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links.  作者: バルサン赤
箱庭の少女
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昼過ぎ、空腹に気付く

 揺さぶり起こされる。


 ばっとはね起きれば、呆れたようなシャーリーの表情が視界に飛び込んだ。すっきりとした目覚めから、つまり自分は寝過ごしてしまったのだ。シャワーを浴びたあとの記憶がないのだから。

「お目覚め? まったく、……まあ仕方ないわね。でもごめんなさい。これからもっと疲れてしまうわ」

 支度をするよう言いつけられ、数分の時間をとる。コートを羽織り、用意された軽い朝食をとって、シャーリーは漸く話し始めた。

「朝一番で鳩が飛んできたわ。ユウさんは暫く本家に拘束されるそうよ。

 それと……貴方は寝ていたから気付かなかったでしょうけど、オウカ家の刺客を捕らえたわ。情報の伝達がはやすぎるし、内通者が居るんでしょう。

 だからこの屋敷を発って、ここから少し南の街、リードルの街を通って暫く身を隠しましょう」

「……二人だけで?」

「いいえ。ギルドに依頼を出したわ。気付いている? もう昼時よ」

「えっ! ……ご、ごめんなさい」

「謝ることはないわよ。話の続きだけれど、そこで道案内と護衛を見つけておいたわ。

 食べたら出発ね」

「う、うん」

 パンを頬張る。テーブルの向こう側で優雅に食事をとるシャーリーは、食べ終えたのかナプキンで口元を拭く。トーンを抑え、最後に、と付け加えた。

「当主争いの件だけれど……、ユウさんは名乗りを上げたらしいわ。今、本家で揉めてる途中よ」

 ハルの手が止まる。咀嚼され、切れ端は飲みこまれるが、それは俄かに信じがたいものだった。

 彼女の兄はそもそも長男と言う立場だけが独り歩きしている状態なのだ。三年前、一度父が病にかかった時、確かに父親に継ぐつもりはないのだと告げた。領地の一部を治める手腕は見事だが、使用人たちはいつも噂をしているのだ。あまりにも残酷だと。全体としての統治こそできているものの、そこに住む民の事を考えてはいない。その冷たさは父親とは正反対なのだと。

 考えても仕方がない事は分かっている。ハルは残りの切れ端を口に入れて、水で流し込んだ。そうでもしなければ食事は喉を通らない。兄に迫るだろう危険のことを思えば、胸が苦しくなってしまって仕方がない。

「……とりあえず、今は逃げることが先決よ。

 ユウさんがその気な以上、貴方は絶好の人質なんだから。いえ、捕らえさせはしないわ」

「私も……、お兄様の迷惑になるようなことは、絶対に嫌」

 ナプキンに手をかけて、呟くように決意する。

 兄を助けたい、ただそれだけだ。政治のことはよくわからないし、彼女自身の知識も大したものではない。けれど、知ることは出来るのだ。ただ情報を集めて考えること。父殺しの犯人を突き止めれば、兄ではないと証明出来れば、それは兄の助けとなるのだから。




 ここから更に南へ向かう道は綺麗に舗装されている。途中に森こそあるがそこまで深くはない。街の外へ出れば、待っていたかのように大柄の男と、シャーリーよりも少し背が高い青年が現れた。

「……そちらが依頼主さん? どーも、俺は護衛の方、ライカだ、よろしくー」

「道案内のトトだ。前もって言った通り、ここより北の地理は良く分からないんだ、それでもいいなら」

「別に構わないわ。最優先事項は私たちを守ること。更に言うならこの子を守る事よ。

 自己紹介だけれど、私はシャーリー。この子はハル。詳しいことは聞かないで」

「ほい、了解」

 男はくるりとこちらに背を向け道を進む。大きな鞘に入った大剣が頼もしい。浅黒い肌についた治りかけの傷跡が、戦い慣れしていることを感じさせた。深い青の髪と同じ色の目、肌の色から、エルドラントではなく国境の向こう、バキッツァの出身だろう。対して、青年の方は、恐らくはハルと同じぐらいの年頃だ。自衛用に腰に短剣を差し、軽い旅装である。明るい茶の髪と、碧眼。そうして思い出す。一昨日自身の口で言ったばかりだ、緑の瞳は魔女が持っている、と。自分が今まで見た中にも碧眼の持ち主は居ない。やはり、魔女の血を継ぐ人間が持っているのだろうか?

「ハル、リードルまで長いけれど、休みたくなったら直ぐ言うのよ。旅慣れしていないんだから、無茶は駄目」

「う、うん。シャーリーちゃんも無理しないでね」

 ぽつぽつと歩く。街の外壁が大分小さくなった頃、トトは足をとめた。

 背負った革袋からごそごそと小さな瓶を出す。少し揺らせば青い液体が瓶の中で跳ねた。

「そろそろ魔物が出てきてもおかしくないけど、気休めに聖水まいとく? どうする?」

「まあ、なるべく遭わない方がいいだろ」

「私もそう思いますけど……」

「いいんじゃないかしら」

 雇い主であるシャーリーの言葉を合図にトトが掌に液体を少し垂らす。続いて他の三人にも同じようにして、最後に進行方向に撒いた。空っぽになった瓶に蓋をして革袋の中に放り込む。

「森に入るまではもってほしいけどなあ」

「あら、一本しかないの?」

「街につくまでに殆ど使いきっちゃって。見ての通り戦えないから。

 薬買う金も必要だしなあ、でも聖水代も馬鹿にならないんだよなあ」

「薬?」

 ぶつぶつと喋りながら頭を抱え始めるトトに、耳聡くハルが反応する。

 無意識に口に出していたことに気付いたトトがはっと口を抑えるが後の祭り、ハルはただ好奇心の込められた視線を向けていた。

「う……、病気なんだ。まだ初期だけど、治すには定期的に薬を飲まなくちゃいけなくて。今回雇ってもらった分で、今月分のは買えたんだけど」

「大変ね。今回の依頼だけれど、一ヶ月も拘束するつもりはないから安心して」

「うう、ありがたいです……。依頼料の先払いまでさせちゃって」

「仕事してくれるんなら別に構わないわよ」

 聖水の効果があったのか、草原に魔物の姿はない。人の臭いを嗅ぎつけてこられる事もなく、日は順調に暮れて行った。夕焼けが白い肌を赤く染める中、遠くに森が姿を現す。鬱蒼としているそれは左右に広く広がって、迂回すれば街道から抜け更に時間がかかるだろう。テントを張り、明日は聖水無しで抜けるしかない。

「今日はここで野宿かしら」

「食料は事前にライカと買いこんできたから、火を起こそう」

「俺はテント張ってくるわ」

「簡単な料理なら出来るから、任せておいて」

「えーと……、火って焚火? なら私も枝を集めます」

 各々に別れる。丁度近場に大きな岩が聳えている。それを背にするようにして、ライカはテントを引っ張り出した。トトとハルは森に少し近づいて、風に流された枝がないか、辺りを見回した。

「こういう時に魔法が使えたら楽なんだけどなあ」

「使えないんですか?」

「火の加護は受けてないんだ。簡単な風魔法なら使えるけど」

「……てっきり、緑の目の人って、皆魔法が得意なんだと思っていました」

「そりゃあ、もう魔女の代から沢山人の血が混じってる。

 俺の弟は魔法が得意だったけど、混血児でもなかったし」

「混血児?」

 聞きなれない単語だ。小さな枝を何本か抱えて、ハルは顔を上げた。夕焼けを背に、碧眼が赤く染まってこちらを見ている。その色に引っ掛かりを覚えた。父親に関係するということだけではない。その色に、自分は強く、何かを感じたのだ。

「あれ、知らない?

 魔女の子孫の証に、緑色の目で生まれてくる人間のこと。

 それともう一つは、魔物の血を引いている奴の事。こっちは目が赤いんだ。二つ纏めて混血児、ここはそうでもないけど、他の国じゃあ差別対象だよ」

「……赤い目」

 腕に力が入る。シャーリーが反応したのは父が混血児だと知ったから? 自分が混血児に、赤い瞳に強く惹かれたのはその子供だから? 険しくなっていく表情に、シャーリーの声が割って入った。

「ハル、トト! 拾えたのなら暗くなる前に帰ってきて!」

「あ、うん!」

 夕焼けはもう、沈みかけていた。


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