2話
物見の塔から長く1回、短く2回の招集の笛の音が湖から城下町へと響く。
中庭の騎馬隊の宿舎前では騎士たちがそれぞれの馬の横に立ち整列していた。
バニングは騎馬隊の先頭に立ち胸元まで伸びている顎髭をしごきながら想っていた。
ゼヘモリヤ庄の反乱なら解る。だが帝国が戦を仕掛けるとは。
深く考える時の癖で目を閉じた。こうなると話し掛けるのは難しい。話し掛けると不機嫌なるからだ。
配下の騎士達は静かに黙って終わるのを見届けるしかない。独りを覗いては。
「バニング。準備は終わったようだな。」
カッと目を見開きバニングは睨みつけるように声の方を向いたのだが見慣れない騎士を連れたアベルを観ると表情を緩めた。
「準備は終わっております。そちらは?」
「ゼヘモリヤ荘の騎士。ボドワン殿だ。ゼヘモリヤまで私達と伴にいく」
騎馬の騎士達がどよめく。コーネリアスも目を見張った。
「アベル殿。よろしいのでしょうか。私の荘は国元では敵視されいるのでは。それにアベル騎馬隊の邪魔になりませんか」
「長達はを忘れてはいないようだが俺はなんとも思っていないさ。単騎で戻るよりは都合が良いと思っただけだよ。とにかく貴殿の身は私が預かり騎馬団の1騎として動いてもらう。迷惑だったか?」
「迷惑なんて。ありがたい。ありがたい事です」
アベルは笑みを浮かべる。まるで幼子のような人懐こい笑みにボトワンは惹かれた。
「決まりだ。バニング。馬と武具を渡してやれ。」
バニングは、にやりと笑り頷くと配下の騎士に合図をした。裏へと走り出す騎士。
「ボトワン殿、単騎で帝国に挑むのは無作だ。我が騎馬隊の騎士となったからには無駄死には許さん。良いな」
ボトワンは馬を借りるか奪い、例え失った剣の代わりに木棒でも帝国騎馬隊に戦をするつもりでいた。そんな心中を見透かされ驚愕した。
「かしこまりました。アベル殿、コーネリアスと呼んでください」
「なら、俺の事は団長だな」クスっと悪戯好きの幼子のようにアベルは笑う。
つられれるようにボトワンは笑い、2人は笑いあった。
バニングは顎髭をしごき出した。護る民を失い流浪の身となり流れ共和国に流れ着いた。ガイヤール家の優しさと寛容の心に助けられた3年前の事を。
「コーネリアス、私はバニング。騎馬隊の副長をしている。団長、コーネリアスは何処の隊に入れます」
「俺の隊に」
バニングは頷いた。
騎士が馬を引き連れきた。
「おう…立派な角の馬です。この馬を私に与えくれるのでしょうか」
「調教が終わったばかりだ。可愛いがってくれ」
「お借りします」コーネリアスは鞍に載せてあった武具を身に着け剣を抜いた。
鈍い光が刃先に走る。
「団長、作の話しを皆に」
アベルは馬に跨った。
「聴け!帝国騎馬隊がゼヘモリヤを襲った。その数,千騎。俺が平定を求め帝国の長と折衝をしにいくが兵団が境までいく。何か有れば闘わないで兵団の処まで引く。戦をするとは想うな。隊列は2の3」
騎士たちは騎乗をした。
旗。アベル騎馬隊の旗が旗手の手で掲げられる。
「出立」
騎馬隊は常歩で中庭を進んで行った。
岡本は部下たちの仮眠室にいた。
「体調はどうだ。具合の悪いのはいないか」岡本は入口で隊員たちのを顔を観ながら言った。
「なぁぁし!」隊員たちは戦闘服に着替えベッドを整頓しながら応える。
「装備を整えた後の飯上げでしばらくは飯らしい飯は喰えなくなるからな。ゆっくり味わえ」
「了!!」隊員たちは一瞬、動きを停め応えた。隊員たちの応えに岡本は笑う。
部屋から出ていく岡本を見送った矢崎一等陸曹は「原状回復したら私物を小隊行李に入れるのを忘れるなよな」と言いながら自分の私物を入れた。
「家族に手紙か。」後ろで向井二等陸曹が言った。
「そうだ。」
「そっか、そうだな、すまん。」向井は私物を入れながら言った。
「手紙…書かないのか。遺書は縁起が悪いってか」
「書けないんだ。いざ書こうとしても何を書けば良いのか分からないんだ」
「だよな。俺は気持ちを有りのままに書いた。文面はメチャクチャになったけどね。親父とおふくろの事だから解ってくれるさ。ま、作戦、上手くいけば必要ないし。」
「そりゃそうだ。最強の白石小隊だしな。上手くいくって。それに失敗なんかしてみろ、小隊長にぶっ殺されるぜ」
矢崎はウケて笑う。
2人のやり取りを後ろで観ていた近藤2等陸曹は手紙と婚約指輪を収めた小箱を持ち国内での最後の休日の事を思い出していた。
「え?何を言ってるの?私はカズ君と結婚したいのよ」婚約者の岸谷美和子は右手で下腹を押さえた。
2人は付き合い出した高校生の時から通う地元の駅前にあるファストフード店にいた。
「そりゃ、結婚していきなり未亡人にする訳にはいけねえだろ」努めて明るく言ったが一瞬に後悔をした。
「未亡人…ってカズ君のトラック部隊は安全って、自衛隊は戦争には関係ないから大丈夫って言ったじゃない!」
「戦場だぜ。後方支援って言ったって何が有るか解らないよ」
所属部隊の事は家族にも当然話す事は出来ずに家族や友人知人には輸送部隊に居ると言っていた。任務の為に長期に渡り連絡が取れなくなっても大量の物資を運ぶのが忙しく連絡出来なかったと言っていたのだが今回の海外派遣は隠す事は出来なかった。
「カズ君、何か隠している事ない?」
「な、何も隠してないし」近藤は目線をそらした。
「へぇ〜そうなんだ。隠してないないんだ。へぇ〜そうなんだ」黒縁メガネのレンズ越しに目付きが鋭くなっていく。
近藤のコーヒーカップを持つ手が震えカチカチと細かい音を立てた。こうなった時の美和子の怖さは身に沁みて解っている。
美和子は太い溜め息をフーと吐くと「解ったわ。延期にしてあげる。いい?婚約破棄じゃなくって延期よ?解ったかな?ちゃんと戻って来るのよ」
「ごめん!」近藤は額をテーブルに擦りつけるように頭を下げた。
店内は他の客達のクスクスと笑う声に溢れた。
「バカ。やめて!解ったから!やめて!」
「ありがとな。でさ。そっちの話しは?」
「うん…カズ君が帰国したら話すよ。その方が戻ってきた時に喜びが増すから」
「解った。楽しみにするよ」
美和子はテーブルの上で手を伸ばし近藤はその手に自分の指を絡めた。
近藤は強く瞬く握りしめた小箱を入れると必ず戻る。たとえ卑怯物と言われる事になろうとも必ず戻ると決め部屋を後にした。
仮眠室に戻った白石は数少ない私物をまとめ中隊行李に入れた。
ブレスレット。白石家代々に伝わる白い宝石を編み込んだパラコードブレスレットも入れようかと迷いながら手首から外した。
この石は先祖が信長公より賜った名字の由来となった品。そして受け継いだ代々の先祖が御加護で活躍できたのは石のおかげだと言い伝えがある宝石。貴方のことも危険な事から護るでしょう。祖母はその言葉と伴にこの石を自衛官になった白石に渡した物だ。
「親父がまだいるのにな」つい、言葉を漏らす。
商社に勤める寡黙な父親は防衛大学校に入学を決まったと報告しても対して反対もせず「君の選んだ道だ。私は反対はしないが只一言,無事に帰ってくれ」と祖父の形見のオメガ・シーマスターを渡してくれた。
そう意識もせずにブレスレットを左手首に嵌めた。心地よい音が鳴る。
南アにPMCのオペレーターとして遠征した時も身に着けていた物だ。今更外すのもと想う気持ちもあった。
遺書。家族全員に宛てた感謝の手紙を部隊配属が決まった時に寝室の机の中にシーマスターと仕舞ってある。これで残す物は何も無い。
親父の姿が目に浮かぶ。休みの日は書斎に籠もり1日中読書をしているのだろうかと想いながら部屋を出た。
篝火に照らされた城下町の広場には甲冑を着込んだ町の男達が集まっていた。口々に話す声や甲冑が立てる音で広場は騒がしい。
「盗賊団が来たんじゃないか」
「兵団招集だからな。たかが盗賊征伐には大袈裟だぞ」
「それだけ大きな盗賊団とか」
「100人隊の長は前に」兵団の長、バティストがダミ声を張り上げる。
「帝国が戦をゼヘモリヤに仕掛けきた」
バティストの重々しい口調に言葉が出ずに皆、黙り込む。
「何かの間違いじゃない事は」
「だったら良いのだがな」
「して。帝国の数は」
「数は千騎。騎馬隊だと言う事だ。我が兵団は境で陣を張り、アベル様が騎馬隊を引き連れ平定を求めるそうだ」
「いっそ、ゼヘモリヤなんぞ帝国にくれてやれば良かろ。もしかしたら、既に帝国と組んでおるかもしれんぞ」6番隊の長、リオネルが独り言のように言った。
「爺さん、ゼヘモリヤとの戦で怨みがあるのも解るがな。勅命だ。堪えてくれ」
「バティスト。勅命とは言えワシは行きたくは無い。どうだろ、ワシの隊は控えとして残るのは」
「軍師はアルス様だ。アルス様に言ってくれ」とは言ったが6番隊はゼヘモリヤとの戦で活躍した戦の猛者が多いが今では初老に近い兵が多い。邪魔とは言わないが俺からも言って行うと決めた。
「おう!アルス様の初陣か!。ならワシの隊がお守りせねばなるまい」
「爺さん…」バティストは顔をしかめた。
「アルス様が来られました」兵の1人が張り上げる。兵の集団は2つに割れた。
その間を小走りに走って来るアルス。
「遅くなり申し訳ありませんでした」息を弾ませた。
「何、今は100人隊の長たちと議をしていました。皆、聴け。軍師はアルス様だ。アルス様の名を落としめる事はするな」
長たちは声を張り上げ応えた。
「皆様に戦場を学ばさせていただきます」
「アルス様の御身はワシら6番隊が御守りいたしますぞ」リオネルは何処か誇らしげに言った。
「感謝いたします」
物見の塔から低く3回、高い5回の角笛の音が鳴り響く。
「アベル様の騎馬隊出立!」その声に兵たちは道を開け剣を掲げた。
騎馬隊は兵たちが開けた道を駆け抜ける。
アベルはバニングに一言指示を出すと騎馬隊は止まる事もなくアベルと旗手が馬首を変え近いてきた。
「アベル様」バティスト達は深々と頭を下げた。
アベルは馬を降りるとバティストに「迷惑をかける。弟に戦場を教えてやってください」
「おまかせを」
アベルはアルスに目で合図をした。2人は兵達から離れき小高い丘まできた。
「先程はすまなかった。軍師とは言えバティストの命には従え。いいな」
「はい。私も兄様に言い過ぎたかと思っておりました。兄様に光の聖女様の御加護があらん事を」
「ありがとう。始祖アベル様、我が弟を導きたまえ」アベルは引いてきた馬に跨り旗手に手で合図を送り丘を降った。
ふと後ろを観た。
2つの満月の光を浴び三日月湖に浮かぶ城は光り輝いていた。
ゲートそばに駐車してある73式小型トラックの助手席から道川3等陸尉がアクビをしながら降りてきた。窮屈な姿勢で眠り車内で座り放しだった身体は強張り,屈伸運動をして腰に装備を着装しながら「まったく、今日も暑いな」と呟く。
「3尉、守衛任務終わりましたので仮眠します」増田は敬礼はしないものの直立不動しながら言った。以前、それが上官に対する態度かと道川から注意をされたからだ。
「ん。なぁ、聴いてくれよ。本管に出す書類の多くて大変だよ。終わりもしないよ」
「それは大変ですね」
「そうそう、ストレスチェック表を隊員たちからちゃんと回収するのは忘れるなよ。回収したら本管に出してくれ」
「了」返事をした増田は何処か力が入っていない。
その2人の前を砂漠迷彩色に塗装された車両部隊が通過した。
「また米軍でもたかりに来たか」道川は皮肉な笑みを浮かべた。
「いえ、あれは我が隊の車両です。ちょっと観てきます」
「辞めとけ辞めとけ。任務は次の小隊に引き継ぎしたんだろ。目立ちたがりの隊長は塗装させたんだろ。それより休憩するぞ」
停車した車両隊の先頭、指揮通から春山が顔を出し書類をゲートを守備している隊員に見せた。
書類を確認した隊員は門を開けるように合図を送る。
鋼鉄のゲートが開き車両部隊は走り出した。
「あれ?春山か…ちょっと見ない間に派手好きになっちまったな。それになんだよ、あの髪型は一般人でもあるまいに。服務規定違反を本管に言わないと」道川はニヤニヤ笑いながら宿舎に戻る為に小型トラックに載った。
「作戦行動の為の迷彩じゃないでしょうか。秘匿しろと言われた部隊のようですし」増田も運転手側に載ると車内の適度な空気に一瞬、ホッとした。
「いゃ〜ないよ。それは無いって。あいつさ、使えないからって部隊から追い出されたんだぜ。でもあれか?砂漠で訓練てっか?春山の下の連中も悲惨だ。かわいそうにな」
「ですね。部下は解散させて宜しいでしょうか」
「え?まだ解散させてなかった?早く解散させろ」。それと!暑いんだからエアコンもっと効かせろよ!」
増田は温度を下げた。小型トラックから降りると整列している部下たちに解散の合図を送った。
アベル騎馬隊は森を駆け抜け荒野に出ると旗手は旗で合図を送る。隊列を駈歩で走りながら組み直す。
いくら、長い距離を走った方が馬も保つとは言え国元との間には竜の背と呼ぶ切り立つ連山が行く手を阻み大きく迂回をしないとならない。このままでは確実に馬は潰れる。迂回して2日、食物と秣も必要となる。コーネリアスはそう想いながらアベルの横に着いた。
「団長。何処かに変えの馬群と食物が取れる所かあるのですか」ゼヘモリヤとの戦を考えているらしい国元は当然、小城か砦の類いは準備をしているだろと思う。
「いいや。竜の背に行く」
「まさか。竜の背を通り抜けると言われるのですか」
「そうだ。良いか。竜の背を登り始めたら俺の尻に喰らいついて俺の背中だけ観て俺と同じ所を走れ」
「それなら私は殿が良いのでは」
「駄目だな。騎馬隊に着いていくのは出来ないだろう。置いて行かれたら迷い死ぬぞ。それと、もし谷間に落ちたらそれまでだ。助けにいけない。諦めてくれ」
まるで剣の刃先のような険しい山脈がうねり絡み合う黒々とした山々が夜空に浮かんできた。
返事も忘れ近づくれ山々にコーネリアスは圧倒された。山々は巨大な壁ように観えてきた。
道があるのか。アベル殿は駆け抜けると言っている。本当にそうなのか。コーネリアスはアベルの後ろに回り込む。
麓に近づくにつれ木々が増えいく。徐々に地面は硬くなっていった。
春山の中隊を見送った森は伊澤の部屋にいた。
森の姿を認めた中隊の隊員たちは出勤の緊張に加え団長の視察という目に見えない圧も感じる。
だが、説明が出来ないのだが普段の森とは何か雰囲気が違う事も隊員たちは感じていた。
「申し訳ありません。最後まで迷惑をおかけしました」
「迷惑?何が迷惑って言うんだ。なぁ則。お前がやった事、目指した事は俺がやろうとした事なんだよ。お前に押し付けた。俺が謝るべきだな」森は深り々と頭を下げた。
「親っさん!やめてください」
頭を上げた森は「初めてだな。面と向かって俺の事を親父って呼んだの」と言うとニッコリ笑った
「失礼しました。不敬でした」
「何、俺も団長の事を親父呼ばわりしたしニックネームも着けて呼んでたからな。則。いや、伊澤則昭1等陸尉に最後の命令を下す。全隊員を必ず帰還させろ」
「ハッ」伊澤は立ち上がり敬礼をした。
森も立ち上がると静かに返答をした。
竜の背の登り口に数百のカンテラの灯が揺れ動くのが観えた。
黒光り、うごめく甲冑、掲げられている旗。それはバルザーグ帝国騎馬隊。
「なんだと…」驚愕しアベルは騎馬隊を停めた。
国元からゼヘモリヤに抜ける道を見つける為に27年の月日と多くの生命が失われ作られた道の地図は不出になった。他国が知るはずは無い。
当然、山師や住まう民が知れば通行の要になるだろが危険を侵してまでも知る必要はない。
待ち伏せ。
帝国騎馬隊は俺達がここを通り抜けると確信しての待ち伏せか。アベルは想いながら騎馬隊を停止させ自身は単騎で進んだ。
「団長。私も」バニングも進み出す。
「お前は待て」帝国騎馬隊に顔を見据えたまま進みバニングは止まった。
「我々はルリタニア共和国が騎馬隊。我は共和国筆頭騎士アベル・ガイヤール。バルザーグ帝国の騎馬隊とお見受けするが」
帝国の騎馬隊から単騎が歩み出た。
「いかにも。我は帝国騎馬隊。我が名はブルクハルト・デリンガー侯爵。ガイヤール殿下、お見知りおきを」
デリンガーは馬上で優雅にお辞儀し冷めた笑みを浮かべた。
「問おう。我が国の領土ゼヘモリヤ荘を侵した。帝国は我が国と戦をなさるつもりか」
「いかにも。皇帝陛下の命により貴国をちょうだい致す」
「共和国は小国とは言え、それが古の時より名を馳せる帝国の我が国に対する態度か」
「我は勅命を果たすのみ。貴国の都合などありませんな」
アベルは奥歯を噛み締め息を吸った。
「何故に陛下は我が国を蹂躙されるおつもりか」溜めた息と伴に吐き出す。
「皇帝陛下の身心までは知るもありません。ただ、陛下のお望みを叶えるのが忠臣の務めですからな」いかにもおかしいそうに含み笑いをした。
まるで遊戯で遊ぶ幼子のような言い方にアベルは感情が抑えきれなくなる。立ち合いと同じだ。怒りに我を忘れるな。アベルは自分に言い聞かせる。
「それともう一つの勅命を果たさせていただく。クローディア妃陛下を除くガイヤール家を討果せとの勅命を」
デリンガーは右手のカンテラを掲げ左右に振った。
左右の森から数十の弓矢が飛ぶ。アベルは槍を振り弓矢を叩き落とす。
馬首を反転させアベルは騎馬隊に向かった。アベル騎馬隊はその場に留まる事は無く単騎で走り出し散る。
「追え!アベルを討った者の褒賞は望みのまま与えられようぞ」
森からも帝国の騎士の1軍が飛び出す。そして、反対側の森からも醜顔のゴブリンの集団が奇怪な叫び声を上げ棍棒や錆びた剣を振り回しながら迫って来た。
弓矢は放物線を描き頭上から降り注ぐ。
数人のアベル騎馬隊の騎士が弓矢で落馬した。落馬した騎士は膝立ちで立ち上がる。とどめを刺すつもりかゴブリンが近寄る。弓矢が降り注ぎ近づいたゴブリンも巻き込み騎士は射たれた。
コーネリアスはその場に居止まり帝国騎士の猛攻を槍で受けていた。
「止まるな!動け!」降り注ぐ弓矢を槍で叩き落としながらアベルはコーネリアスに近づきならが叫ぶ。まるで呪縛から解き放れたようにコーネリアスは走り出す。
徐々にアベル達を包囲する帝国騎馬隊とゴブリンの群れ。
「集まれ」アベルは叫ぶ。アベル騎馬隊は再び1つの塊になった。
「コーネリアス。お前は国元に行け。父様に伝えよ」
コーネリアスは一緒に戦うとの言葉を飲み込んだ。アベル騎馬隊の中では重石にしかならない。
コーネリアスの側を走る5騎が自然とコーネリアスを護る隊形を組んだ。アベルの思考を汲み取った動きにコーネリアスは付いていけないのだ。
「お任せを。必ず陛下に」
コーネリアスと5騎の騎馬を包囲の輪から出すには。
アベルは隣りに着た旗手に合図をした。旗が前に振り下ろされた。目指すはデリンガー。
一振りの槍のようになったアベル騎馬隊はデリンガーの騎馬隊を襲う。ぶつかる。弓矢の攻撃は止まった。
後ろ手からバニングの憤怒の叫びが聞こえた。
戦闘斧を両手に帝国騎士の頭を兜ごとカチ割っているに違いない。後ろ手は任せることが出来る、これで心置きなくアベルはデリンガーを目指す事が出来る。
デリンガーは集団の後ろに退く。その顔は笑みが消え去り驚愕と恐怖が混じり合う。
アベルの左手側の騎士が落馬した。それに気にする事も無くアベルはデリンガーを観ながらニヤリと笑みを浮かべた。ぶつかる。デリンガーを護る騎馬の壁は厚い。
アベルは反転した。騎馬隊は鞭のような靭やかにぶつかった。厚い壁は崩れない。反転、ぶつかる。アベルの槍が折れたがそのまま帝国騎士に突き刺した。アベルの周りは旗手と3騎しかいない。
帝国騎馬隊の騎士が落馬した。厚い壁に穴が開いた。小さい穴が開いた。「ここだ」アベルは叫ぶ。
後ろ手から駆けて着た騎馬たちがアベルを囲み、その穴に食い込むように走り込む。ぶつかり混戦になった。
恐怖。今のデリンガーには恐怖しかない。
混戦の中からアベルが躍り出た。返り血と自身の血で赤く染まったアベルが剣を掲げ迫り来る。
デリンガーの側の騎士がアベルの前に出た。アベルは槍を剣で弾く。そのまま剣を振り下ろした。騎士は落馬しアベルの馬に轢かれた。
アベルは馬を太腿で挟み込み両手で柄を握り振り上げた。デリンガーは落馬した。剣先から逃げようとして落馬した。目を閉じた。
だが、混戦から抜け出したアベルの騎馬隊は地面に這いつくばるデリンガーに見向きもせず竜の背に駆け抜けていった。
原田1等陸佐が指揮するヘリ部隊は伊澤1尉の中隊を載せ、一路FOBに向け砂漠を低空飛行していた。
各地に設けられたFOBで他国部隊が足並みがそろうゼロアワーまで待機となり、人質たちの救出が第1の任務とされた各部隊が複数箇所を強襲する。
テクノロジーが進み無人化された兵器が戦場の主役になると期待されている現代では絶妙ともローテクな作戦とも呼ぶ国連軍の幹部たちがいる。強襲部隊に必要なのは精密に時を刻む時計と過酷な訓練を受け造られた強靭な肉体と卓越した技術。それらを不屈の精神と冷静な判断で行動する信頼のおける仲間たち。
UH-60Jブラックホークの機内はピンと張り詰めた空気の中、吉村1等陸曹が窓から編隊を眺めながら鼻歌を唄っていた。
「班長。なんです、その歌は」隣りに座る下村2等陸士が身を乗りだす。
「ワルキューレの騎行だ。こんなシーンに持ってこいのBGMだぜ。知らないか?」
「はぁ…」
「今の若い奴らは知らんだろう」対面に座る山原2等陸曹が言った。
「すいません。知りませんでした」
「それはもったいない。俺達、空中騎兵のバイブルって言っても過言では無いぜ。帰国したらBlu-ray貸してやる。ハマる事請け合いだ。朝に嗅ぐナパームの香りが1番てな」吉村は1人で受けたように笑った。
「吉村。いつから俺達は空中騎兵隊になった」山原は呆れた。
「この頃の任務はヘリ強襲が多いからな。てっきり空中騎兵隊って名の部隊に配属されたのかと思ったぜ。このままじゃ半年前に取った潜水資格が錆つくぜ」そこに潜水資格章のパッチが在るかのように自分の左胸を右親指で突っつく。
そんな奇妙とも取れるテンションの吉村を観ながら山原は吉村の状態はベスト。体力、気力ともに最高な状態。いつものように安心して背中を預けることができると想った。
教官と助教を殺したくなる程の過酷な訓練と実戦で培った相棒の調子は話す口調や身振り手振りで解るのだ。
編隊の真ん中を飛ぶブラックホークの機内は通信士が無線を受領していた。
「1尉殿。発動時間の遅滞の可能性あり。修整予定表時刻明けマルヒトマルマル時。尚、新たに修整の可能性もありえるので当初の作戦行動時間に沿って行動されたし。以上です」
「雑だな…」機内に設けられた作業机に載るノートパソコンをタイピングしながら角野准陸尉が呟く。
「それだけ大所帯って事だよ。どうだろ。間に合うか。それとも1日延期か」伊澤は腕組みをしながら言った。
「ぎりぎりだな。うちの中隊だけなら問題は無い。2中の移動時間を考えると。安全牌を取って延期が望ましい」角野は画面をスクロールさせ作戦行動表を観た。
「で。則さん、親っさんはなんと」
「最後の命令が隊員を全員帰隊させろだと。クソ」
「親っさんらしいって言えばらしいな」
同年代というのもあるが長年、中隊長と連絡下士官として現場を仕切る2人に隠し事はない。まるで夫婦のようだ。実際、それぞれの家族より2人でいる時間が長く、お互いに気づいてはいないが相手に喋る口調が女房に話すような口調だった。
「最後の命令なんか聴きたくないって?」
「そうだよ。親っさんは習志野でこれからも指揮を取ってれば良いんだよ」
「落ち着けよ。恩を返す。作戦を成功させて恩を返せば良いじゃないか。」
「すまん」伊澤は額を掻いた。
「それに則さんの晴れ舞台だぜ。最後のな」角野は一瞬、言葉が詰まり視線を外した。
「世話になった」伊澤も視線を外した。角野の涙など観たくもない。
「いいさ」
「シカゴ到着まで後5分。」この機体の機長の原田の声がヘッドセットから聴こえた。
「仕事に戻るぞ。了解。ヒトマルより全部隊へ返答不要。シカゴ到着まで5分。尚、発動時刻修整、マルヒトマルマル以上。送れ。」角野はヘッドセットの周波数を切り替えた。
ラルカンジュは自室に戻り床に大きな法陣を描きベッドの横に置いてある本棚から小箱を取り出した。
中には小石が1つ、ラシャ布に包まれ入っていた。
小石を法陣の真ん中に置いた。これでアラカザド山の荒城に移動する準備は出来た。
壁に掛けてある肖像画を観た。冥界の亜人達との戦に貢献した褒美として頂戴した肖像画だ。
13人の仲間たち。そして盟友、アベルがラルカンジュに微笑む。
「友よ。もう少しなのじゃよ。お主を助ける魔導儀式が出来るのは」
ボルザークとその側近たちを冥界に飛ばし回廊を封印する魔導儀式の犠牲になったアベル。
生きている。確信はないがアベルは生きているとラルカンジュは確信していた。
冥界との戦が終わり5千の年を方式の改装に費やした日々の苦労なと再び会うまでは厭わない。
方陣の前に立つ。杖を掲げ術式を唱えた。
光り輝く方陣。小石は砕け光の粒となった。
方陣の光も舞い上がり光の粒と混じり合う。部屋の中は強い光と狂風に羊紙の巻物が散乱した。空中に方陣が浮かび立ち上がった。
ラルカンジュはゆっくりと前に進み方陣の中に消え去り,光の方陣は凝縮し空に浮かぶ光の珠になった。