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links.  作者: バルサン赤
箱庭の少女
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昼、陽射しを避けるように

 鏡の中の海色の瞳が、ハルを見つめている。

 カーテンの閉め切られた、しかし照明が照らす部屋の中で彼女は椅子に座っている。隣で寄り添うように立つシャーリーの手に握られた鋏が、音をたてていく。腰まであった桜色の髪は流れ落ちて、肩を過ぎる程度に短くなった。指が毛先に触れ、軽くなった体に少し違和感を覚えながらも、彼女は立ちあがった。こんこん、とノックと共に扉が開く。

「ハル、支度は出来たか。……髪を切ったのか」

「ええ、あれだけ長いと目立ちます。変じゃありませんか?」

「いや、似合っている」

 シャーリーの方を向けば、彼女もまた満足げにハルの髪に指を絡ませた。椅子にかけた薄手のフード付きのコートを羽織る。あの報せから一日経った。自分はゲルデッヒ家の領地へ逃げ込むことになる。話し合いの結果決まったことだ。兄もシャーリーも、やはり自分が危険にさらされる事を良しとせず、碌に意見を出せないまま結論が出てしまった。自分達の出立と同時に、兄は馬車に乗って本家へ行く。あくまで本来の予定通りに、兄妹共本家に向かうのだと錯覚させるために、だ。

「では手筈通りに。私はハルと、このまま沿岸部を南西へ進み領地内へ入ります。もし何かあれば更に南下して、国境沿いまで逃げることになるかもしれません」

「構わない。ハルを任せた。……ほとぼりが冷めればナギをそちらに向かわせよう」

 ナギが一歩前へ出て深く頭を下げる。話し合いは終わりだと言わんばかりに、ユウはハルに近づいて、そっと頭を撫でた。何も言う事は出来ない。兄の無事を願っているのは言わなくても分かることであるし、嫌な予感がするのだと言っても、兄は体を張って自分を守ろうとしている。別れの言葉を一つ言う前に、彼は出て行ってしまった。

「……行きましょう。さあ、フードを深くかぶって。大丈夫よ、ユウさんは。

 貴方達が本家の屋敷に居た頃から、自分の身は自分で守れる人だったでしょう」

「シャーリーちゃん……。うん、早く行こう」

 手を引かれるように部屋を出る。馬の嘶く音と共に、車輪は走って行った。追いかけるように馬車に乗り込む。丘を下り、草の剥げた道を進めば、遠くまで広がる海が見えた。崖の下に広がる白い砂浜と剥き出しの岩場は本の中でしか見たことのないものだ。隣に座るシャーリーの手を握って、その喜びを伝える。彼女は苦笑して、沢山見ておきなさいと外を指差した。




 海の向こうにある大陸は、本当に天気のいい日、空気の澄み渡った時にだけ見えるそうだ。はしゃいだせいか、彼女はうつらうつらとして、頭を隣の肩に預けた。ぽつりぽつりと呟かれる言葉に、優しげな声で彼女は返事を返す。空はとうに暗くなった。彼女を喜ばせるようなものはもう映らない。

「……あと、どれぐらいで着くの……?」

「もう少しよ。十分もかからないわ。だから寝るのは後よ、後」

 薄く眼を開けて、顔を上に向ける。彼女の深紅の髪が眩しい。懐かしさと寂しさを覚えて、彼女の髪を手で梳いた。どうしたの、と声がかけられる。

「あのね、……お父様が。良く見たこと、無かったけど、こんな色をしてたの」

「目の色が?」

「そう。私とお兄様は、お母様と同じ色なんだよ。シャーリーちゃんとは、ちょっと濃さが違うね」

「……ええ、そうね。そう、赤い瞳……。

 私は直接は貴方のお父様にお会いしたことはないけれど、……ハル、貴方の兄妹に、赤い目の人はいるかしら」

 それに答えようとしたところで、馬車が止まる。がたんと揺れる衝撃に互いの体を掴んで耐え、まもなく扉は開けられる。仕方がないと言った風に彼女はハルと共に馬車から降りた。

 門を潜れば執事の一人が二人を迎い入れた。いくらか質素な造りの屋敷だが、至る所に衛兵が居る。武器の、鉄の臭いだ。ハルの住む地方とは違い、ゲルデッヒ家の治める辺りから国境までは戦争の色が濃い。シャーリーは特に気にした風でもなく、シャワーの準備を使用人に言いつけて執事を呼びつけた。

「お父様は?」

「お帰りになっておりません。鳩によりますと、暫くはオウカ家に留まるそうです」

「そう。ああ、それと。この子は客人よ。貴方は初めて会うでしょうけど、オウカ家の末娘のハルよ。

 丁重にもてなしなさい。それと、オウカから来る使者は全て私を通すように」

「畏まりました」

 そのまま部屋に転がり込む。ハルに用意された客室の表には衛兵が二人ついている。覗き穴もない事を確認させ、息をついた。

「疲れたでしょ、楽にしていいのよ」

「シャーリーちゃんこそ、私よりもっと疲れてる筈だよ」

「慣れてるわ。私は一人娘だから、小さいころから仕事は習ってるの。

 それよりも、貴方よ。シャワーを浴びたら、少し話したいことがあるわ。いいかしら」

 肯く。いつになく真剣な彼女の瞳に、ごくりと唾を飲み込んだ。ベッドに腰掛ける。馬車に揺られた疲れがこみ上げて、眠気に呑まれそうになる。眠るまいと瞬きをした。いっそ眠ってしまいたいと、弱音を隠して。遠くに居る兄は、今頃どうしているだろうか。流されるだけで、自分は一つも兄を助けることができていないと、それを後悔している。

 自分は知りたい。父親を殺した人物を、ざわめく心の理由を、自分達はどうなっていくのかを。

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