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JSDF異世界戦記  作者: やぶ
召喚
1/8

1話

広大な砂漠。

砂丘が地平線まで広がる。乾いた熱風が砂塵を巻き上げる。

露出した肌に容赦なく陽の光は突き刺さり砂が身体にまとわりつく。夜は冷気で骨身が凍る。

中東の砂漠地帯。

そこに陸上自衛隊中東派遣隊の駐屯地があった。


人々から忘れさられた村。地図上では国の緩衝地帯に位置する村に今世紀最大の埋蔵量と予想される油田が発見されたのは一昨年の事だった。

お互い領土権を主張する2つの大国。相手国はついに武力攻撃を開始し村を含む地方都市まで侵略占領した。その反撃が二次湾岸戦争と呼ばれる紛争に発展した。



コンクリートブロックがジグザグに配置されたゲートに5人の自衛官たちが歩哨の任務についていた。

地平線から昇る陽はサングラス越しでも強く、増田1等陸曹は目を細め、今日も暑くなりそうだと想った。

「班長。こうも暇だと自分は何から警戒すればよいのか解らなくなりますよ」と砂避けに口元に巻いたアラブスカーフをずらし藤原1等陸士は言った。

「敵脅威からだ。緊張感を持て、緊張感を。そんな事じゃ今夜の警護。何かやらかすぞ」増田1等陸曹も軽くアラブスカーフをずらし、藤原1等陸士を睨みつけながら言った。

膠着状態となり平和的に解決を模索していた国連は経済制裁を行ったが効果は無く米軍を主体とした多国籍軍の派遣を決めたのは半年前の事だった。

その1ヶ月後、日本政府も改正自衛隊海外派遣法に基づき宙空自衛隊を除く三隊の派遣を決めたのだった。

陸揚げされた多量の重装備と武器弾薬は駐屯地の倉庫に収めされたままで自衛隊は直接戦闘に参加せず友軍の後方支援と物資弾薬の補給、対地ミサイルによって被害を受けた首都圏の復興に従事。

そのため、前線から遠く離れた砂漠地帯にその拠点を置いた。駐屯地に訪問するのは自衛隊から借与される糧食と弾薬を取りにくる友軍の車両しか来なく緊張感が緩むのも当然かとも増田は思う。

「やらかしませんって。ですが、陣地構築の場所って前線のそばですよね。ヤバくないですか」藤原は腰のガスマスクポーチを触った。

「ガスが心配か。施設にいる奴の話しだと明日で終わるってな。ヤバいかもしれんが日頃の訓練通りにやれば大丈夫だ。」

敵国の大統領は国内と占領地に居住する諸外国の民間人を人質に取り領土と宣言した占領地に他国の軍隊の侵入を許さず、もし侵略するならば人質の殺害とNBC兵器、そして核兵器の使用を匂わせた。

「このあとは気分転換に体力向上訓練やるか」増田は皮肉な笑いを浮かべる。

「え!それはかんべんして下さい!自分はSとは違いますよ!こんな砂漠で訓練をするSとは。」と言うとカマボコの形をした倉庫の群れをチラ見した。

髪は短めだか刈り上げではなく中には前髪が長く襟足が戦闘服の襟まで長い髪型をした隊員もいる。部隊章、氏名のパッチは無く、ただ、血液型を示すパッチだけが戦闘服に縫い付けてある隊員たちの部隊。

その部隊が居住する倉庫の周辺部への立ち入りはもちろん、緘口令が隊の存在は帰国後も口外する事は許されず、Sと呼ぶ部類の部隊とは容易に想像はできた。

「おい!奴らの事は部外秘だからな!」

「分かってますって!緊張感を持ちます。藤原、全面の砂漠の警戒任務に戻ります」

軽く敬礼をするとアラブスカーフを巻き直した藤原は力の入らない表情で砂丘を見つめた。

増田は呆れながらもこうした部下達のガス抜きも上官として必須と考えていてた。

腕時計を観た。歩哨に立つのは後1時間。次の休憩時間には部下達に奢ると決めた。

それに、このまま膠着状態が続き輸送するだけ無駄と言われた重装備や多量の弾薬を使用する事が無いまま無事に帰国できれば良いと思っていた。


頭のどこかで金属ベルのような甲高い音が響く。

白石2等陸尉は木造造りの藁葺き屋根の家が集まる村。村の中心にある井戸のそばに立って賑やかに水事を行なう女性達を観ていた。

中世ヨーロッパ時代の衣服を着た女性達は白石に気づかないようで井戸端会議に花を咲かせる。

突如、鐘楼が狂ったような鐘の音を鳴り響かせた。

女性達は取り乱しながら荷物を持上げなら逃げ惑った。

地鳴りが鳴る。砂埃を舞いあげ迫る中世ヨーロッパ時代の鎧兜を着た騎馬の一群が視えてきた。

馬上から弓矢を村人に放ち、火矢で藁葺き屋根を打つ。剣と槍で村人たちを襲う。

やめろ!白石は声を張り上げるが声にならない。

取り残された幼い男の子が張り裂ける泣き声を上げうずくまる。とっさに白石は腰の拳銃に手を伸ばし構えた。

やめろ!撃つぞ!

白石の警告を無視した騎馬は男の子目掛け速度を上げた。銃口を馬上の騎士に向けトリガーを引いた。

何も動かない拳銃。迫りくる騎馬。母親の悲鳴。そして電子音のような声で泣き叫ぶ男の子の声が鼓膜を強打する。

「ハ!」

白石は簡易ベッドの上で目を覚ました。

腕時計のアラームが鳴る。

天井に鉄骨が見え、目張りと電灯は消され薄暗く、パーティションで仕切られた部屋の中、ここは倉庫の中の仮眠室だと気がついた。

ベッドの上に起き上がり額にベットリと張り付いた汗を手の甲で拭いがなから数週間は観ている奇妙な夢の事を考えた。

PTSDかと思ったが南アからの帰国後に受けた問診も異常はなく、この任務に着いたが、それとも何かのストレスか。あの村人たちと幼い少女の事を想い胸が苦しくなった。

ドアがノックされた。白石の思考は中断した。

「2尉、岡本です。起きてらしゃいますか」「起きてる。入れ」

「入ります。時間です。親父の所までお越しください。顔色が悪いですが大丈夫ですか。」

「大丈夫だ。なんでもない。嫌な夢を観ただけだ。」

白石は立ち入り上がり戦闘服の袖に腕を通しながら部屋を出ていこうとした。

「2尉、変といえば親父の事ですが。親父も数日、様子が変なんですよ。」

「中隊の作戦行動は久々だし。親父も緊張してるんじゃないか」

「ですかね。緊張なんて親父らしくないですな。自分は親父の事ですから前線に出るとか言い出すんじゃないかと思ってますよ」岡本は苦笑いをした。

白石もつられ笑みを浮かべた。




カンテラを掲げた一騎の騎馬が暗い林道を走り抜ける。

林道を抜けると満天の星空に2つの満月が道を照らした。

騎士は左手で掲げたカンテラを鞍に戻す。ここから城下町までは一本道。幾度と駆けた道。たとえ暗闇でも城まで駆け抜けることはできる。

麦畠が見えてきた。

「ドウッドウッ」騎士は速度を落とす。一昼夜を走りきった労をねぎらうように馬首を撫でた。

麦畠の中に城下の庄(町)が見えてきた。

水車が立てる音の中、静かに眠る人家の中を通り抜け、三日月湖に浮かぶ城は月の光を浴び神々しく輝いていた。

橋桁に向かう。歩みをとめた馬は馬脚を折れその場に潰れた。

「城爺殿。橋を降ろしてください。城爺殿!」柱に保たれかけ眠り込む老齢の男の肩を揺さぶる。

「ムニャ。なんじや。ど、どうしたんじゃ」老人は目を覚ますと泥がこびりつき血に染まった騎士に目を見張った。

「陛下にお目通りを。橋を降ろしてください」

レバーが引かれ重い軋み音を響きかせ橋は降りた。駆け出す騎士。

「いったいなんじゃ。何か起きた!戦でもおきたんか!」

走り去る騎士は顔だけ向き頷いた。


天上まで届く本棚が広い部屋を埋め尽くす城の書物庫。

獣脂のロウソクが燃える音だけが静かに鳴る。部屋の中心に唯一置かれた、まるで場違いのように置かれた樫の木の椅子に座りアルベリックは至福のひとときに恍惚とした表情を浮かべ羊革紙の本を読んでいた。

「陛下。申し訳ございません」ドアの外より城女中の声にアルベリックは眉間に皺を寄せた。

「なんでしょうか」

「ゼヘモリヤの荘長様からの使いの騎士様がお見えになりました。お目通りを」

アルベリックは城女中の緊迫した声に嫌な胸騒ぎがした。


城爺たちの食堂に向かうと1人の騎士がダイニングテーブルに着いていた。城女中が傷の手当てをしていてパンと羊肉のスープが目の間にあったが手つかずのままだった。

「陛下…」騎士は椅子から立ち上がり膝まつき手当てをしていた城爺は下がり拝礼をした。

「座ってください。傷の手当てを。いったい…何が…」

騎士は椅子に座り直し城爺に矢傷の手当てをさせた。

「バルザーグが攻めてきました。あの旗印の紋章は間違いなく帝国騎士団です。数は千。長は陛下に援軍をと私を使いに出しました。」

「帝国が、ですか」部屋にいる城女中たちは息をのんだ。

「どうか、陛下。援軍をお願いいたします」

騎士は立ち上がると膝まつき頭をたれた。

「アベルとオクタヴィアンを呼んでください。それと、ラルカンジュ様にもこの事を伝えてください」

一礼をして城女中たちは広間から出ていく。

アルベリックは騎士の手をとり「援軍は心配なく。貴方は傷の手当てと食事を」と言うと騎士を座るように促した。


裏の厩舎でアベルが上半身肌で馬にブラシを掛けていた。秋とはいえ筋肉質の細見の身体に汗が光る。

馬の身体に触れ、傷は無いか診る。それはアベルの一日の終わりの決め事であり今日は遠乗りをした分、念入りに診ていた。

今日の出来事を語り掛ける。何か有れば語り掛ける。母が亡くなった時はここで泣いた。独りで馬首を抱き泣いた。

ブラシ掛けが終わり二本の角に優しく触れ鼻面を撫でた。馬は満足したように首を振り一鳴きした。

「アベル様。陛下がお呼びです」城女中が建物の陰から呼んだ。

「今、行きます」壁に掛けた服を着込む。「父様が夜に呼び出すとは珍しい。」胸のベルトを留めながらいった。

「戦が起きました。」城女中はうつむきがら陰から出てきた。

「戦…ゼヘモリヤが叛乱したか…」独り言のようにつぶやく。

「千の騎馬の帝国がゼヘモリヤに攻めてきたそうです」

「帝国が…」

アベルは手を止めた。

城女中は顔を上げたがアベルの素肌を観て恥ずかしさに頬を赤くし顔をそらした。

「すまん」アベルは残りのベルトを留めた。

「城爺にバニングを起こすようにに伝えてください。」

「かしこまりました」城女中は一礼をすると足早に城内に入っていった。

壁に掛けてあったカンテラを手に取りアベルは広間に向った。


南の塔の部屋。書籍棚から溢れ天井まで山のように高く積まれた書物の中の机でラルカンジュは広げた羊紙に向かっていた。羊紙には緻密に書かれた魔導数式が描かれ、注意書きと無数の修正点をラルカンジュ目で追う。

「アルス、第2魔素柱はどうじゃ。」

「このままでは邪素の流れが聖素を留めてしまいます。やはりここは第3魔素柱から直接聖素を流したら良いのでは。」アルスは羽根ペン先で魔導数式の一部を指す。

後ろを向いたラルカンジュは険しい顔をした。

「第3魔素柱からの流れは邪素が大量に生み出されるのはこの前で証明されたじゃろ。あくまでも第3魔素柱は巡回させるのじゃよ」

「大量の邪素ができるのは致し方ないですよ。師匠。この召喚魔導だと」

「じゃがな。邪素を生み出す訳にはいかんのじゃ」独り言のようにつぶやいた。

ここ数年、繰り返される同じ議論にアルスはうんざり気味になり寝不足の頭痛もしてきた。こめかみを揉む。

「今日はもう良い。部屋で休みなさい。今日ぐらいはしっかり寝るのじゃよ。わしは朝には出る。お主は第1から第4の聖素の流れを今一度、計算しとくれ」

「はい。おやすみなさい」アルスは羊紙を巻きラルカンジュに渡し、指を鳴すとカンテラに灯を着けた。

ドアがノックされた。アルスは城女中から話しを聴く。

「師匠、戦です。帝国がゼヘモリヤに攻めてきたそうです。父様の下にお急ぎください」

「うむ」

ラルカンジュは紫色が色落ちし灰色のようになった古いローブを羽織り杖を持つとアルスの先導で部屋を出た。



中隊長室は簡易デスクとキャンバスベッドしかない殺風景な室であった。

白石が入ると数冊のファイルが載っているデスクの上にはいくつも握り潰されたブルーのパッケージカラーの空き箱と山のようになった吸い殻で一杯になった煙管が唯一の部屋の調度品のようにあった。

漂う葉巻のような残り香。

その懐かしい匂いに親父はまたタバコを吸い出したのかと想う。

すでにパイプ椅子に座っている矢島二等陸尉と挨拶をすませると白石はパイプ椅子に腰掛けた。

「中隊長、いよいよですね。」矢島は身を乗り出し言った。

「士気はどうだ。」

「高いです。うちら小隊は久々の出動ですから気合いの一つも入りますよ。」

「それは結構。矢島、出動じゃないからな、訓練だ、訓練。」伊澤は皮肉めいた自分の言葉に受けたのかニヤリと笑った。

人間の盾として敵国首都と占領された地方都市の重要拠点に散らばる人質達。

広大で無数に散らばる戦略地点をカバーしきれない事は多国籍軍司令部は否めなかった。

自衛隊に白羽の矢が当たり参加要請がアメリカ国防総省経由でSOCOMから防衛省にきたのだった。

防衛省はこれを快諾。

厳命を受けた統合幕僚監部は陸、海、空、宙の各方面隊より選抜した任務部隊を編成。これを砂漠地帯での戦闘経験の向上と他国の部隊との連携を強めるとの名目で中東派遣隊の1部隊として派遣したのだった。

人質救出と橋頭堡の確保、サンライズ・デザートと名付けらたこの作戦が今時戦争の要となる。

「そうでした。訓練ですね。たまたま人質たちがいたって訳ですね。市ヶ谷も屁理屈をこねます。どう政府に報告するんですかね」

「政府への言い訳は制服組に任せようや」と伊澤1等陸尉は派遣が決まった時から伸ばし始めた口髭をしごきながら言った。

ドアが軽くノックされ3人の隊員たちが入ってきた。

「なんの話しで朝パから盛り上がってるんですか」永井2等陸尉が言った。

「ん、市ヶ谷には現場想いの幹部がいるって話しだ。」矢島は挨拶代わりに片手を軽く挙げながら言った。

一瞬、伊澤の表情が曇った。

「よし、全員揃ったところでミーティングを始める」と伊澤は何かを吹っ切るように席を立ちファイルの束から情報端末機を取り出し部屋の真ん中の簡易テーブルの上で地図を表示した。

白石達5人を緊張感に包み込まれ立ち上がり簡易テーブルを取り囲んだ。

端末機には人工衛星が写した管区名シカゴ・バスストップと名付けられた高層ビル郡が映る。

伊澤は自衛隊に割り当てられた一棟の高層ビルと周辺部を拡大した。

「昨日となんら変わりないな」高層ビル周辺に配置されている戦闘車両は昨日と同じ所から動いてはいない。

ミーティングは国内に居るときから何回も行われ今更改めて取り決める事は無く各小隊の動きと連携の再度確認をしただけで終わった。

ドアがノックされ伊澤の返答で通信科の隊員が入ってきた。

HQからの命令書だと伝令文を伊澤に渡しながらその通信科の隊員は言った。

伊澤は伝令文を一読し署名をした。

「よし。フェーズ2に移行。何か質問は」

「なし!」

「わかれ。」

5人はうなずき部屋を出た。

署名をした伝令文を通信科の隊員に渡しながら白石を伊澤は呼び止めた。


地平線まで続く砂丘を太陽は焼き、長距離偵察小隊が潜む岩山の麓にある村を照らす。

村の側には移動式ミサイル発射機が五芒星のように配置され、ロシアや中国、朝鮮人民国の対空ミサイルと対地ミサイルがまるで見本市のように置かれていた。

フェーズ1は1週間前から始まっていた。

主要地点に人質たちの存在の有無と監禁場所の把握。人工衛星では掴みきれない情報収集を各国の偵察部隊がそれぞれの重要拠点に潜入し任務にあたっていた。

前線、敵国が国境と称するポイントにミサイル発射施設を複数配備し防衛ラインを形成していた。

その内の1つ,サンタフェ食堂(ダイナー)と名付けられた発射施設を見下ろす山岳に長距離偵察隊の狙撃第ニ小隊は通常の偵察装備に加え,対NBC装備を偵察ポイントに持ち込み潜入していた。

1週間前から嫌がらせのように発射された対地ミサイルは首都の方角に飛んでいくのを瀬戸口3等陸尉が指揮下の長距離偵察隊は目視している。だが、存在の暴露を恐れ小隊からの無線発砲は厳禁とされていた。

毎晩、飛ばす偵察ドローンで人質たちの居場所は既に解っている。

今はでは敵兵たち歩哨に立つ位置や時間の行動を把握、まるで網膜に焼き付けるかのように敵兵一人々の顔を憶え掩護の準備も整った小隊はフェーズ3、状況開始のゼロ・アワーまでひたすら待つしかない。

第5組の狙撃手、甲村一等陸士と観測手(スポッター)の坂井2等陸士は岩山の中腹に生えている藪の中にいた。

AKアサルトライフルを右肩にかけミサイル発射機近くでダラダラと歩哨をする敵兵をライフルスコープで見下ろす。

人間の盾が居るからと油断しているのだろう、敵兵は村周辺部のパトロールもせずダラダラと1日を過ごしていた。

甲村は打ち上げられたミサイルと同じ弾数を敵兵に叩き込むと決めていて9個の小石がまるでボロ布ようなの布端を巻き偽装したレミントンMSRの側に並べてあった。

偵察のルーティーンを終わらした坂井は戦闘糧食を寝袋の中で食べ,寝る準備をした。

その第5組の左手200メートルの岩と岩の間に偽装ネットをテントのように貼り設けたハイドの中では第6組の狙撃手、市村1等陸曹が寝袋から起きだし1週間の無精髭と赤銅色に潮焼けした顔と腕にこそげ落ちたカモフラージュペイントを塗り直していた。

「髭が出てきた」観測手(スポッター)、杉山2等陸曹がスポッタースコープを覗きながらいった。

市村は寝袋を捨てるように脱ぐとカメラの三脚に固定されたレミントンMSRを構えリューポルドのライフルスコープを覗く。

四十代半ばだろうか、中年太りで短躯のカイザル髭の将校はまるで俳優のように気取りながら村で1番大きな家屋から出てきた。

その将校を現場指揮官と断定し識別コード、髭と小隊は呼ぶ将校はキザな仕草で黒いベレー帽を脱ぎ井戸がある広場に設けられた大きな日除け傘の下のテーブルに着く。

顔に生気がない無表情の10代の娘に給仕させ朝食を食べはじめたが、皿を置こうした娘の手首を掴み身体を引き寄せた。

娘は露骨に嫌な顔をするが将校はゲスな笑みを浮かべ、娘の首に巻きつけた腕を胸元から服の中に手を差し入れた。

娘は唇を噛みしめ苦悶する。

市村はライフルスコープのレクテルを将校の顔に合わせた。

服の中でモゾモゾと手を動かしながらタバコのヤニで黄色く染まった歯で笑いながら娘に何かをしゃべっているが娘は顔をそむけたままで固く目をつむりされるがままであった。

ヤニ臭い息がスコープ越しに臭ってきそうだ。

毎晩、代わる代わる村の女たちが髭に凌辱され、2日前には木の棒や半月刀で髭を襲撃しようとした3人の村の男たちが無残にも惨殺されるのを小隊全員が観ている。

何もできない、苛立ちが積もる。

「隆史、撃つなよ。いいな、撃つな。後、1日。遅くても2日の辛抱だ。我慢しろ。」市村の心の奥底を知る杉山は言う。

市村は深く息を吐きトリガーから指を離しセフティを掛けた。

隆史の怒りはハンパない。俺だってな。とスポッタースコープから目を離さずに杉山は想う。

「バン」杉山は小声で言った。

敵兵の寿命の終わりを知る狙撃手は戦場に置いて神にも等しい存在なのかもしれない。




城女中と城爺の達の手により壁のローソクに火が灯され壁にゆらゆらと大広間の壁に3人の影を映していた。

自身と同じ長さの杖を突きながらアルスに足元を照らされながら階段から降りてきたラルカンジュを迎えるとアルベリックは樫の木のテーブルの椅子に座った。

オクタヴィアンは既に椅子に腰掛けラルカンジュに冷ややかな表情で頷く。

ラルカンジュはオクタヴィアンはこの場にいないかのように無表情で椅子に座った。

「陛下。援軍を直ぐに出すむね、民に」「即位した皇帝陛下の力を見せつけるためじゃろ。大きな戦にはならんと思うがの。アベルの騎馬隊で事は足りるはずじゃ。」

懐からパイプを取り出しひょうひょうとした口調でラルカンジュはオクタヴィアンの言葉を遮り卓上の壺から煙草の葉を摘み出しパイプに詰め込んだ。

3人は驚きの表情を隠さずラルカンジュを見た。

「皇帝陛下はまだ若い。たしか、」ラルカンジュは指先に着火した火をパイプに着け吹かす。

「72で即位されたと聴いておる。騎馬隊だけで足りるとは想えんが。どうじゃ、ボドワン殿」オクタヴィアンは卓上のローソクで自身のパイプに火を着け、ゼヘモリヤの騎士、ボドワンに視線をむけた。

「国元の兵の力が必要です。いくらアベル様の騎馬隊が無敵と唄われているとしても千の騎馬とやり合えるとは思えません」

兄を屈辱されたと想うアルスの表情が曇る

「無敵じゃないさ。ただ、国元の精鋭を自負している騎馬隊だ。恥じぬよう鍛錬はしている」

ドアから広間に入ってきたアベルはそう言うとラルカンジュの隣りに座った。

「それで。どうするんですか」

「ラルカンジュ殿はアベル殿の騎馬隊だけで兵団は要らぬと申しておるわ」

「非礼をお詫びします。私はゼヘモリヤのコーネリアス・ボドワン。アベル殿の騎馬隊が頼り無いとは想っておりません。ただ荘の事を想うと」

「同じ立場なら私も同じく思うでしょう。父様。ゼヘモリアには私の騎馬隊が向かいます。帝国の真意がわかりません、いたずらに戦の火を広げたくはありませんからね。ただし、念の為に兵団は境で守りの陣を。もし、私の騎馬隊で不十分なら兵団で。民に兵団として集まる下知のお許しを」

腕を組み目を閉じていたアルベルトは目を見開き「宜しい。では軍師は」というとラルカンジュを見た。

「すまん。わしは」

「明日は2つの月が満月になります。師匠は」アルスがラルカンジュの言葉を引き継いだ。

「そうでした。」アルベルトはオクタヴィアンを見る

「わしは他の荘に使いを出し兵団の結集のまとめの役目、それに摂政として陛下の側にいたほうが良いかと」オクタヴィアンはパイプの灰を掻き出しながら言った。

「アベル、やってみるが良い」ラルカンジュは後ろを振り向き言った。

「私がですか」

「何、兵団長はバティスト殿じゃ。軍師に着くというより戦とは何かをアベルに教えてくれるじゃろ」

「良いじゃありませんか。兵書を読むより戦に出た方が身のためだ」アベルはそういうとにやりと笑う。

「兄様の剣の技もそうですが荒っぽいのですよ。先人の技も学び試してはいかがですか!」アルスは少し怒り顔になった。

「2人とも辞めなさい。」アルベリックは呆れ顔で言った。真顔に戻ると「では、兵団の招集を民に知らせてアベルは直ぐに出発を」

4人は立ち上がり一礼をした。

アルベリックも立ち上がり広間から出た。「物見の爺に兵団招集の笛を吹くように知らせてください」

広間のドア近くに控えていた城爺は驚きながらも通路を駆け出した。

アルベリックは独り、広間に戻り石造りの玉座に座った。

「また、戦がはじまるのですか」寂しく独り言をつぶやいた。

右手のカーテンが揺れた。

「陛下、我等の話しを信用しておけばと想っていただけますかな」

物を擦りつけたような、奇妙とも言える声色が聴こえた。

「それは申し訳ないと想ってます。ですが、帝国とは争う事柄がありませんからね。信用するのは難しいでしょう。」アルベリックは広間の反対側のドアを見ながら言った。

「クックックックッ。真実とは時には信じられない物のようで。しかし、我等の力を認めていただけますな」

「ええ。認めましょう。されど私は貴方たちを使おうとは想いません。過酷ではありませんか。もしかしたら命を落とす事になるのでは」

「あの日、我等の命は落とした物。陛下に拾っていただいた命は陛下にお返しするのが筋と我等は想っております。我が陛下」

「あの日は当然と想った事をしたまで私は貴方たちの命を頂戴したとは想っておりません。自由にいていただきたい」

「かしこまりました。我等は陛下御身の為に働きましょうぞ」

「ですから!」アルベリックはカーテンを観た。

天井から吊るされているカーテンの裏側からかすかに壁を引っ掻くような音が這い上がり天窓が静かに閉まった。




「忙しいのにすまねぇな」

3尉としての着任を拒否し1等陸曹として白石が伊澤の小隊に着任した時からの付き合いが伊澤の口調をくだけさせた。

伊澤はパイプ椅子に座る白石に言うと胸のポケットからゴロワーズの両切りを取り出し、心地よい金属音を鳴らし蓋を開けたジッポーライターで火を着けた。

いがらぽっい紫煙が漂う。

伊澤は手持ち無沙汰に何度もジッポーの蓋を開け閉めする。

歯切れの悪い伊澤を眺めるように見つめる白石はいつもの親父らしくないと想う。

「1尉、いったい何が」

「んん。正式な辞令は帰国後になるから部下達にはまだないしょにしてくれ。森の親っさんと俺が退官する事になり、俺の代わりにお前さんが1尉に昇格して中長に、春さんも昇格して郡長になる」

「お二人が、退官…」

「中隊を頼むぞ」そう言うと伊澤は一口だけ吸ったゴロワーズを煙管の吸殻の山に突っ込み火を消した。

「なぜ、なんですか」

「今回の責任を取るって事さ。俺の首で隊が安泰なら安いもんだぜ」

「責任?いったい何の責任ですか」

「政府に無断で戦闘部隊を派遣、作戦行動を行った責任。シビリアンコントロールを乱した責任。誰かが腹切りしないとな。俺を厄介払いが出来て市ヶ谷もちょうど良いんじゃねえか。」伊澤は皮肉めいた笑みを浮かべる。

中隊の戦闘力を向上させる想いは非常識とも言える程だった。

訓練を充実させる為なら何でもした。時に重傷者も出る訓練内容に反対する幹部達に直接、喰ってかかる事も度々あった。

戦闘郡長の森一等陸佐はそんな伊澤を庇い市ヶ谷の幹部たちからの苦言を処理していた。ただ一言で「戦闘力を向上させて何が悪い」と。

白石は訓練中の事を想い出す。少しでもヘマをすると訓練所じゅうに響くようなドラ声で怒鳴りつける伊澤の姿を「俺の中隊は何か?木偶坊の集まりか?」

「今回の状況はお前さん、中隊を指揮するつもりで指揮しろ。俺の卒検さ」ニヤリと笑う。

姿勢を正した白石は頷く事しかできなかった。

「春さんと部下達を頼むぞ」

「1尉のような、うるさい中隊長になります」

「バーロウ、うるさいのは余計だ。俺みたいになったら幹部に睨まれるぜ」

白石は寂しそうに頷く。

満足したように伊澤も頷いた。

それで、2人の間に何かが伝わった。


伊澤1尉指揮の戦闘中隊が待機している倉庫の隣りの倉庫内は準備を急ぐ隊員たちでざわつく。春山1等陸尉が小難しい顔をしながら部下たちの動きを観ていた。

フェーズ2。各部隊はFOBに移動し待機。

米軍が設営したFOBは自衛隊駐屯地から遠く車両部隊の春山戦闘中隊は参加部隊の中で最も遠くタイム・スケジュールの遅れが心配の種で作戦の失敗を招く恐れがあった。

しかし、その遅滞の心配ではなく何か他の事で悩んでいるのではと島2等陸尉は推測していた。

「中隊本部から通達!ラジオチェックは5分後。ラジオリストの確認!」

「ライフセーバー役は止血帯とモルヒネを余計に持って行くのを忘れるな!」

「タイラップは?」

「ここに有る。ほら。」


「整列終わりました。」

整列する00式個人用防護装備の完全装備姿の隊員たちから一歩前進した島が言う。

「よし。時刻規正を行う。ハチマルヒトゴーまで10秒…ゴー、ヨン、サン、ニー、ヒト、今。乗車」鷹のような鋭い目付きで春山は言った。

倉庫の扉が開く。中東の陽の光が倉庫に飛び込む。隊員皆、サングラス越しとはいえ眩しさに目を細めながら駆け出す。

外の駐車スペースでは82式指揮通信車を筆頭に車両部隊が暖気を始めていた。

隊員たちが割り当てられた車両に乗り込むのを指揮通信車のハッチのそばで観ていた春山は倉庫と倉庫の間にゆっくりと進んでくる73式小型トラックに気がついた。

フロントガラスの反射で誰とは解らないが運転手が1人しか載っていない小型トラックは倉庫の間で静かに停車した。

春山は小型トラックに歩み寄る。立ち止まり一瞬、敬礼をしそうになった手を下ろした。

「郡長」春山は小走りで小型トラックに駆け寄る。

車内の森一佐は黙ったまま頷いた。

「郡長、かがに乗艦しているのではありませんか」

「ん、有給休暇で観光をしているだけだ。」

「観光…って」春山は呆れ顔になった。

森の視線は隊員たちの動きから視線を外さない。

任務部隊は一時的に米軍指揮下に置かれ森の指揮から外れ予備戦闘団としてR.D.R戦闘中隊を直接指揮森は指揮し今は護衛艦かがで待機のシフトであった。

「春。部下をいいか、部下たち全員帰隊させろ。いいな。俺はかがで待っている。」視線は釘付けのままだ。

春山は頷いた。

「郡長、訓示をお願いします。」

「今更、何を言っても始まらん。それに、俺の想いは分かっているだろ?」

「ハッ」春山は敬礼をした。

戦場では敬礼は不要とはもちろん知っている。

今の森一佐に訓示は無理だと悟った。

森の部下たちを見つめる目は真っ赤になり涙が溢れそうになっていたからだ。





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