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links.  作者: バルサン赤
プロローグ
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01.プロローグ

 じりじりじり。ぜんまい仕掛けの置時計が鳴る。

 人の気配のしないその家屋で、ただ時計が耳をつんざくように鳴る。突如として、前触れもなく。


 その家は、街から離れた所に建っている。いつから建っているのか、そこに人は住んでいるのか。話題に上がることもなく、鍵は閉められ誰に入られることもなくひっそりと佇んでいるのだ。

 そうして時計の音が止むころ、それに代わって若い青年の叫び声があがった。悲鳴のようだ。ばたんと落とされた時計に目もくれず、青年は古ぼけたベッドから転がり落ちるように這い出た。寝巻はすっかり皺だらけになっている。寝癖の付いた頭を手で梳きながら階段を駆け降りた。二階建て、三角屋根の、一人暮らしには少し大きい木の家だ。一階の埃っぽさに咳き込んで、青年は窓枠に手をかけた。すうと入り込む風は部屋中の埃を巻き込んで、更にくしゃみを誘いこむ。そして漸く青年はその家の歪さに気付いた。

「……あれ? 俺……」

 ぼんやりとする頭は寝起きのせいだけではない事に、徐々に、徐々に、顔は青ざめていく。記憶に新しい家族の私物は一切無くなり、その代わり、ごちゃごちゃとしていた机の上にあるのは埃だけだ。つ、と指を滑らせる。軌跡は鮮やかな茶色に戻り、それ以外との境界がはっきりとした。つまり、この家は、長らく誰も使っていないのだ。青年がベッドの上で満足げに寝ていたのにも関わらず。

「俺は……そうだ、エノラは? エノラを探さないと」

 二つ年の離れた弟の名を呟いて、家中をひっくり返す。彼の名はトト。弟はエノラ。父と母は、塔の昔に他界した。学校で魔法を習得しながら、少し貧しい生活を送っている。それを事実と反芻しながら、二階へと上がった。

 まもなく、青年の部屋の、小さな机の上にしたためられた封筒を見つけた。不思議と、彼の部屋だけは彼の記憶通りの姿を保っている。少し夜更かしをしたこと、枕元のランプ、解きかけの課題。背筋がぞっとして、思い出せない記憶に恐怖した。ゆっくりと手紙を開く。乱雑な彼の字とは違う、丁寧なものだ。

 送り主は彼の弟だった。『トトへ』と揃えられた字。自分以外に自分を認識出来る人間がいる、そのことにほっと安心する。しかし食い入るようにして青年は文字を追った。

『これを見ていると言う事は、兄さんは起きたのだと思う。寝ぼけて僕が言ったことを忘れていたら困るから、しっかり確認してほしい。

 一、トトは不治の病に罹っている。

 二、僕は魔法の研究が認められて、遠くに行くことになった。

 三、まだ研究段階だけれど、魔法をかけてトトとトトの部屋は時間が止まっている。

 念のため僕は三日様子をみたけれど、成功したのだと思う。それは所謂結界と呼ばれる類の魔法で、まだ普及もしていないから、解かれることはないと思いたい。

 時間が止まったトトの体はとりあえず死ぬことはない。僕が治療法を見つけるまで、それは解かれる事はないと思うけど、これはトトも了承済みだから。

 本題に入ります。

 僕はトトを迎えに行けるかどうか分からない。結界を解いたのならその算段が付いてるはずだけど。でもトトが起きた時、誰もそこにいないのなら、多分僕は誰かに迎えに行かせることもできない状況だと思う。起きる頃には薬が普及しているかもしれないから、棚に入れた袋を持って、病院に行ってみて。駄目だったら、僕を探してください。地図を同封してあります』

 そこで文章は途切れていた。丁度紙を埋めてこれ以上書けない位置で終わっている。

 はあ、と途方もない話に、天を仰いで青年は溜息をついた。読むうちにだんだんと思いだしてきたのだ。とんでもない絶望感と、身内が離れていくことに対する不安。昨日のことだったのだ。彼の中では。

 とりあえず。彼は地図を開いて、そこにつけられた印を見比べた。

 北の大陸、ルシアニア。海を挟んで南にある、ルシアニアの二倍はあろうかという三日月型の大陸。東のエルドラント、西のバキッツァ。丁度その境目にあるリマジハという小さな街。その外れにこの小さな一軒家は建っている。赤い丸印をつけられているのは、丁度エルドラントの最東部、ノードロンだ。集と程大きな街ではないが、エルドラントの中では数少ない魔法を研究する施設が揃っている所だと聞いている。弟はそこへ呼ばれていったのだ。ばん、と地図を閉じて、青年は身支度を整えまいと、足を踏み出した。


 がちゃり、と扉が開け放たれる。

 久しぶりに吸うのか、昨日ぶりなのか、森の空気は変わっていないようで変わっている。家の前に植えた野菜は軒並み全滅しており、残念な気持ちになりながらも、道の名残の残る土を踏みしめた。住み慣れた土地を離れること。友人たちは随分遠くになってしまったこと。まだ上手く、彼は考えることは出来ないのだ。

 はじめまして。


 一つの世界観の上の、別々の出来事をオムニバス形式で執筆いたします。

 プロローグの彼のお話は、大分後になります。暫くはこの世界において、魔法とは? 人間とは? 魔物とは?

 そういったものを、お楽しみ下さい。


 最初は説明多分になりますが、ご了承ください。

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