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links.  作者: バルサン赤
アンビギュアスに還る
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邂逅する先

「鉱山? 別にいつも通りだよ。掘っても掘っても出てくる」

「……そうか。ありがとう」

「ああ、それと嬢ちゃん。気をつけなよ、この辺りを妙な連中がうろついているって話だから」

「妙な連中?」

「四人組の、ルシアニア人の交じってる奴らだよ。長老はなんも言わねえし、外の国の奴らがいるんじゃ、怪しくてしょうがねえよ」

 非番だという男は畑仕事の帰りなのか、鍬を担いで汗を拭いながら帰路につく。自分達の事かと危惧したが、どうやら気付かれてはいないらしい。それにしても捕捉されるのが早い。人が少なければ、噂が行き渡るのも早いか。

 数メートルも歩けば寂れた土は緑に覆われていった。人の通った後は僅かに地表が見えているが、その青々とした細い草が時折花を交えて風にそよいでいた。平べったく切りだされたような、座れる程の大きさの岩があちらこちらに点在している。その灰色と緑のコントラストはやはりどこか人里離れたような雰囲気を漂わせ、ここは何か遺跡のような不思議な感覚がした。

 ある程度の高さまで登って、岩に座る。街の方を見れば、集落と言っても過言ではない程小さく、寂れていた。しかし目を奪われたのはそこではなく、その近く、丁度民家に隠されるように建てられた神殿らしきものだ。地面を深く掘ったのか、神殿の天井がやっと地表と同じぐらいの高さにある。神殿へと続く階段は一際大きい民家の裏にあった。回りこめばその家を経由しなくても通れるだろうが、窓もあるだろうし目立つだろう。その異質な、神秘的な雰囲気に思わず呑まれる。同時に、どこか懐かしさを覚えた。あの遺跡はなんだっただろうか。昔聞いたことがあった気がする。入口に仕掛けられた罠が難解で、かつ危険。だからそのまま放置された、……らしい。記憶を辿れば確かにその話を聞いた。どこにあるとまでは聞いていなかったが。

 仮面を外す。夕陽が沈みつつある空を見渡した。赤く染まった空と、その色を映す遠くの海。手前に並ぶ山脈と街のいくつか。自分達の通った道を目線で追って、随分遠くまで来たと思う。リリューシャはふっと笑った。首都で燻っていては会えなかった仲間達と、血生臭さを取り払った街並みと。そうして友人の言葉を思い出した。この国に対する思い出が光景を美しくさせるのだ。剣を持っていた時の自分が何度ここに立ったとしても同じ思いを抱けないに違いない。くく、と声を抑えて笑った。全てが愛おしいと思う。ずっとこの穏やかさが続けばいいだろうに。瞼を閉じて、ただ自然の声に耳を傾ける。

 しかし、それに人の足音が混じった。

「あれ、人が居る」

 瞬きを繰り返す、少し戸惑ったようなその表情。茶の髪に、碧眼がよく映える。その澄んだ緑色を、驚いたように彼女は見つめた。同時に青年の方もリリューシャをはっきりと認識するとはっとして固まった。

「……君は」

 静寂に、声がよく響いた。

「え、あの。ご、ごめん! 初めて見たから、その」

 オッドアイの事を言っているのだろうか、慌てたように手で違う違うとジェスチャーを交えて彼はどもった。リリューシャは岩から降りて青年に近づいた。ルシアニアでは珍しい、魔女の混血児。彼女もまだ数人しか見たことがない。髪の色からすればエルドラントか、バキッツァか。そちらの出身だろうが、そんなことはどうでもよかった。その碧眼はリリューシャの片目とも、記憶の中の混血児とも、まったく同じ色合いをしていた。泣きそうになった。

「私も睨んでしまった。すまない」

「いやその、大丈夫。睨むっていうより、俺と同じような、物珍しさ? そんな感じだったしさ」

「慣れているのか?」

「まあ、ね。こっちに来てからはちょっと風当たりも強いけど」

「魔女はこちらでは嫌われているからな」

 青年は頬をかいて笑った。俺は男なんだけどな、と冗談のように言えばリリューシャも微笑む。照れくさそうに青年ははにかんだ。

「俺はトト。君は?」

「リリューシャだ。何故、こんなところに?」

「あの山の上に建ってる村の、お偉いさん? に、話を聞きに行かなきゃならなくて。で、道中友達が出来たから、友達の用のついでに案内してもらってる訳」

「この国の人間でも入るのは難しいぞ」

「ええ、やっぱり? あいつもそう言ってたんだよなあ。でもなんとしても行かないと」

「……悪いが、恐らく無理だろう。あの村は特に竜信仰が強い。大きな神殿も立っているぐらいに。相対的に魔女に対してはきついんだ」

「うーん……。まあ、それはこれから考えるよ」

 はあ、と気落ちしたように肩を下げる。そのまま草むらにあぐらをかいて、リリューシャを見上げた。彼女も視線を合わせるようにしゃがむ。普段ならそんな気遣いはしないだろうに、何故か態度も柔らかく出てしまう。親近感からだろうか。

 トトは小言を言うように口を尖らせ人指し指を立ててその友人の事を語りだした。

「あいつとはさ、港で会ったんだよ。最後の便にぎりぎり乗り込んだのはいいけど帰れなくなっちゃって。帰るのはこれから考えるってことでいいんだけどさ、地図もないし村と人の名前だけ教えられて放りだされたし途方に暮れてたんだ。場所を教えてくれたのがあいつ。でもなー、つんけんしてるし場所しか教えてくれないし、俺こっちきたの初めてだし」

「それで途中までの案内か」

「そうそう。あいつも仕事あるからね。俺より年下なのに仕事してるんだ、世の中って酷いよなあ。あ、俺は止むに止まれぬ事情があるから! ニートとか引きこもりじゃないから!」

 慌てて言い訳するように早口になる。誤魔化すように続きを話しだした。友人の連れが世話焼きで、小言で耳が痛いことや、マーシュからエレフィナまでの一本道を通る筈であったのに、途中で回り道をすることになったこと。現地の集落の娘となんやかんやあって一緒に旅することになったり、やっとエレフィナまで着いたと思ったら路銀がかなり危なくなっていたこと。

「そんで急遽魔物狩り。手に入れた戦利品を行商人に売りつけてた訳よ。いやあ、女の子って怖いわ。俺値段交渉とか怖くて出来る気しない」

 未だ値切りという行為に遭遇したことがないリリューシャは苦笑いを浮かべてそうだな、と返した。気付けば赤みの差した空はもう暗くなっていた。トトもそれに気付いたのか、話し過ぎたな、と人のよさそうな笑みを浮かべて立ちあがった。じゃあ、と軽い挨拶をして別れた。気分のよさを損ねたくなくて、彼女はまだその場に留まって暫く風の音を聞いていた。緑色の瞳。彼女の母の色。苦い思い出であるが、同時にとても幸せだったように思う。少し時間が経てば、探しに来たのかカーラ達が視界の端に映る。誰にもわからないように、にこりと笑った。

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