5話
「お前ら。良いんだな」春山はイヤーカフのマイクを握りしめた。
「両小隊の総意です。それに、中隊長の事ですから、我らに相談しようか思ってたんじゃないかと思います。良いのです、我らには一言、命じれば。残れと」山田は遠くに観える指揮通信車両を眺めながら言った。
春山は山田の表情が観えたような気がした。8小隊の隊員たちが言うスイッチが入ったと呼ぶ、あの顔だ。
「最悪、帰国して懲罰になる。良いな、何を聴かれても、俺からの指示だと答えろ。これは命令だ」
「フタキュウからフタマル。すみません。その命令だけには従えません。我は民間人の誘導をはじめます」小川は右手を挙げ二度、振った。9小隊は広場に駆け出した。
「すまん」
「中隊長、なんども謝らないでください。もう結構です。それより配置命令を」山田の顔は緩み、まるで笑みを浮かべたようだった。
村人たちが歓声が挙げ、村長は隊員たちに握手を求め、女性たちは感謝のキスを近くの隊員にした。
邦人、欧米人の人質たちは自らケガ人と女性を優先にと男性たちから申し出があった。
帰還準備を始めていた長距離偵察隊の隊員たちが小川に近づいた。
「どうした」
「狙撃第ニ小隊長の瀬戸口3等陸尉です。我の小隊は人質を帰国まで警護する任務を優先させてもらいます。ただ、貴隊のやりとりにを聴いて、どうしても残りたいと言う者がいまして。使ってやってください」
「2中第9小隊長、小川2等陸尉です。御気持ちに感謝します。任務を優先するのが当然でしょう。それで、残りたいと隊員が」小川は2人の隊員を視た。
「第5組の狙撃手、甲村一等陸士と観測手の坂井2等陸士です。是非、戦力として加えてください」
2人は前に進んだ。
「申し訳ありませんが、自分に小銃と弾薬をお貸し下さい」甲村は手持ちの狙撃小銃を見せた。
小川は長距離狙撃に特化され整備されているのはひと目で解った。中距離、そして近距離戦闘には不向きな事も。
「鹵獲した小銃しかありませんが」
「東西ポピュラーな兵器、AK系列なら一通り扱えます」
小川は満足そうに頷く。
「あそこの隊員から受け取りと配置をお願いします」
「了解です」
2人は駆け出した。
「オイ。2人も約束通りに帰隊しろよ」
瀬戸口の声に2人は振り向き頭を下げた。
「2尉殿、2人を頼みます」
小川は頷いた。
「お預かりいたします」
豪風が深い森林の間を駆け抜け、木々を鳴らす。
丘に陣取った帝国軍団は静まりかえり、獣が力を溜め込むがごとく静かな佇まいをしていた。
アベリックを取り囲むようにリオネルを長とした6番隊は森の中に陣を張っていた。
「雨風に護られるとは、情けない。剣聖が居られたら嘆く事でしょうな。それに陛下も陛下じゃ、お人が悪い。言伝てを出せば済む物を。じゃが、戦の流れが変わった。これは良い事じゃ」
馬上のアベリックが笑みをもらした。
「そのように言って苦言をおっしゃって下さるのはリオネル殿だけですよ。確かに私は情けない王ですねですが、私も3人の子を護る騎士として戦場に立っているつもりです。騎士としても力はありませんがね」
「いやいや。陛下を情けないとまでは言うておらんもんで。国元の兵が強ければと」
「私は今の世に戦の力は実用とは想っておりません。戦の力が要らない世を創るのが私の務めと想っております。開祖様が想われた戦の無い世を創るのが」
「その陛下の御心を御守するのが、わしらの務めですじゃ」
リオネルは前を見据えたまま言った。
「しかしの陛下。雨風が止むまで戦を停めるとは本当じゃろか。胡散臭い」
「信に足りる。と言うしかありません」
「じゃとすると、今夜に封印の儀は終わりのはずじゃ。わしら変わり替わりに休ませてもらいますじゃ」
「よろしいでしょう。私も休ませてもらいます。久々の騎乗に疲れました」
リオネルは周りの兵たちに合図した。
グレゴワールと双頭を組み、ダヤンは草原に立っていた。前衛には残存のテヴディア荘の騎馬兵が側面にベリアラス郡とロムルテリア郡の騎馬と兵が陣を組んでいた。
ジュスタン殿の仇を。と下知を飛ばし、前衛に着かせたが、グレゴワールにして所詮はアタニ人。帝国軍団の進撃を多少なり遅らせる防壁の類いぐらいにしか考えていない。
ダヤン自身、その考えは否定はしないがデヴディア兵団を常時配下に置きたいと渇望するようになっていた。
今でも強まるばかりの雨風を物ともせずに戦い、ダヤンからの命を着実にやり遂げていた。今は帝国軍団を静かに陣を組み、鋭い殺気を放ち帝国軍団を見据えいた。その反面、ロムルテリア兵団は寒さに見窄らしく震え中には怨めしい顔でダヤンを視る者もいる。調練不足、いや、兵士の気質が違うと言うべきか。
ダヤンは空を見上げた。厚い雲しか見えないが太陽は天中を過ぎ、夜までに間もない。そして雷鳴と豪雨、伝え聴いていたラルカンジュの封印の儀を行うと起こるという嵐はまだ止みそうにもない。
長の謀を伝えていた騎士たちを見た。視線に気づいた騎士たちが見返した。
黙ったまま、ダヤンは頷いた。
「了解。我の戦力を半分にして輸送に充てる」
野口は背もたれに身体を預けながら言った。
「それでは駄目だ。指揮通だけ残し、車両は全て輸送に回してくれ。随伴にフタナナと長偵を着ける」
春山は人工衛星から送られるリアルタイムの画像を視ながら言った。
「むちゃだろ。車両支援が無い野戦とは」
「R.D.Rは呼んだ。郡長にはこれから説明をするが」
「引き返せないようにか。やるな」野口は笑みを浮かべた。
「そうとも。騙されたと解った団長の怒りの鉄拳を喰らうが嫌だが」
「どこでも同じだ。いいだろ、その悪巧みに乗った。サンタモニカに着いたら、速攻で戻る」
「すまん、恩に着る。それと、これは俺からの命令だと解っているな」
「解ってるさ。帰国したら、そう応えれば良いんだな。送れ」
「成瀬、マルマルを呼び出してくれ」
島は腕組みをしながらバスを見ていた。
「鉄板、貼りたい所だな」
「鉄板を探す時間、ありませんよ」車両を点検していた大垣はバスから降りながら言った。
全ての車両に民間人を載せ、随伴する島の7小隊は人質たちが載っていたバスで移動する事になった。元の計画では民間人に96式に載せ移動する事になっていたが、保護した民間人の人数が増えた今年により7小隊が載っていた89式にも載せる。サンタモニカまでの移動距離は短いとは言え、もしもの時に備えたい。
7小隊は引き続き、邦人が帰国の途につくまで護衛せよとの命令を拝命した島は春山の兄貴は無謀な事をすると思ったが当然な事だとも思う。
ここの村人たちの惨状を視れば、敵兵たちから暴虐は受けていたと解る。間近に村人と接した8小と9小の怒りは当然だ。何もせず、撤退するのは簡単だ。ただ、引き上げた後を想像した。再び占領され、そして暴虐と惨殺の日々。なら、村人たちも全員安全な場所に送りたいという気持ちになる。
司令官が使っていた屋敷の前が騒々しい。司令官の遺体にむらがった村人たちが唾を吐きかけたり身体を蹴っていた。
島は歩きはじめた。死者に敬意をはらうように止めさせる為に。
森1等陸佐が指揮の2個小隊を載せCH-47JAチヌークが山間から登りはじめた朝日を浴び、砂漠を低空飛行で砂塵を巻き上げ飛んでいた。
「了解した。要は民間人の移送を手伝えと」森は眉間に皺を寄せた。
森は隣でしかめっ面で無線を聴いている木原准陸尉の目を見た。頷く木原。木原は素早く端末に打ち込みはじめた。
「連絡が遅れ、申し訳ありません」
「本当だぜ。報告は素早く、それが鉄則だぞ。輸送計画を練って連絡する。送れ」
森は無線を切るとHQを呼び出し第2中隊に人質たちと現地村人の移送命令を出した事を報告した。
木原はモニターから顔を森に向けた。
「郡長が、ですか」
「いいから、計画を練ってくれ。それと市ヶ谷にバースト・通信で詳細の報告、ヒトマルの呼び出しを頼む」
風を避けるために麓に張った天幕が波打ち豪音を立てていた。
「軍団長の悪い癖ですな。ですが、解りますよ。あの共和国とは正面切って戦いたいですな」
百人隊長の1人が葡萄酒を飲みながら言うと、他の百人隊長たちは笑みを浮かべた。
天幕の中は雨風を凌げた安堵感もあるが
「そうだろ。あの共和国とは全力で戦いたい。この戦は私の戦だ。邪魔されたくはない。只、アベル騎馬隊が参列していないのが残念ではある。しかし、忌まわしい風だ」
守備兵が伝令が着いたと報告した。
「ブルクハルト・デリンガー侯爵様が到着され合流をしたいとの事です」
「否だ。戦が終わるまで、怪異たちとその場にいろと。まあ、侯爵殿に置かれてはアベル騎馬隊との戦傷を癒やしてくれとでも伝えておけ」
百人隊長たちは声を上げ笑った。
市ヶ谷、防衛省。
日の丸と陸上幕僚長旗が部屋の主を見守るように掲げられている部屋の灯りは昨晩から消える事は無かった。
その部屋の主,榊原陸上幕僚長はマホガニー製の机の前に座りながら腕組みをし瞑想するように目を閉じていた。
応接スペースのソファーには幕僚たちが座り,咳1つたてずに座っていた。緊張と焦り、不安な空気が部屋に充満している。
内線が静寂を破る。榊原は一回目の呼び出し音で受話機を取った。
「榊原です」
応えると数分間の報告に榊原は黙ったままだ。
「ご苦労さまでした」静かに受話器を置くと隣の赤い色の電話の受話器を持ち上げる。
「榊原です。人質全員、無事に確保しました。死傷者はおりません。はい…隊員には負傷は出ましたが搬送させ帰国いたします。はい、ありがとうございます。首相、では失礼いたします」受話器を静かに置くと榊原は太い溜め息をついた。
応接スペースのソファーから立ち上がり幹部たちは榊原と集まる。
榊原は背もたれに身を預けた。
「目標Bで想定されていた事がやはり起こった」
「やはり、村民ですか」石崎陸将補がメガネを掛け直しながら言った。
榊原は頷く。
目標B。村に構築されたミサイル発射施設の完全破壊もしくは使用不可能まで破壊し敵国首都までの空中回廊を開き、人の盾となった人質が目標である。
作戦立案の際に懸念事項として現地村人達の擁護もしくは救助による作戦の遅延があった。そして、綻びから反抗作戦の破綻。米軍は施設の破壊と人質救出を優先させていた。
「それも有るが大統領の甥を捕縛したそうだ」
「甥…ですと。これは、厄介な」
「春山一尉からの要請は我の戦力を分割。人質たちと現地村人のけが人、女性と子供を搬送。残りの村人たちは緊急展開部隊で対応させ、我は到着するまで現地に留まるそうだ。それと、伊澤一尉が補給を終了しだい輸送車両の護衛と目標Bに支援に着くと具申があった」
「春山一尉には念を押しましたが。困った者ですな」
榊原は首を振る。
「自衛官として、人として当然の事だと想う。それが我が国で武力を与えられた唯一の者の振る舞いだと。自分は両名の判断に賞賛を送る」
「しかし、もし、失敗に終われば国の威厳が失墜する恐れが」
榊原は引き出しから封筒を出すと静かに机の上に置いた。
「現場の信念を護り、これ以上、人材を失う訳にはいかない。これしか、方法が無いのが悔しいな」
石崎は懐から封筒を出すと机の上に置き、榊原の封筒を押し下げた。
「貴男はまだ隊に必要な方です。私の首1つで隊が安泰なら安い物です」にっこりと笑みを浮かべた。
月が登る、2つの月が分厚い黒い雲の上に。陽が放った聖なる光を浴び輝く。2つの月はその軌道を千年ぶりに交差さする起動を描き厚い雲を照らす。
雲は月の光をさらに浄化させ陽の聖なる魔導力を地上へと降りそそげる。
ラルカンジュは、その目に見えない聖なる魔導光の波を全身に受け、自身の魔導力を練り込み方陣に放つ。
方陣に注ぎ込まれた巨大な聖なる波動は対なる邪道な波動に具現化し自然界に溢れる空、土、火の波動の均等を崩壊させ雨風を呼ぶ。自然界の均等を崩す、禁呪ともいえる魔導の波動を使ってまでも魔界を繋ぐ扉を封印する魔導。そして、盟友アベルが封印に巻き込まれこの世界から消え去った魔導。その効力が切れる千の年が今宵になる。
「サンタモニカだと。ここで渡すんじゃないのか」太田は言い放つとHK416のマガジンを抜き、新しいマガジンと交換した。
「アメリカさんからの要請だと。また、ここすで戦闘になるだろう。そりゃ、物が物だけに隔離したいは戦闘が無い安全な所で受け取りたいと考えるだろよ」矢谷は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「けっ。その安全ってのは誰から視た安全なんだか」
「それに村民もサンタモニカに移動させるって事だぜ」
「へぇ〜。そりゃ、やるね」
「この作戦で唯一の吉報だぜ。丸、移動準備。トラックは動けるのか」
「ガスは満タンでエンジンの不具合は無さそうです」丸山は自身のHK416のチャージングハンドルを少し引きチャンバーを除き込み、セレクターを確認すると運転席に登りとエンジンを始動させた。
「3班からナナマル。こちらは移動準備完了。いつでもどうぞ」通信を切ると矢谷も自身の小銃の点検をした。
太田は2メートル近いその巨体に似合わず、まるで猫のようにしなやかな動作で荷台に乗り込んだ。
「おい、旦那。漏れたら、どうすんだ」
「そん時は、そん時。今は脚を伸ばしたい」
「まったく、爺だね」
「お生憎、同級だろうよ。おっちゃん、ボケたか」太田は笑みをもらすと幌を下げた。
車両が連なり、民間人を載せる為に並ぶ所を一瞥すると矢谷は助手席のステップに登った。
無線が呼ぶ。
「こちら、雷神ゼロワン。車両隊の指揮を取る。部隊、前へ」
「班長、もし漏れたら、こっちもヤバいですよ」
「ま、旦那の言い分じゃねえが、その時はその時。今から心配しても、しかたあんめい」矢谷は助手席に座り込むと言った。久々に班長と呼んだ丸山をそれなりには緊張はしてると想った。
「車両隊とは、そうだな、2百メートル間隔開けて行くか」
「了解です」
マフラーから黒煙を吐き出すとトラックはゆっくりと動き出した。
陣の兵たちを見回ると断りを入れたダヤンは兵たちを引き連れ森に入っていた。
目指すは只一つ。アベリック国王の首が只一つ。
アベリックは陣の中で一騎の馬の側にいた。
「ダヤン殿、いかがされましたでしょうか」アベリックは疲れが浮かぶ顔に笑みを浮かべた。
「陛下、陛下を」ダヤンは混乱をした。アベリックの無邪気な、その笑顔に混乱をした。
「陛下の御姿を、戦が始まるまでお側にいたいと想いまして」ダヤンはゆっくりと陣を組む城爺をかき分け進み馬を並べた。
「これは心強いことです」アベリックはゆっくりと立ち上がり馬に跨がる。
長の策、それは我が希望の強大な兵で創られた兵団を我が想いのままに動かす事。しかし、それを果たす為にアベリックの生命を断つ事になると。
引き連れていた兵はゆっくりと陣を囲んだ。鋭い視線がダヤンの動きを見守った。
ダヤンの右手が剣に伸びる。それを合図がごとく陣を囲む兵から殺気が飛ぶ。
「なんじゃ、お主ら。国元の兵団、それも国王陛下のを兵団長する兵団に」リオネルは左脚を下げ槍を構えた。