり、旅の安全はぐんと下がってしまうだろう。
わかっている。
言われなくても、わかっていた。
だけど、それでもガレはカリスを連れて行きたいと思ったのだ。
気づかないならさいわいに、カリスにその危険性を隠しても、だ。
だけど、またしてもゾラが、暴いてしまった。
ゾラによって知ってしまったカリスはーーー。
ガレはじっとカリスの言葉を持っていた。
やめると言い出さないだろうかと怯えながら。
「ねえ・・・」
カリスは口を開いた。ガレはぎゅっと身を強ばらせた。
「ガレと一緒だと、どうして危険なの?」
カリスは不思議そうに小首を傾げたのだ。
「ゾラのお兄さんは、何のことを言っているの?」
わからないと。
頭の回転が良くて、実際に可愛くて、その上性格も普段、可愛くぶっている様子だけどガレには、カリスが話がわかっていないとは思えなかった。
が、カリスは大きな瞳をしばたたせるだけなのだ。
「どうしてガレと行くのは危険なの?ガレは僕の家出を連れ戻そうとやってくるお家の人たちに一緒に追われてしまうことになるから、駄目だよねえ・・・と思っていたけど、ガレは、どうして。僕が危険なの?」
カリスの質問の前でゾラは、男らしい大きめの唇の端を吊り上げていた。
「・・・ガレは・・・」
ゾラの言葉はこれまでとは違って澱んでいた。
ガレは、獣人だから危険だからだーーー。
ゾラは口ごもっているが、カリスの中でくっきりはっきりと与えられなくてもわかっている返答はこれだろう。
だけど、これは、ゾラには秘密のものだったはず。
言っていない。自分もガレも。
それをゾラは知ってしまっているって言うことだろうか?
だったら、どうして、いつ、気が付いてしまったのか。
カリスの疑問はここだった。
ゾラはいったい、どういう人なのだろうか・・・。
どういうつもりで自分たちに関わっているのだろうか、この人と一緒にいて大丈夫なのか。
体力が無くてガレに守られるだろう自分。だけど、できることでちゃんと自分だってガレを守るのだ。
真偽を見極めようとするカリスの直視にゾラは言った。
誤魔化したのだ。
「ガレはぬくぬくなおまえとは違って野良に生きてきた部類だろう。善良ばかりな振る舞いでやってこれたと思うか?」
「ガレは悪くないもん!そういう風にしないと生きていけないっていうなら僕も同じようにできるようになるもん!!」
言って、ふんとカリスは男から顔を背けた。
言わないつもりならこっちだって、それなりにするものね。とは、カリスの内心だった。
「ゾラ、ムカついた!ガレ、向こうで二人で休憩しよう!!」
ガレの手を引いて、カリスは歩き出す。
「おい、こら」
「まだ休憩時間あるものね。いいでしょっ!」
ふくれっ面を隠そうとしないカリスに、あまり遠くに行くなよと、ゾラは諦めのため息だった。
カリスに手を引かれて少しガレは歩いた。
クヌギの古木と茂みを迂回してゾラの姿は全く見えなくなって、ここなら普通にしゃべる会話なら聞こえないだろうという場所までやってきて、カリスは草の上に、よっこらしょと年寄りのように言って座った。そして持ってきていた着替えを地面に置いた。
ほらとその横の位置を手で示されたので、ガレは、カリスのかけ声を真似することなく無言で座った。
「あのね、ガレ」
甘く澄んで優しい女の子のような声でカリスは言う。
「・・・なんだよ」
ガレはゾラが言い出した不穏な内容のために暗い気分になっていた。
聞いたカリスはどう思っているか、想像が付かなかったからだ。
カリスはガレにはよくわからない。
だからこの時だって結果はやはり、悪い想像すらも軽やかにぽんと超えた驚くことだったのだから。
「ゾラ。お別れ、しちゃう?」
平然とした顔でカリスはガレに言った。
そして返事を求めるのだ。
「ゾラ・・・。ちょっと嫌な感じ。意地悪を言う・・・」
「・・・でも、意地悪じゃなかったら?」
カリスの提案に飛びついて頷けばよかったのに、ガレにはそれができなかった。
自分でも馬鹿なことをいっていると思いながら重い口を無理矢理のように動かしたのだ。
「ゾラが言うことは本当だったらどうする?・・・きっとさ、大変だよ、俺と来るのは・・・」
「ガレは、嫌なの?」
カリスは驚いたような高い声だった。
「俺はっ・・・」
「ガレは大変だから、僕なんかと一緒にいるのは嫌?」
「俺は違うっ、けどっ、おまえが大変だって言ってんのっ、今だって足の裏、肉刺だらけになってきついいんじゃないか!」
「僕は、きついって思っていないよ。ガレは優しいし自分のことみたいにきついって感じているだろうなって心配してるけど・・・。こういうことだって本当は言わないでおこうと思っていたのに、ゾラのせいでバレちゃったね。・・・そうなると、やっぱりゾラってとっても迷惑だね・・・」
嫌そうに顔を顰めたカリスに、ガレは話が、またズレてるって怒りたい。
カリスは話をすり替えるのが上手いのだ。
「でもさ、おまえがこだわっているとおり、嘘はついていないよっ。あいつの言うとおり、おまえだってそのうち旅に慣れてくだろうし今よりかいろいろ上手くできるようになる。そうなったおまえは一人で、俺とは一緒にいない方が安全なんだよ!ハンターの怖さだっておまえは何も知らないんだ、逃げ延びたあとだって何度も何度も夢に見るんだぞ、それだけじゃないっーーー」
一緒に来るなとガレは説得したいわけではないのに、心は悲鳴をあげながら、でも言わずにはいられなくて、それはただカリスを望む自分の首を絞めることなのに!
すると、カリスはガレを遮った。
「だって。・・・一人は嫌なんだもの」
溢れるように言いたいことはまだ山ほどあったはずだったけど、ひっそりと紡がれたカリスの言葉にガレは止まった。
「僕はガレと一緒がいいんだもの。ガレにとって迷惑かもしれないけど・・・」
「どうして・・・」
信じられなかった。
なぜ、そんなことをカリスは言うのか。
どうして、そんなことまで自分は言って貰えるのか、ガレにはわからなかった。
「・・・なんで・・・」
すると何でもないことのように、カリスは柔らかく笑って、だって、と言った。
「だって、僕はガレが好き。ガレも僕のこと好きでしょ。だから」
しかし、そのあとでカリスは不安を滲ませた顔になって
「違うの?・・・ガレも本当は僕のこと嫌いなの?」
ガレは首を横に振っていた。
声はあとからになった。
「・・・違うよ、好きだよ・・・凄く好きだよ。・・・好きだからこういうのに巻き込んじゃいけないだろうって、俺は・・・好きだったら駄目だってっ・・・」
「ガレ。・・・泣かないでよ。ガレが泣くと僕も悲しくて嫌な気分になっちゃうよ。泣かないで・・・」
カリスは腰を浮かして自分より大きなガレの身体を引き寄せて抱きしめていた。
優しく大事な家族のように。
黒い帽子からこぼれる黒い髪を指で梳いて小さく丸めて込み上げる嗚咽を必死に噛みしめている背中を撫でてやる。
「ねえ、ガレ。二人でゆこう。ゾラとはお別れしよう。いいよね?」
うん、とガレは手の甲で止まらない涙を拭いながら言葉なく頷いた。
ゾラも良い奴かもしれないけど、ゾラはカリスを引き離そうとするなら、三人は望めないなら、カリスだけでいい。
カリスがいればいいと思った。
カリスと二人で。
ガレと二人で。
自分のことを好きだと言ってくれるガレと一緒に。
ガレにとって良くない選択かもしれないけど、優しいガレに甘えてしまってだ。
カリスはそう決心した。
二人は。
二人で行こうと決めたのだ。
決心のあとは、呆気ないほど簡単に進んだ。
すぐ実行したわけではなかった。
一行が進んでいた道が小さな湖に差し掛かったときだった。
「絶対に覗かないでよね。いくら僕が、可愛いって言ったって、僕は二つ以上年上はお断りなんだからっ!」
「なにを、お断りだという、糞餓鬼がっ!」
「ガレが一緒に水浴びするんだから平気なんだから、ちょっとでも覗いたら二度と口聞いてあげないからねっ!」
眉を吊り上げて威嚇するカリスに、ガレは本当に、以前そういう怪しいことを体験したことがあるんだろうかと心配になったほどだった。
鬼気迫る雰囲気の前で、ゾラの方もカリスの言うとおり、水浴びの光景を決して覗かなかったようだ。
だから。
成功したのだ。
心の中でカリスとガレの二人は、ゾラの優しさに感謝して、そして、ごめんなさいとそれぞれ謝っていた。
余分にある上着をゾラから見える木の枝に残したままで、二人はそおっと足音も忍ばせて湖を後にしたのだ。
カリスはガレの背中に乗っかっていた。
ガレの言葉通り、ガレはほとんど変わらない背丈があるカリスを背負っても平気な様子で山の斜面を駆け上がって、滑り降りて走り続けた。目指していた街からも大きく離れることになってもガレはゾラから離れるために走った。
藪を飛び抜け、木の根を蹴って無言で走っていた。背中で弾んでいるカリスの身体は、迂闊に口を開けるなら舌を噛んでしまうことともう一つは、黙って置き去りにしたゾラへの罪悪感が彼らをしゃべらせなかったのだろう。
それでもまだまだ軽やかに、しばらく動き続けそうな足運びがぴたりと止められたとき、ガレとカリスは元通り二人になって、木立の果てに沈もうとするオレンジ色の夕日を静かに眺めていた。
こうしてゾラから離れて、元通りに二人になったとき、大きな危険を回避し た気持ちになっていた。
安心感を重視して、存在に心を乱されるゾラから自分たちで離れることによってもうすべてが平気になるはずという気分になっていた。
そのあとは穏やかに、カリスとガレだけのペースでやってゆけるだろうという予定はその晩すぐに、第三者から崩されることになってしまった。
最悪の展開と言ってもいい。
二人の決断が裏目に出たのだ。
強くて油断できないと感じたゾラだ。彼を遠ざけたとき、彼の力を心から求めるという皮肉な結果が二人を待っていた。
夕方になって、野宿の準備に取りかかった。
ガレに出会うまで、屋敷の外で夜を明かしたことなどなかったカリスも、すっかり慣れて覚え、てきぱきと枯れ枝を集めて焚き火の支度ができるようになってその様子を、感慨深げに見つめるガレだった。
「なに、ガレ?」
「いや・・・べつに、用事はないけど・・・」
「用事はないけど、なに?」
誤魔化すべく慌てて手に持っていた火打ち石を打っていたが、小枝の山を作って手の砂埃を払って立ち上がったカリスはにっこりと笑顔だった。
笑顔で逃さない。
「・・・だからさ。・・・凄いなと思って・・・」
「なにが?」
カリスにはわからずに首を傾げている。
「だから、何にもできなかったのに・・・全然違う、変わった・・・」
「でもそんなこと言っても、ガレは普通にやっていたことだもの。驚くことじゃないよ」
「わかんないかな、その変わったことが驚くんじゃないか!」
「そうなの?」
赤い少女のような唇を不服そうに歪めていたが、言いいたいことはちゃんと通じているようで頬のあたりが嬉しそうに持ち上がっているように感じられて、ガレも満足な気分だった。
とにかく、ガレはカリスに対して、凄いと思っていてそんな相手と一緒にいられることが嬉しいのだ。
ゾラに対する後ろめたさ忘れるために、ずっと楽しく陽気に笑っていたい夜だった。
だから少しはしゃいでいた。
ふとすると伏せ目がちに頬に長い睫の影を落としてしまうカリスも明るくあれるように言葉を途切れさせることを避けて、取り留めもないことをずっと考え、言葉に紡いでいた。
今日は良い天気だったね、星が綺麗だよね。食べ物が少なくなったから、もう少し少なくなったら町か村にーーーその前に、狩りをしなくては。
うん、そうだね。そうだね、とカリスは頷いて夜が更けていくうちに、うつらうつらと身体が揺れるようになってきた。
穏やかな星の光がにぎやかな夜で、膝を抱えた姿勢で穏やかに舟を漕ぐカリスの肩を優しく押してやって身体を横たえさせると、ガレも意識も薄れるようになっていた。目を何度かしばたたかせたけれど眠気を追い返すことはできなかった。昼間にカリスを背負って走り続けた疲れと緊張が溢れでてきたようだった。
そのときだ。
一瞬、ガレも眠ったのかもしれない。
一瞬じゃなかったのかもしれない。
酷く近くで物が動く気配がした。
座って膝を抱いた腕の上に伏せていた顔を上げたとき、音は一挙に数倍に膨れあがった。
痛みだった。腕を掴まれて引っぱられた。
逆の肩は強い力で地面に押さえられるように、身体が二つに裂けるのかと。
ニンゲンの臭いだった。
急に、風下から現れただけでなくて臭い消しが使われていた。
今の時期にはあちらこちらで咲く山の木の花の独特の強い香りが、木の根元にいるように。
いくつものにやけた男の顔だった。ひげ面の凶暴そうなニンゲンのーーー。
頭に大きく響くの嫌な音は鋼が擦れてたてる不穏な音だった。
「ガレっ!ーーー」
眠っていたカリスも目を覚ました。せっぱ詰まった悲鳴だった。
カリスを助けないといけないとガレは思った。
カリスはただのニンゲンで、弱いのだから。
「ガレに、触るな!」
衣擦れの音、地面を踏みしめる荒々しい音を、けれどガレは土に顔を押さえつけられて耳に聞くことしかできなかった。
「このっ、おまえは関係ない、大人しくしてろっ!」
暴れているのだ、カリスに向けられる苛立った怒声だった。
「やっ、離せ、馬鹿っ!!」
カリスの悲鳴と怒声、荒い息づかい。カリスは必死に彼の自由を妨害しようとする男達に応戦しているがわかった。
カリスを相手しているのは、地べたのガレは下半分ぐらいしか見えなかったが大柄で鈍重そうな男一人だった。
男にとって少年はか細く強く握ったら壊れそうで、だから強く掴めずそのためすばしこく手足を男の手から取り戻し巧みに逃げようとする子供に大男は手を焼いていた。
一方、ガレを押さえつけていた男はもう少し俊敏で鋭い雰囲気を纏った三人だった。大柄な男より手強そうな者たちで、なぜなら本命はガレなのだから、そういう力配分だった。
ハンターが追っているのはガレ。
獣人の珍しいガレは市場に売れるのだから。旅芸人の物見小屋、お金持ちの愛玩動物、はたまた最近では珍しくなった学問材料、特殊な処置を施した骨は万病に効く高価な薬の原料とも聞かされていた。
もっともガレには、自分がそんな薬になるなんて信じられなかったが、信じているニンゲンがたくさんいるからこうした目に遭わされるのだとは思った。
どこからか情報が漏れるか、うっかり街で見つけられてしまったのかガレを目的に、この男達が二人の元にやってきたことは今や明らかだった。
強く体を押さえられた拍子に、ガレの猫耳を隠していたおばあさんから貰った帽子が跳ばされて地面の上に転がって、男達の足にぶつかってさらに遠くに蹴飛ばされていった。
顕わになった黒い髪のなかに聳える二つの耳を乱暴に引っぱってガレに悲鳴を上げさせた男は、ぐひ、と押さえ損ねたような、でも満足そうな声だった。ガレにとってはこの上なく不快な笑い声を漏らしていた。
頭にきた。
目の前がくらむほど頭にきたが、ガレにできそうなことはこれだけだった。
「そいっ、そいつはっ、関係ないだろ!汚い手で、乱暴に触るーーー」
必死で身体を起こすように力を込めながら、でも触るなとは、最後までガレには言うこともできなかった。何本もの手に押さえ込まれたままで、さらに離れていたもう一本の手がガレを目指した。首根っこに棍棒を痛烈な一撃を食らったガレの意識は煮え湯に流されたように爛れて途切れて、ガレの身体は地面の上に沈んだきり、ぴくりとも動かなくなった。
「ガレ、ガレーーー」
暗い山の中で、少年の悲痛な叫び声が響いていた。
「ガレ・・・、返事、してよぉーーー・・・」
星が出ている晴れた夜で、そのうえ、いったん引き返したカリスは焚き火から炎を一本の枝木に移して捧げ持って、道ない夜の山野を一人きりで歩いていた。
嵐のようなひとときだったのだ。
カリスは眠っていた。
それでも痛いと、呻いて目が覚めた。
きっと男の足が偶然、カリスの身体を蹴っ飛ばしたのだろう。
普段寝起きの悪いカリスだったが、ぼんやり目を開いたときに目の前に繰り広げられていた光景は、カリスに“普段”を許さなかった。
飛び起きて、ガレを助けようと思った。
ガレから引き離そうと思った。
ガレの黒い帽子が跳んでいて、男達の間にガレの頭の黒い猫のような耳が見えて、それはカリスでさえまだ触らせてもらっていない大事な耳だった。それなのにいきなり現れた男達は無理矢理に、ガレの耳を引っぱってガレは悲鳴をあげた。
「ガレっ・・・どこだよぅっ・・・」
大男が太い手でカリスの手を掴んでいて、そして意識を失ったガレが大きな麻袋に入れられたのだ。そうして袋の口は縛られて、小柄で太めの男に背に荷物のように担ぎ上げられた。
ガレが連れて行かれてしまうと慌てたカリスが決死の勢いで大男の腕を振り切って駆け寄ろうとしたが、逃れてもすぐに捕まえられていた。
「こいつはっ!」
怒りがこもった声と同時に、強い力がカリスを後ろに投げ飛ばしていた。
軽い丸太のようにと空を切った小柄な身体は、すぐに一本の木の幹にぶつかっり、肩をしたたかに打って根元に落ちていったカリスの視界は涙が滲んだ。襲われた痛みには呻き声も満足あげられなかった。
蹲って痛みが薄まるのをじっと待ってから、カリスがのそりと木につかまって立ち上がったときにはもうあたりには静かさが戻って、パチパチと焚き火が燃えているだけだった。
カリスの前から四人の男達も、ガレの姿も消えてしまっていたのだ。
カリスは、ガレを探していた。
最初は走っていたけれど、転んでから足首が痛くなって上手く動かなくなってしまっていた。灯りで足下を照らしながら足を引きずるように歩きながら、ガレを追っていた。
どっちに行ったのかもわからなかったけれど、じっとしていられないなら、とにかくカリスは進むしかないのだ。
最初は呼ぶ以外はじっと奥歯を噛みしめていた。
けれど今では呼吸をするためにわずかに開いた口からはすすり泣きが止まらなくなっていた。
「ガレ・・・どこだよ・・・返事、してよっ、じゃないとわからないよおっ・・・」
嗚咽の間に、声を張り上げてガレを呼ぶ叫び声だった。
見つけられない八つ当たりなのだ。怒りの色と、そして聞くものの心を潰すような強い悲しみが交互に居り混ざった声だったが、夜の中からカリスに返事を返してくれる求める声が聞こえることはついになかった。