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links.  作者: バルサン赤
アンビギュアスに還る
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暗闇の先

 月明かりは洞窟の中にまでは届かない。松明すらつけられていないその寂れた鍾乳洞はぴちゃ、と時折水が滴る音がする。尋常でない視力は地形までもを把握して、耳は風の音を聞きつけた。水たまりをブーツが踏む。静けさを打つ音が、鮮明に耳に届いた。今、私はこの世界の大気なのだ。抽象的な感覚が、リリューシャを包む。先導する彼女は無意識になのか、鼻歌まで歌い始めた。その澄んだ声は少女らしさを保って洞窟に反射する。幾重にも伸びる通路を正確に選び取り澱みない足取りが彼らを案内した。

「ねえ、それ、何の歌?」

「……ん、ああ。その日生きるスープを求める若者達が歌う歌だ」

「なにそれ。妙に具体的ね」

「これを歌って剣の素振り、タダ飯食らい、夜はシャワーを浴びて、朝は嫌がらせのように一兵卒は歌わされるのさ」

「……貴女」

「マーシュの食事は質素だった。スープの具は芋だけ。しかしその近くの別荘で、目一杯の夕食を摂る奴ら。子供は売られ、土地は焼かれ、鉱山で働く罪人達は使い捨てられる。食料を独占して、戦わせる代わりに食べ物で子供達を釣って、そして沢山の人間が散って行ったんだ」

 カーラ達にはリリューシャの表情は見えない。声色も一切ぶれることなく、ただ毅然としてそこに在る事実だけを述べる。目の前に居る人間は果たして何者なのか。答えは出ない。

「貴女は私たちに、生い立ちを少しずつ語るわね。どうしてかしら」

「こういうものは気分だよ。知られて困るのは私でなく政府だからな。私は暫くの旅の仲間に『私の正体の想像』をさせているに過ぎない。暇つぶしとでも思っておけばいいだろう」

 ちらりと後方を振り返り、試すように微笑する。そして再び途切れない旋律を紡ぎだす。きっと今の彼女は上機嫌なのだろう、理由は知らないけれど。どこか誇らしげな曲調のそれは恐らく軍歌だ。バーナードは松明を握りながら最後尾を進む。彼の孫もリリューシャと同じぐらいの年であるが、彼女はあまりにも悲しい雰囲気を纏っているように感じた。どうしたって隠しきれない悲惨な何かが潜んでいる。そしてそれを聞きだせるのは恐らく自分達ではないのだろう。出口から流れる風が頬を掠めて、漸くそれを視ることが出来る距離まで進んだ。不思議と魔物は一体もでず、先頭のリリューシャは躊躇い無く外へ出た。

「この砂浜を幾らか進めばシュトーゲル港へ行けるだろう。入らない方が得策だが、何か補充したいものがあれば私は外で待つ」

「私は大丈夫よ」

「道中、松明以外特に使ったものはありませんでしたのう」

「ならば休憩なしでこのまま北へ進もう。途中、道が首都行き、首都からマーシュへの道、更に北にあるリグナック山への登山道、と分かれている。首都行きの道を選んで案内する、ということでいいな?

 歩くのには三日、途中町を通らなければいけなくなるが」

「貴女はどこまでついてきてくれるの?」

「途中町があると言ったろう。そこから北へ行くから、そこまでだな。関所代わりにもなっているが、入ってしまえばこちらのものだろう」

「そう……。あの三日だけど、よろしくね」

「しんみりする必要はありません。またどこかで会うこともありますからな」

 全員が北へ進路を取った時にはもう空は遠くが明るくなっていた。砂浜を少し外れれば針葉樹の密集する森だ。人目に付かない道をとって茂みの中に足を突っ込む。獣系の魔物が生息している、というリリューシャの言葉通りなら戦うのは少々きついだろう。頭に枝が当たる程木の背は低くは無かったが、足元の植物の葉が尖っているせいかカーラの足が痛みに震える。多少開けた場所に出て、今日はここで休息を取らないかと提案した。

「私が見張りに立つ。好きにしていればいい」

「テントは無理でしょうから、焚火と寝袋を引きましょう。それと、貴女も。見張りは交代でしょう? 体力はあまりないように見えるわ」

「体力がなくなれば魔法でどうにかなる。そういうものだ」

 頑固なのか、聞こうとしないまま地面に座り込む。バーナードが何本か枝を手折り、重ね、カーラが火をつける。かじかむ手が温かさにほぐれた。

「……ねえ。出来れば、貴女のこと、もっと知りたいわ」

 ぼんやりと眠気に襲われる意識を保ちながら、途切れ途切れにカーラは呟く。膨らんだ寝袋から少し離れて、木の幹に背中を預けるリリューシャはそれを感情のこもらない瞳で見つめた。

「割とあっさりして、このまま離れてしまいそうだから。……心配してるのよ」

 バーナードは狸寝入りを決め込んで、リリューシャと同じように木を壁にして眠りこけているポーズを保っている。どう答えるのか観察するような心の動きに、リリューシャは内心溜息をついた。どう接すればいいのだろうか。ただのお人好しだ。態々彼女達に苛々する必要もない。けれどこうもずかずか踏みこまれては、彼女自身どうすればいいのか分からないのだ。ただの道案内の仕事の筈であるのに、二人はもう自分を受けて入れている。自分は少しだけドアを開いたような、宙ぶらりんな状態だ。少なくとも背中を二人に向けられるだけの信頼はあるというのに。

 黙り込んだままのリリューシャの答えを待ちながら、うつらうつらと横になったカーラの瞼が閉じていく。フレーム送りのようにそれを明確に捉える彼女の瞳はぱちぱちと瞬いて、それからぽつりと口を開く。

「私は君達を嫌ってはいないよ。善い人間と、悪い人間には態度を分けているつもりだ」

 ふふ、と囁きのような微笑みが零れる。素直でない所は本当に小さな子供のようだ。言ったら怒られるので、バーナードもカーラも、そのまま眠りに落ちた。

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