3.一時停戦
「今は逃がすよ」
奪われた拳銃を喉元に突きつけられて尚、少年は平静のままそう告げた。
商社のガラス窓を背にしたまま地べたに座る彼らは、一見すれば仲睦まじそうである。その実、少年は今にも殺されそうなのだが。
「なぜ、どうしてですか!」
「僕たちには、別の出会い方があったはずだ」
「ありません。貴方は……」
歩道側の車道にパトカーが停まる。数台が連なって並べば、間もなく警察官がパトカーを盾にして彼らの様子を伺った。
――その背後で、さらにハイエースが停車した。通行止めする車道のど真ん中で、何の遠慮も無く停まる車の方へと歩いて行く影がある。
瀬戸ユウを担ぐ火群に、長剣を担ぐニアだった。
「よっと」
立ち上がり、大きく息を吐く。
「行くよ。迎えが来たみたいだから」
背を向けて歩き出す。照準の気配と殺気は未だ背中にこびりつくが――立ち止まって、首だけを回して後ろを一瞥した。
「キミに引けるかい」
「わっ、私は貴方なんか……偽物の、ホープなんかっ!」
言葉を絞るようにして。
同じく、銃爪を絞る。
銃声が轟き、彼女の眼前で銃弾が何かに当って地面へ落ちた。
「っ――バカにしてっ!」
怒り任せに拳銃を投げつける。立ち止まった少年は、それを受け取ってまた背を向けた。
片手を掲げて別れを告げる。再会を誓わなかったのは、彼にしても、あまり会いたい相手ではなかったからだ。
◇◇◇
ハイエースの胴には『WSO』の文字。
World Singular Organization――世界特異機関である。
かつて単なる研究機関だったそれは、極めて高い専門性と広い範囲での調査を要するために国連機関の一つとなっている。今ではどの機関よりも保有施設を多くしているが、しかしその知名度が高いというわけではなかった。
運転手の男はまだ若く、屈強な肉体を持っている。
警察に一言二言話すだけで、包囲されかけていた桐谷たちは開放され、ハイエースに乗り込んだ後、行く先も知らぬまま移動を開始した。
「しかし、アレだな。佐伯に手を貸してもらうなど、ゾッとしないな」
後部座席で、少女が額に脂汗をにじませながら軽口を叩く。
「しねえならいいんじゃないか」
「……ゾッとしないで調べろカスが」
「ねえ、そういえば訊きたいことがあるんだけど」
今度は火群が声をかける。どうやら、共通の認識があるようだ。
「マドカ、あなた――」
「おい!」
「……あら」
「名前で呼ぶんじゃねえよ!」
少年は助手席で男を一瞥した後、振り返って火群を見る。
「まどか?」
「ぶっ殺すぞ」
「そう、佐伯円佳。可愛いでしょ?」
「……お前マジで後で覚えとけよ」
「脳筋に出来る事ってあるのかしら」
短く舌打ちをして、男は深くペダルを踏み込む。
車はぐんと速度を増して、事故の影響か、対面の渋滞するの景色を怒涛の勢いで背後へと押し流していった。
市街から向かうのは郊外。
機関の研究施設。そして桐谷洵が五年間幽閉された場所である――というのを、彼はまだ知らない。