未明、衝動の目覚め
並ぶ本棚の中から、探しているものと思わしき題の本を抜く。ずしりと重力がかかるそれはかなり分厚く、流し読みするだけでもかなり時間がかかりそうだ。目次を目と指で辿るが、五十音、種族別に並べられているだけで『知性ある魔物』だけを探すのは手間がかかる。種族別のページに目を通すが、魔物と言う魔物にあまり出会ったことのないハルがやるには不利すぎた。
「ナギ、『化け物』はどういう形をしていると思いますか」
壁や本棚を叩いて音を比べているナギが振り返る。まだ部屋の半分しか挑戦していないが、どうやら駄目らしい。しかし続ける意思を見せる。
「爪があるのは間違いないでしょう。ノブを引き抜いていることから、腕に相当する部位があるものだと思われます。
それに、門番が内側に入って殺されているところをみると……、人の声を発することが出来たり、または化けることが出来るのではないでしょうか。
ですのでおおよそ人型、種族としては悪魔の系列に入ると考えられますね」
ずらりと並ぶ魔物の名前。童話や物語で見るものもちらほらある。しかし名前だけではどうにも想像しずらいものもあり、総当たりで見つけるしかないかと溜息をつきかけた時、ハルの知っている、それも目にした事のある魔物の名前を見つける。
「ナギ。この、レッドイーターという魔物は、悪魔に入るのですか? 私が見たものは植物そのものでしたけれど」
「レッドイーターですか。それは大分古い図鑑ですから、最近発見された魔物は載っていないのでしょう。
元々のレッドイーターは吸血鬼の別名ですよ」
「吸血鬼……」
ページを捲り吸血鬼の項目を開き、書き出された特徴を照合する。人の血を好む魔物だ。人間一人が干乾びる程血を吸うと、一ヶ月程食事の必要がないらしい。特に若者の血を好み、しかし害と見なされ駆逐されていくうち、武器すら受け止めることのできる伸縮自在の爪を得たと記述されている。中には人間に紛れこみ、血を吸った相手を意のままにする術を身に付けた個体も居るらしい。現在は絶滅しているらしいが、生息地は主にエルドラントだと図解されている。
ハルは少しの沈黙の後、ぱたんと本を閉じた。本を戻し、また別の、いくらか目ぼしいものを取りだす。
「ナギ、もう壁は全て調べてしまいましたか?」
「はい。壁の奥に隠し部屋はないようです」
「そうですか……。では次に向かいましょう」
書斎を出て直ぐの扉を開ける。机の上にある書類が散乱し、乾いた血だまりが人型を連想させる。何度か入ったことのある部屋だが、父親に会うという緊張からか、あまり隅々まで見たことは無かった。
「お父様がここでお亡くなりになったんですね」
死体は片づけられていたが、惨状は想像に容易い。涙がこみあげてすらこない自分を薄情だとは思ったが、今は感傷に浸っている暇はないのだ。兄を見つけなければいけない。
部屋の上部、壁にかけられている歴代当主の顔が額縁に収められている。どれも血のつながりを感じさせる顔立ちだ。しかし同時に奇妙な点も感じられる。父親は混血児であったが、その前の代から暫くは青や紫色の目だ。だが更に遡れば、赤い瞳の混血児が絶え間なく続いている。あとはそれを短いスパンで繰り返しているのだ。髪の色も、桜色から赤色の間におさまっている。
机の上にある書類を一か所にまとめ、書斎から持ち出した本、というより紙束を取り出す。壁を調査していたナギを呼び、表紙を開いた。
「……何代かに一度、子供が分家へ、養子に出されていますね」
「相手はゲルデッヒ家が殆ど、ですか……」
家系図を辿れば、異様にオウカ家の血が濃い事が分かる。昔ならいざ知らず、現代に続くまでだ。意図的なものとしか思えないそれは、狂気を感じさせる。養子に出した子と、その兄弟の間で子供が産み落とされているのだ。それが続いたかと思えば、突然外部の人間を娶る当主も出ている。その名前と、額縁に彫られた名前を比べれば、奇妙なループの原因にも気付くことが出来た。
「外部から人を迎えた次の代、目の色は殆ど赤ではない……これは」
「お父様も、同じことをしたんですね。私とお兄様以外は、髪の色さえ面影はなかった」
「では、遡って行く程混血児の割合が多いのは……」
「それ程血が濃かったということでしょう。そして血を薄めようとした人が、度々現れているのです」
ハルの中で一つの仮説が浮かび上がる。父親はこの家の、血を濃くしようと言う風習に反した。それが殺されてしまった原因ではないのか? 家系図を更に読み込めば、当主の血筋以外でも、自然と兄妹間の間に子が出来る例が多すぎる。強制されてではなく、自発的にそうなったと思えないか? ならば父のような、ごく一般的な考え方はこの家においては異常だったのだ。そして父が居る限り、例え当主を降りようともその権力と立場から、子供の血は更に薄められることになるだろう。
「……ナギ。私たちも隠し部屋を探しましょう」
「ハル様?」
「日が暮れないうちに、早く。きっと、今日の夜も被害は出るでしょうから」
ばたんと扉を閉める。深刻気なハルの表情に、ナギは焦りを覚えた。このままではいけないだろうと。オウカ家の因習に気付いてしまった事に、何か慰めの言葉を考えていると、遠く、大広間から女性の悲鳴が上がった。びくりと震えてそちらを見る。だが視界に入るのは端の方ばかりだ。
「行きましょう!」
低く唸る何かの声が、夜の始まりを告げている。




