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links.  作者: バルサン赤
アンビギュアスに還る
14/37

手を引かれた先

 体が痛い。内側から、何かが私を殺していく。いや、何か、ではない。分かっている、だからこそ怖い。

 私は沢山の命を奪った。初めのそれは私を蝕んだ。ごみのように殺された人間たちは、死ぬ間際、絶叫と知る筈のない記憶を私に届ける。誰が女と子供の顔を知るものか。間違いなくそれは軍服を着た男の家族だった。走馬灯のように、ただ幸せであった記憶と憎悪の感情。人を助けるために自分は居るのに、どうして人を殺さなければいけないのだろう。母さん。母さん。ああ、私の目の前で狂って死んでしまった人よ。私が人を殺すたび、貴女は踏みにじられて汚れてしまう。


 それは夢であった。何故そうと判断できたのか? コンテナを取り囲む兵士達を先導するようにあの僧侶が居たからだ。短い時間ではあったけれど、その善意が本物であると理解できたから不愉快だった。けれど今はどうか。周りの人間達と大差ない、飢えた獣のような獰猛さと不満の捌け口を求める粗暴さが溢れていた。まるで魔女狩りのようだった。『私』はコンテナの上で、自分の数倍はあろうかという高さの塀を乗り越えようと更に段差に足をかけるが、ひゅんと矢が肩を貫く。塞がっていた傷口がぱくりと開いて、まもなく腕の感覚が無くなった。同時にずり落ちて、男達が少し手を伸ばせば届く高さまで転がってしまう。

 夢であっても、半分は現実だった。余裕は消え失せ、震えるもう片方の手を握る。死ぬわけにはいかなかった。けれど、殺してもいいのか? それは傲慢だ。命は等しい。自分の死を悲しむ人間が居るように、兵士たちにだって家族はいるのだ。己の為にやっていいのか? にじり寄る怖い人達を睨みつけながら、彼女は唯思考した。彼女には、世界の為という大義名分がある。それは脆い理由だ。彼女の代わりが見つかれば、意味をなさないのだから。

 死にたくない。すまないと目元を熱くする涙を堪えて、彼女は何もない空間から剣を取りだす。それはいつも握っているものより随分重かった。否、重さは変わっていない。彼女の筋力が著しく落ちているのだった。いつもかけている筈の強化魔法が切れてしまっているのだ。思えば見せしめにと出した風魔法も威力が抑え切れていなかった。つまり魔法の制御が出来ていないのだ。内から食い荒らす痛みのせいで。彼女はゆっくりと震える足を立たせた。

 登ってきた兵士達が剣を構えて振り下ろす。歪んだ形の長剣がそれを受け止めるが鍔競りあう事も出来ず突き飛ばされる。そうしてコンテナに倒れ込む形になったリリューシャの目の前に女が立った。ギロチンのように鋭い剣を携えて、リリューシャに向けて――――。


「……っ!」

 悪夢に、彼女は脂汗をかきながらはっと目覚める。見慣れぬ天井が視界に映り、かけられた毛布から心地よい香りが漂うことからどこか、まともな施設であろうことは判断できた。着ていた筈の上着は近くの壁にかけられ、リボンで結っていた後ろ髪は彼女の背中を覆う。一つ遅れて、自分は気絶してしまっていたことに気付いた。迂闊だ。手をついて起きる。少し離れた所、テーブルに置かれたポットと、その近くでカップに口をつける老人がこちらを向いてにこりと笑った。

「おや、お目覚めですか。まだ朝も早い。もう少しお休みになるといいでしょう。ほっほ」

 白い髭を蓄えるその老人は穏やかな口調で告げた。そこには何の下心もなく、ただ何の気なしに言っているような感覚だ。老人の言葉に反し、リリューシャは毛布から体を出してベッドに座りこむ。抵抗するつもりは無かった。

「御老人。ここまで運び、更に匿ってくださったことには感謝しています。ですが私は行かなければなりません。長く留まればそれだけ危険ですから」

「おや? ならば行くあてはあるのですかな?」

「いいえ。ですが貴方も知っているでしょう。私はこの国に追われている。しかも、唯一人に対して港を閉鎖するような真似までされて。今頃ギルドには大量の賞金をかけられている事は想像に容易い。失礼ですが、私を通報する輩が出てもおかしくありません。貴方にその気が全くないのは理解できますが」

「ふむ。ですが、ここまで運んできたのは彼女ですからねえ。爺は特に、何も言いませんよ。貴女の事ですから、貴女と、そして貴女を生かした彼女が決めることでしょう」

 今は顔を洗っているんですよ。微笑む表情は崩さず、傍観の姿勢を決め込む。タイミング良く扉が開き、寒さに震える僧侶が姿を現した。起きているリリューシャを見てほっとしたような表情を見せる。部屋に漂う温かさに、リリューシャは困惑するように後ろへ下がった。壁は直ぐに背中に着き、シャツ越しにひやりと温度が伝わる。

「起きたのね。自己紹介がまだだったから、させて貰うわ。私はカーラ。こちらはバーナードさん。見て分かる通り、この国の人間じゃあないわ。所用があったのだけれど、この町が封鎖されているからどうにか抜けだそうとしているところを知り合ったの」

「……リリューシャだ。それ以上は話すことじゃない」

 僅かに俯く彼女に、まるで子供のようだと感じる。カーラは困ったように微笑みながら、リリューシャに近づく。しゃがんで下から覗きこむ形になった。それを遠くから横目に見るバーナードも、不覚にも親子のようだと微笑ましく思ってしまう。

「話すことを強要してる訳じゃないわ。自分の自由でしょう、それは。

 それで、折り入って頼みがあるの。いいかしら」

「聞くだけだ。了承はしかねない」

「ええ、十分よ。

 先程も言ったけれど、この町から出たいの。いつ封鎖が解かれるか分からないわ。町の人に聞いたら、他はそうでもないようだと話を聞いたの。それと、ここから首都までの一本道は規制が入っているとも。私たちは首都へ行きたいのよ。だから北西のシュトーゲル港を迂回して行こうと思うわ。貴女には出来る範囲までの道案内を頼みたいの」

「私を捕まえて突き出せば解決だろう」

「嫌よ。貴女が悪い人に見えないから。だから、少しの間だけ私たちを隠れ蓑にしていいわ」

「バレれば君たちも捕まる。間違いなく処刑だ。私諸共な」

「逃げ切ればいいんでしょう? そういう逃亡劇、面白そうよ。ねえ、バーナードさん?」

「爺の血が滾りますのう。これでも拳法をやっておりましてな、それを子供たちに教えていたんですじゃ。危険な道を進む、追手から逃げる。両方やらねばならないと言うのは、爺にはちと辛いが」

 そう言いながらもにやりと不敵に微笑む老人は拒否するつもりは毛頭ないようだった。当然目の前にいる女性もである。はあ、と溜息をついて渋々それに肯いた。彼女もこの町を出て、常に場所を変えて兵たちの目を眩ませなければならないのだから。

「分かった。首都近くまではついて行かせてもらう。

 ただシュトーゲル港は大陸間を渡る船こそ出していないものの警戒は強い。立ち寄ることは出来ないだろう。更に言えば、まず鍾乳洞を抜けなくてはならない。戦えるのなら、問題はないが。生憎と私は諸事情で戦えないだろう」

「そう? まあ構わないわ。これでも雇われ僧侶なのよ。お屋敷では一、二を争う魔法の腕だわ」

「言わずもがなですな。魔法も少々使えますから心配されることはありませんぞ」

 そうして、マーシュの隅、とある宿屋で密かに逃亡の計画が立てられた。思いがけず人を巻き込むことになったが、居心地は悪くない。遠くに残して来た友人たちを想う。今ここに立っていられるのは、彼らの助けがあったからだった。

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