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links.  作者: バルサン赤
終幕を告げる音
36/37

枯れる間際のスノーフレーク

 固く閉ざされたバリケードが突破されたのは、いつの事だったか。その日、神殿には怯える住民が押し寄せた。いつかのように、魔物が襲って来たわけではない。たった五人の、人間のせいだった。軍服を纏う青年を先頭に、立ち入りを許可されない彼らは実力行使で洞窟の中から日の下に出た。一般兵には到底支給されないであろう上物の槍はいとも容易く木の壁を打ち破った。気休めにもならないそれを抜け、真っ直ぐに神殿へと歩み寄る。出迎えるように巫女が険しい面持ちで外に出た。

「一体何の用でしょう? 私達は軍の方をこの神域に迎えるつもりはありません」

「巫女よ、その言葉は先にここへ立ち入った四人組にも適応される筈だ。赤と緑のオッドアイ、見覚えがあるだろう。こちらに引き渡せば手荒な真似はしない」

「……あの方はここには居ませんよ。道を選択されましたので」

 薄弱そうな囁き声が、うっとりと誰かをなぞるように色を帯びていく。その怪しい様子に、背後のペルネアがちょっと、と小さく声をかけた。

「だったら、見失う前にさっさと動いた方がいいんじゃない?」

「何のために俺が交渉していると思ってるんだ」

 目の前に居る巫女の、リリューシャに対する感情は本物だった。監禁した風でもなし、丁重に扱ったのだろう。しかしそれが、彼女が旅立った理由にはならない。巫女の僅かな精神の揺れを、確かにレーテは掴み取った。

「その言葉に偽りはないか?」

「勿論です。無用な争いは、私としても避けたいのです」

 瞬時に、嘘だ、と思った。それをぎりぎり口に出さなかったのは理性の為せる技だろう。糾弾するのは簡単だが、それを証明する手立てはなかった。或いは、同じ能力を持つリリューシャがこの場に居れば、レーテが嘘を言っていないことを感じ取れたかもしれないが。碧眼であるならまだしも、後天的に能力に目覚めたレーテが何を言っても取り合わないだろう。ちらり、と集団から一歩引いたトトに視線を遣る。それに気付いたのか、トトは慌てた表情で一番近くに居たシルヴィアの背後に隠れた。といっても、背の低い彼女の後ろでは隠れることもままならないが。情けない奴、とひっそり溜息をついて、巫女をどう言いくるめて神殿の探索に乗り出すかを考えた。

「では巫女よ、彼女がどこへ行ったかは」

「存じ上げません。強いて言うならば、この山を登って、どこかへ。竜の巣は、蟻の巣のように深く広がっております。どこから向かったのか、それは私にも分かりませんわ」

「我々は彼女を追わなければならない。しかし生憎と、この山の地形を把握している者はここにはいない。巫女よ、彼女が良く立ち入った部屋、もしくは所持品はあるか? この混血児に残留思念を辿りどの方向へ行ったかを探らせる」

 トトがぎょっとしたように跳ねて嘘だろ、と小さくのたまった。能力を使いたがらない彼にとっては難儀な話だろう。それを見かねてか、ペルネアが腕をつまみあげて小さく「方便よ」と確証のないフォローを入れる。ほっと安心したのもつかの間、巫女は更に食い下がった。

「とんでもありません。第一、私達は貴方達の事を信用してはおりません。そこの彼が、嘘をついても私達に判別する術はありません。彼が『まだ神殿の中に居る』と嘘をつく可能性も、当然あるでしょう」

「それなら心配はない。能力を発動する際、彼に触れていれば共に物体に宿った記憶を垣間見ることが出来る。巫女自身が証人となればいい」

 ぐ、と彼女は言葉に詰まったようだった。混血児の能力の話に乗った時点で、勝敗は決まっている。軍人であり、魔女の血を継ぐ者でもあるリリューシャの存在が彼女の首を絞めているのだ。この地に受け入れるべきではない人間を受け入れてしまったのだから。

 暫くの沈黙の後、もういい、と背後から男の声が響いた。不機嫌そうな表情で、神官服を纏う男はずんずんと大股で巫女の前に出る。その態度の大きさから、巫女と同格かそれ以上の存在なのだろうと推測は出来た。顔がはっきり見える位置まで近づけば、その男が掘りの中の神殿でリリューシャ達の脱出の手引きをしていた人間だと思いだすのに数秒もかからなかった。口を開こうとすれば遮るように男が捲し立てた。

「あの女は、既にこちらの管轄に入っている。大罪人だのなんだのと国に追われているようだが、竜に関する事だ。使いは先日手配した。半日もすれば受理の報せを持って帰ってくるだろう」

「追う事は無意味だと?」

「違うな。追う事とは、つまり国家への反逆だ。軍人でもなくなった貴様らを、受け入れる事を良しとはせん」

「まだ受理されるって決まった訳じゃ――――」

「こと竜において我が一族に勝る権力者はいない。いつの時代もだ。この国を守護する存在の存続に関することだ、当然だろう」

 分かりきった答えを貰う為の使者なのだと、言外に男は言うのだ。食い下がる事は出来たが、勝つことは出来ないだろう。竜に関する事はレーテも殆ど触れられない。そういった仕事は常に、暗い場所に立つ人間が行ってきた事だ。くそ、と口汚く罵りかねない空気を、風に乗ってやってきた知らぬ男の声が割った。

 なんだ、と周りを見渡す。白と金に包まれた大きな鳥の魔物が羽ばたいた。遥か下から飛びあがったその魔物は、確かガルーダと言ったか。その背に乗る二人の男のうち、壮年の男が青い顔をして地表に降りた。巫女に駆け寄る。

「大変です、首都が、ファヴニルが……燃えています! 『革命軍』とか言う奴らが、暴動を起こして!

 その上、復航したばかりの、バキッツァ行きの便が爆破されました。バキッツァの奴らが、宣戦布告をしたとして、戦争だってはじまってしまいます!」

 がつんと頭を殴られたかのような衝撃だった。戦争が始まれば、この国の乏しい兵力で、その上内部分裂が起きている状態で、勝てるわけがないのだ。再びこの国がぼろぼろになってしまう。目の前の任務よりも遥かに重大な案件だった。しかし、足が動かない。そんな場合ではなかった。私情を理由にこの地に留まる事は、上司でもある彼女が認めないだろう。ちらり、と神殿を見た。そして、そこに立つ女を見た。

「戻ってくる! 当たり前だろう、責任を放りだす訳にはいかない」

「意思だけではどうにもならないわ、騒ぎが収まれば貴女は捕まってしまう」

 金髪の女に押さえられるようにして、金か緑か、流れるように変わる色合いの髪の女がじたばたと暴れていた。もう一人の使者が伝えたのだろう。構わず駆けだした。一メートルもない階段の下で足を止める。白い床の上で揉み合っていた二人はこちらに気付いたのか、険しい面持ちでそっと見下ろした。

「……私が教えたことを、覚えているだろう」

「はい」

「人間は、戦う機械ではない。戦争をするための駒でもない。君はどうしたい」

「故郷を、守りに行きます。当然貴方も」

 至極面白そうに、リリューシャはにやりと笑った。いいだろう、一声そう呟けば、背が空っぽになったままのガルーダがリリューシャの傍に降り立った。神殿の裏で飼いならされているのか、次々と降り立つ鷲の魔物の広い背には三人は乗れそうだった。息をするように魔物を操る姿に、彼女は何かが変わったと直感する。持て余した力に名前をつけたようだった。巫女と、引きずられるように男が自身も向かうと意思表明する。

「アネモネ、ここを空けていいのか」

「貴女の力になりたいのです。魔法を使った後の疲労感を、少しは和らげることは出来るでしょう。この方は、そういった繊細な作業には向いていないようですが」

 見知った面子が次々とガルーダに乗り込んでいく。相談もなしに、既にペルネア達は二匹のガルーダの背に乗って飛んで行ってしまったらしい。信頼してくれているということなのか、とかぶりを振って、自分も手近な魔物の背にのる。

「カーラ、分かってくれ。巫女が直接来るとなれば、私への対応も変わってくる。心配ばかりしていては、何も進まない」

「……分かったわ。無茶はしちゃ駄目よ」

 口論は収まりがついたのか、二人もガルーダに飛び乗った。魔物の羽が幾重にも音を立てて、切り裂くような冷たさを伴った風が頬を掠める。気流に髪は乱されて、猛スピードで降下していく。

 炎と煙があがる首都が、いつしかよりずっと大きく混沌に呑みこまれていた。広大な世界を、横断する。

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