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links.  作者: バルサン赤
アンビギュアスに還る
22/37

運命の動きだす先

「貴女は……」

 それきり絶句して固まる女性を見下ろす。獅子の赤い毛並みと対比するかのような青から紫へと変わるその髪が、彼女の動きに合わせて小さく揺れた。それは動揺を表している。

 背後の鳥は一声嘶いて羽ばたく。声に反応してぞろぞろと囲むように軍人達が集まった。軍人たちだけではなく、指示を待つ魔物やサーカス団員達もだ。

「また会ったな、エルヴィローゼ。君を捕らえるかどうか、今思案しているところだ。さっさと行動したまえ」

 高圧的な態度は初期にちらりと見せた攻撃的なものとも違う。カーラやバーナードは戸惑った。まさにそれは所々彼女が皮肉っていた軍人のようで。

「っ、貴女が敵になるとは思わなかったわ。いいでしょう、こちらも痛手を受けたし、貴女相手に勝てるとは思わない。引くわ、皆!」

 合図を待っていたかのように、団員達はそれぞれ魔物に飛び乗って逃げ去っていく。城に留まっていた魔物も川を飛び越えて風のように消えた。ぽかんとそれを見ていた軍人たちだが、直ぐに我を取り戻したかのようにリリューシャを糾弾し始めた。中には混血児も居る。捕まえようと前に出た人間を制すように、城から若い男の声が響いた。司令官、と誰かが呟いて、一斉に静かになる。リリューシャは小さく三人に鳥に乗るように指示した。司令官と呼ばれた、小柄の男との間に障害物は何もなくなる。旧友の姿を見て、酷く優しい声で彼の愛称を呼んだ。

「フェロ、この警備はザルじゃないか。あまり私を探すのに人員を割きすぎるな」

「ん~、いや、今仕掛けてくるとは思わなくってさ。まあそれに、物は直せるからね。俺がちゃちゃっと片づけようかなと思ったところだよ」

 世間話のような口ぶりに、くく、とリリューシャは笑う。雪のように白いその髪は、毛先が少しだけ薄紫に染まっている。人好きのする笑みを浮かべると言うのに、カーラはぞわりと嫌な感覚を覚えた。それは人種も関係なく、ただ恐ろしい人間だけが持つプレッシャーのようなものだ。

「おたくは随分と外の人間と慣れ合ってるね。言ってなかった? 外の人間となんて関わり合いにすらなりたくないってさ」

「案外悪くは無かったのさ。君には信じられないだろうがな」

「ふーん。ま、いいけど。そんで、態々捕まる危険を犯して何しに来たの?」

「二人を、助けに」

 鳥の大きな背中に乗ったカーラとバーナード、そしてアルヴを見て、面白くなさげにふんと鼻を鳴らした。拗ねた子供のように地面を蹴った拍子に、彼の髪の後ろに矢筒が姿を見せる。それどころか弓すらも。飛んだ所で打ち落とされてしまう、とカーラが言おうとするが、彼女達を背後にするリリューシャは分かっている、と小さく呟いた。心を読んでいるかのような行動に、更に彼女は混乱する。

「さてと。知ってる? リリューシャさん、どうやらうちのお偉いさんを殺したことになってるらしいよ」

「そして脱走したと? 君、面白がってそれを指摘しなかったろう」

「だって面倒くさいし。俺に目つけられても困るし。派閥争いで死んだ奴なんて知らないっての」

「全く。悪いところはいつまでたっても直らないな。それで、君はどうしようと言うのかな」

「おたくを捕まえるためにねえ、晴れて司令官に昇進させられた訳。……だからいつでも捕まえていいよ」

 フェロは取り囲む兵士達に命令する。距離を詰めるように突撃する何人かを、リリューシャは火柱を上げて防御する。矢は燃えつき消し炭となった。次ぐように水の魔法がそれを消そうとするが、そもそもの威力が違うのか全く通用しない。リリューシャは羽ばたく鳥に飛び乗って、高く空へ舞い上がった。兵士達の矢が突くように下から飛んでくるが、突風で方向をずらされる。余裕を見せて旋回する鳥は大きく羽ばたいた。

 リリューシャが更に空を見上げて自身の魔力を放てば、風が竜巻のように渦を巻いて兵士たちを襲い、空はたちまち曇天となり雷が降り注いだ。そうして世界を暗くするように、暗闇が辺りを包む。まだ昼間だと言うのに、何も見えなくなっていく。ちらりとリリューシャが下を見れば、僅かな灯りの中、フェロが矢をこちらに向けることすらせず、軽く手を振っていた。その姿に苦笑して、進路を東にとった。





 近くの森に着地する頃にはもう空は晴れ渡り、先程の嵐は過ぎ去っていた。翼を広げた鳥は先の方から粒子のように空気に溶けて消えていく。倒れるようによろけたリリューシャの背を木の幹が支え、ふう、と息をついた。額には汗が浮かび、その様子に既視感を覚えたカーラが彼女の額に手を当てる。内側からどうしようもないような熱が伝わった。

「リリューシャ、貴女が戦わない理由って」

「……もう駄目なんだ。昔は天候を変えるだなんて朝飯前だったんだが。今はもう、体が弱りきってしまった」

 魔力は嫌という程余っているのにな、と力なく彼女は笑う。彼女を休ませなければいけない。しかし外は寒く、暖はとれても所詮屋外だ。近くの町で隠れて休むしかないだろう。しかし彼女を抱えて行くにしては、今の面子は非力すぎた。老人と僧侶。そして剣は使えるものの細身のアルヴ。三人とも、リリューシャとは掌の程の身長差すら無かった。苦笑して、リリューシャは立ち上がる。そうして指先でなぞるように魔力を放出する。釣られるように呼び出された精霊達が再び形をとって、白い毛並みの一角獣になった。その光景を目の当たりにしてカーラとバーナードは息を呑む。流石に二回目だからか、アルヴは驚かない。手早くリリューシャを馬に乗せた。

「歩くのは疲れた。すまないが、私は足を呼ばせてもらったよ」

「いえ、いいのよ。……行きましょう」

「リリューシャ、あの司令官と知り合いっぽいこと言ってたけど、どうして追われることになったの?」

「今聞くのはよした方がいいのではありませんか」

「構わないよ。君達も巻き込んでしまった。私はせめて、今回の脱走の経緯を話さなければ」

 リリューシャは馬の背に上半身を預けながら、手慣れた様子で手綱を取った。熱でぼんやりとする頭になんとか言葉を作らせて話しだす。一時間も進めば街に着くだろう。それまでに、この意識が落ちなければいい。

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