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links.  作者: バルサン赤
アンビギュアスに還る
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逃げ出した先

 港町マーシュ。ルシアニア一の港だ。高低差のある地形は争いに散々利用され、北部にある畑は土が痩せてしまい殆ど育たない。最南端に位置することもあり、海を渡ってバキッツァ、エルドラントとも交易を結んでいる。そしてその船が途絶えてしまったということは、ルシアニアからは人は一人も出ることは出来ないと言う事だ。町は周りを森に囲まれており、真北にある首都ファヴニルへの一本道だけが続いている。その途中にそれぞれ北東、北西に分かれる道があるのだが、それすらも封鎖されてしまっているのだと言う。

「我々はこの町をまず西に抜け、低所の海岸を渡り西部の港シュトーゲル付近まで進み、そこから北上する。いくらか道は分かれているから、まずはそこに着いてからルートを考えよう」

「ふむ。海岸ですか。障害物が無ければ我々は直ぐに見つかってしまいませんか?」

「崖の下をくぐる形になるだろうから上から発見されることはないな。岩場は少ないが、鍾乳洞まで距離はそうない。入ってしまえばこちらのものだ」

「大丈夫そうね。なら次は計画の確認よ」

 カーラは町の見取り図を取りだしテーブルの上に広げた。北部に上がるにつれこの町の標高は高くなる。宿のある位置は北東の端だ。脱出点とする港の西方面とは対角線上の位置関係で、一番遠いだろう。

「まずはこの脱出点だが。ただ西に行くだけでは土の壁に当たるだけだ。乗り越えようとすればかなりの遠回りになる。穴を開け、追って来れないよう地盤ごと崩す。木が根を張っているからそう酷いことにはならない筈だ。崩すのも先の部分だけで済むよう注意を払って壊す必要がある」

「そのあとは迅速に鍾乳洞まで……。日も沈んだわ、行きましょう」





 民家の灯りが外に漏れ、同時に船を導く灯台も輝いている。月の明るさも手伝い互いの表情が見て取れる程暗くはない。民家の陰に隠れ下を見下ろせば、松明らしき灯りがいくつか蠢いている。監視の目を潜り抜ける必要があった。

「上は大丈夫よ。降りましょう」

 確認を済ませたカーラとバーナードに挟まれるように道を降りる。背丈はそう変わらないが、髪の一部しか見られないのであれば色相の具合が自然なリリューシャがルシアニア人かどうかは分からないだろう。

 息を殺して港まで降りる。左右に積み上げられたコンテナ奥から灯りが漏れていることもあり、隠れるのは危険だろう。しかし物陰としては上等なそれを利用しない手はない。バーナードは飄々とした表情で、灯りの方へ足音を消して近付いた。二人からは影になって状況は見えないが、影から出すように袖と掌が姿を現す。リリューシャの視力で辛うじてその指が一を示していることを捉えた。直ぐにそれもコンテナに隠れ、数秒の沈黙の後低い呻き声が上がった。松明を踏んだのかじゅっと火が消える音。バーナードが二本指を立ててふふんと得意げに帰ってくる。

「こちらの監視は一人のようですな。人が来ないうちに進むとしましょう」

 直角を描くようにして並ぶコンテナを外側からぐるりと回り、港の端、土壁を覆うようなフェンスの前まで辿りつく。そろりと触るが、やはり金属で出来ている。剣や拳で破ることは出来ないだろう。リリューシャを見るカーラに肯く。彼女の背後に回り、石床に手を着く。手におさまるサイズの小袋からチョークを取りだして素早く円陣を描きはじめた。まもなくそれは青く光り輝き、リリューシャの感覚がその円陣を境にして遮断されたように感じた。魔法陣は綺麗に三人を切り取り、これで外からは彼らを認識することは叶わないだろう。数年前実用化に漕ぎつけた比較的新しい結界の一つだ。しかし音を阻むことは出来ないため、カーラが迅速に魔法で穴を開けねばならない。

「……いきます」

 その言葉を合図にカーラの握る杖がぽうと輝く。女性の影が浮かび上がった。リリューシャは本能的にそれは精霊だと直感する。火の精霊。サラマンダーなどという下級のものではない、女神と呼ばれて信仰されてもおかしくないそれは、そっと指先を前に向けて、ビームのように火球を飛ばした。

 ぐらぐらと、壁が崩れるその衝撃。人一人が通ることのできる高さの穴が空き、遅れて轟音が辺りに響く。土を削りきったそれがどこかの岩にでも当たったのだろう。途端後方がざわざわと騒ぎ始める。土が崩れる前にと駆け抜けた。駄目押しにとバーナードがクエイクの魔法を使い地響きを起こす。脆い土は根ごと崩れた。小さな土砂崩れの向こうでは今頃大騒ぎだろう。まずは脱出、それが出来たことに互いに息をついた。





「上手くいったわね」

「安心するのはまだ早い。……見たところ、警備の者はどれも下っ端だろう。我々の進行方向はバレてしまったも当然なのだから、情報の伝達よりも先にシュトーゲル付近まで行かなければ」

「真面目ですのう。もっと肩の力を抜いて、ほらひっひっふー」

「御老人、ボケても私は突っ込みませんよ」

「寂しいのう。爺は精一杯若者と交流を保とうと努力しているのに、最近の若者は冷たくて冷たくて」

 よよよと目元を拭う仕草がわざとらしい。このおちゃらけた老人に対する態度をいまいち掴めないのだ。これが生きて来た年数の差なのか、掌の上で転がされているような感覚しかしない。最近の爺は皆こうなのだろうか。

「それにしても、貴女、大分魔法について詳しいのね。普通結界なんて修めないわ。学校で?」

「ここ一、二年で学校が漸く出来たんだ。私は十九だぞ、君。当然独学だ」

「ええ? 十九? ってそれより独学って、貴女凄いのね。やっぱり唯者じゃあなかったわ」

「君、五年前の戦争を知らないのか? 魔法も剣も、何かしら戦う手段を持っていなければ死んでいた」

「五年前……ああ、独立戦争ね。植民地、流刑地化に反対して起きた戦争」

「そうだ。初めに攻め込まれ、この国が二国の植民地になった際、戦いで大人たちは殆ど死んでしまった。独立戦争で、最前線で戦っていたのは子供ばかりだ」

「……ごめんなさい」

 場の空気が重くなる。沈んだ表情のカーラを横目に、その本当に申し訳なく思っている事実を理解出来ずリリューシャも黙ってしまう。それを見兼ねたのか、バーナードが一際明るい声で前方を指した。

「お二人とも、鍾乳洞らしきものが見えましたぞ! 松明の準備をせねば転んで爺が押し倒されてあはんな展開も――――」

「何言ってんですかバーナードさん! セクハラ……セクハラ? もやめてください!」

「いやいや寧ろ押し倒された爺が被害者じゃあないんですかの?」

「何の漫才だ。……行くぞ」

 はあ、とリリューシャの溜息が零れる。つい先程の空気はなんだったのか。自分が馬鹿らしくなって、ずかずかと足を進めた。

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