道の交わる先
二日酔いで机に突っ伏すアルヴを放っておいて、三人はその脇で互いに向き合った。
「なら、君達はここから先の関所を道なりに抜けるといい。道中魔物が出ることは殆どないだろう、頻繁に人も通るからな。ただ、首都に入ったとしても行動はある程度制限されると思った方がいい」
「いえ、本来ならまだマーシュで燻っていたかもしれない身よ。貴方のおかげでここまでこれたの、感謝してるわ」
「短い旅でしたが、若返ったかのような気分でしたぞ」
「……ありがとう。また、会うことがあったら、その時は……なんだろう、何か奢らせてもらおう。貧しい国だが、良い物は沢山ある」
「ふふ、こちらこそ。船が出るようになったら、バキッツァへいらっしゃい。それまで、捕まっちゃだめよ」
「そうさせてもらうよ」
談笑を交わして、二人はまだ寒気のたちこめる朝を渡った。見送りに手を振れば指がかじかみ、呼吸が白く染まる。二人は微笑みながらこちらに視線を寄こして、まだ少し薄暗い中を歩いて行った。半ば瀕死で追いかけて来たアルヴはいくらか回復したのかなんとか塀に捕まって立っていた。
「う、っぷ。……別れちゃうの?」
「元々ここまでの案内が仕事だったんだ。それに、私は首都にはあまり近づけないのさ」
「なんか怖い人達が、君を探してた気がするよ。赤い目と、緑の目の女の子って」
仮面をつけていない事に気付いたリリューシャがはっと自身の顔に触れる。外にはまだ数えるほどしか人はいない。素早く仮面を取り出してつけたが、それを可笑しそうにアルヴは笑った。
「今の時間じゃ逆に目立つよ。どうするの?」
「君はどうするつもりなんだ?」
「ボク? このまま酒浸りになるのは不味いよねえ。でも行くあてもとくにないし」
ちらり、とリリューシャを見る。暗に連れて行けと言われているようで、いや、言われているのだろう。一人が駄目な訳ではないが、態々人を連れていく旅でもない。寒さをいつの間にか忘れて、塀にもたれかかるアルヴの隣に納まる。周りは昨日の様子を忘れたかのようにまだ静かだ。兵達も居ない。
「危険な旅だ。承諾しかねる」
「ボクだって少しは戦えるよ。一応世界一周ぐらいならしてるしさ。ボクからすれば、君の方が戦えなさそうだよ。大丈夫なの?」
「人は見かけによらないだろう。それに、……嘘吐きを信用するのは純真な人間だけだよ。昨日の事はともかく、としてね」
アルヴは目を丸くしてぱちぱちと瞬きした。驚いたと言う風に、少しだけ低いリリューシャを見下ろす。彼女は別段責めるような言い方も、興味のない素振りも、アルヴに対して冷たい態度はとらなかったがただ指摘するような言い方がなんだか面白くて、けらけらと笑った。酔いがもしかしたらまだ覚めていないのかもしれない。妙に気分のちらつきが酷い。リリューシャはただ答えを待っている。
「なんでバレたのかなあ。嘘には自信あったんだよ。聞いていい?」
「人が嘘を吐く時、必ず心にざわめきがある。壊れでもしていない限りは。参考までに聞くが、歳は?」
「んー、二百七十歳」
「適当言うな」
「いくつか覚えてないよ、そんなの」
「……はあ。昨日の君の話を全て聞く限り、君は付き合った人間とは最低一ヶ月、長くて三年は共に居るな。そして世界を一周したという発言。見たところ二十代前半から後半。そして何時間話につきあわされたかな、その中で私は三十人分以上の愚痴を聞かされたな」
「時間が足りない? 歳を逆算したら、ボクが村を出た歳が若すぎるって?」
「そうだな。君を仮に二十五として、逆算すると村を出て女性に声をかけられた時、君は四歳だったことになる。ただ、別れた翌日に誰かと付き合ってばかりではないだろう。実際はもっと歳を食っている筈だ」
「若づくりってことにしといてよ」
誤魔化すように口笛を吹きはじめる。
「追及するつもりはない。ただ問題なのは、君の発言さ。『行くあてがない』、これは嘘だ。そして昨日の話は全て本当だろう。困ったものだ。つまり君は私が混血児、もしくは追われていることを知ってから嘘をつきはじめている」
「そうだねえ。鋭い! ご明察! 結論は?」
「聞きたいのはそちらの方だな。何を知っているかと言う事だ。相手が得体のしれない人間だからという理由で嘘をつく人間ではないだろうな」
「昨日の今日で分かるものかな? まあ、いいけど。いくらか酔いが覚めて気付いたことだけど、魔物のにおいがするんだなあ。雑魚じゃなくて、もっと格上の。君はそれだね。ボクはただ竜の事が知りたいだけなんだよ、この国の!」
ずい、とアルヴは詰め寄る。竜という単語に反応するように互いに真剣な表情になる。それ以外にもいくらか理由があることには気付いたが、ひとまずリリューシャは肯く。場合によっては自分に危害を加えかねない雰囲気を持った詩人はにこりと笑って無邪気にやったー、と喜ぶ。
「で、どこ行くの?」
「北だ。竜を祀る神殿もあるから君の期待には沿えるだろう」
「おおっ。リリューシャは何しに行くの?」
「私? ……そうだな、そろそろ覚悟を決めなければな。だが、何をするにしたって、今はまだ早い。それまでの時間つぶしだな」
「暇人だねえ。今から時間を持て余してちゃあ駄目じゃない? ボクみたいに酒浸りになっちゃうよ」
「あまりその心配はしていない。これから一生分忙しくなるからな」
ふうん、と気の抜けた返事を返され、脱力するようにリリューシャは肩を落とした。興味があるのかないのか、いやそれはともかくとして。彼女はアルヴの頭を小突いた。
「酔いは覚めたか? 途中で吐いたら置いていくぞ」
「えー、そんなあ。ボクら一緒にあんなに飲んだじゃない! もう友達でしょ、酷いよー!」
「酒で結ばれる友情なんていらない……」
アルヴがばたばたと袖を振れば服にしみ込んだアルコールが香りだす。思わず口元を押さえながら背を向けて歩き出した。朝の心地よい騒がしさが芽を出して、この街は飽きず宴を繰り返すのだろう。その陽気な雰囲気に毒された詩人がぴょこぴょこと後ろからついていく。酷く楽しげに。しかし数分後には、暴力的な手段で伸びた衛兵を見て不満を訴えだすのだった。




