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Event.-0《計画、凍結》

 光林高校は朝から忙しそうにあちこちに走り回る生徒の姿が見受けられる。

 校門には大きな門が出来上がっていて、カラフルに着色されている。そこには『光林祭』と看板が掲げられており、なるほど今日はこの高校の学園祭が催されているのだとわかった。

 十月三週目の土日を利用して開催するその学園祭は、先週の発砲事件があったというのに予定通りに催されている。さらにその近辺で起こった大量殺人事件に関しても、それはニュースにすらならず、地方新聞の片隅にすら載ることはなかった。

 またその事件を機に失踪した桐谷洵、火群ほむらつぐみの両名は学園内での噂はともかくとして、それが外へと持ち越されることはなく、また時の流れとともにその話題性も褪せていった。

 その事に際して物議が交わされるのはネット上。しかしそれも、数日中に鎮静することになる。

 そこに何か強大な権力が関わっていることは明らかだったが、それが『世界特異機関』であることを知るものは居ない。


  肩ほどの金髪をさらに括った女性は、その琥珀の瞳で少年を見据える。

 渡された銃を桐谷洵へと投げ返したリサ・イマジンは、どこか後悔の滲む視線で少年を一瞥してから、踵を返すように背を向けた。

 寒風吹き荒ぶビルの屋上――そこからは、高校の様子がよく見えた。

「殺さないのかい」

 軽口っぽく言いながら、自動拳銃をホルスターに戻す。彼が羽織るジャケットは、もう高校のものではなかった。

「理由が無いです。殺す理由なんて」

 説得されたのか、納得したのか。

 リサの向こうで、腕を組むレイドがにやにやと笑いながら始終を見守る。

「まあ、なら助かるんだけど」

「殺すのは意味が無い……だけど、貴方と一緒にいると、私が辛いんです。まだ記憶も殆ど残っていますし……いいですよね」

「ちょ――待って、早まらない方がいい」

「じっ、自殺じゃないですよ! レイドさんと、少し世界を見てくるんです。機関の追っ手が来るかもわかりませんし」

「そうですわ。何よりも、あたしたちにはちからしかないですから」

「女二人旅ってのは、不安だなぁ」

 少年の心配もよそに、並んで振り返る二人は、穏やかに笑っていた。

 よく晴れ渡った空の下。肌寒いその中でも、彼女らは朗らかな様子だった。

「安心してください。その時は、貴方の記憶でも消費して《空想投身》しますから」

「酷いな、僕はこの一週間死に物狂いで頑張ったんだよ」

「うふふ。わかってますのよ。リサは、気恥ずかしくて、貴方にはまだ気が許せないだけですの」

「ちょ、レイドさん! やめてくださいよ!」

 半ば叫ぶようにレイドの暴露をかき消す彼女は、少女の腕を引っ張って階段室へと引っ込んでいく。レイドは最後まで少年に手を振って、彼はそれに応じて笑った。


 入れ替わるようにしてやってくるのは四人衆。

 黒いタートルネックに紺のジャケット、ひざ上のチェック柄のミニスカートにタイツを合わせた火群は、長い黒髪を頭の高い位置で一括りにする。

 瀬戸ユウは相も変わらず赤いパンツに、黒のタンクトップ。異なるのは右腕の肩口に包帯を巻いて、その先を喪失していることだろう。

 続くのは、灰色のパーカーに黒のぴっちりとしたジーンズを来た少女。左腕を、三角布で固定している。

 さらに全身包帯だらけの巨漢は何かの冗談のようで、さらに左腕の肘から先を喪失していた。

「佐伯さんは、良く生きてたね」

 特に目立った巨漢に、感想を述べる。柵に寄りかかり、少年は笑顔だった。

「あぁ、死ぬかと思ったぜ。まあ死にかけてたんだが、奇蹟だな」

 たはは、と笑い、全身の痛みに喘ぐ。

 そもそも彼は起きて動いている時点で異常なのだ。一般人――でもないが、少なくとも健常者なのに、回復力は異常だった。

 本来ならば入院している筈なのだが、「性に合わない」という事でこの場に居た。

「あーあぁ」

 言葉にならぬ呻きを漏らすのは、珍しく火群だった。

 彼女は少年の脇に来て、柵に身を乗り出して学校を指さす。

「一ヶ月間準備頑張ったのにな」

 文化祭実行委員長。かつて学校内でそうだった肩書きは、外に出れば全く無意味なものだった。

 もっとも、火群は今回何もしていないから、彼女だけは学校に戻っても良かったのだが――彼女はそれを拒絶し、ここに居た。

「まあ、どんまい」

「なあ大将、これからどうするんだ?」

 告げる瀬戸は、その手に旅行雑誌を握っていた。

「うぅん、一度スウェーデンに行ってみたかったんだがな。どうだ、ジュンは」

 訊かれても居ないニアが答え、彼女経由で言葉が届く。

 少年は苦笑しながら、頷いた。

「いいんじゃない。機関が、本当に自由をくれるなら、だけどね」

「疑りぶけェなァ大将は。人を信じるって、大事なことだぜ?」

「全くもって同意だ。むしろ、機関から脱走するくらいの気概を持って行動しろ」

「お前ら、坊主にキビシイのな。まだ、ようやく終わったばっかじゃねーか。少しは、ゆっくりするって考えないのか?」

 佐伯が呆れたように嗤う。笑った分だけ、また痛みに喘いで、しまいには座り込んだ。

 ――佐伯を除く負傷は、概ね完治している。

 ニアの骨折はもう暫くかかるが、瀬戸の喪失した腕は複製体からの結合が可能であり、佐伯も細胞からの精製が検討されている。不可能ならば義手だが、彼はむしろ後者を希望していた。

 桐谷も同様、複製体からの肉体の部品を摘出して癒合。破裂した内臓、へし折れた骨は全て元通りになっている。

 ならばその後はどうするか。特異機関、第一実験部隊の面々の行く末はそこで交わされた。

「それで、どうする? これから」

 傍らで、囁くように火群が言う。

「どうせ救済だろ」

 ニアが言った。小馬鹿にする表情は、爆発の衝撃に吹き飛ばされて街路樹に突撃を経て地面に叩きつけられ、右腕及び胸骨を骨折した今でも変わらない。

「茶化すなよ、結局僕は、誰も救えてないだろ」

「大将は弱ェからなァ」

 だから前々から考えていたことがある。

 世界は広い。

 そして五年より前の記憶は他人の物だ。

 自分だけのものがほしい、と思った。桐谷洵としての自我が欲しいと思った。

 ――リッシュがその気になれば、己など瞬殺できたはずである。

 だが彼がそうしなかった理由は、やはり少年にはまだわからない。

 わからないついでに嘆くように空を見上げれば、透き通った空気が鮮やかな蒼穹を演出していた。

 綺麗だと思う。この空の下で、本当に救済を望んでいる人間は、確かに居るだろう。

 ホープ・ウォーレスの殻を破った複製体は、しかしその自覚はなかった。自覚はないなりに、だが希望があった。

「旅をしようかな」

 世界を見たいと思った。視野を広げたいと思った。自分を試し、誰かのために出来たら良いと思う。

「そう、いいんじゃない?」

「まあ、これから決めるんだけどね」

「ま、ジュンにしては妥当なところだろう。大海を知るべき、というものだ。私もたまには、広いところに行ってみたいと思っていた」

「……ん?」

「大将が決めたんなら、オレァなんでもいいけどな」

「は?」

 会話は噛み合っている。

 だが、少年が前提としたものとはやや異なっている気がした。

「にしても、すげーよなあの女」

「確かに。ジュンの考えをまるっと読んでいる」

 手にした旅行雑誌を片手で開く。どうやら、リサかレイドが、すれ違いざまに渡したらしい。

 やがてがやがやと本を片手に騒ぎ出す二人を尻目に、彼らに話したのが愚行だったと窓へと顔を向ける。

 いくつもの戦い、死を経て今己が生きている不思議――なんてことに意識を向けても、だがこの状況では集中できなくて。

 感慨に耽る暇なく、空を見上げた。

 彼らが訊いたのは桐谷洵の行く末ではなく、第一実験部隊という集団で活動したこの四人、ないし五人のこれから。

 思いもよらなかった。もっとも、一人でどこかに行く気もしなかったのだが。

「偽善者ね」

 火群が言う。

 その通りだ。

 救済だの、平穏だの、歯が浮くような台詞の数々は、頭が冷えた今聞けば総毛立つ。

 だが、そうしたいのは事実だ。

 もうこの際、偽善でもなんでも良かった。自分のしたいことくらい、好きにさせてくれればいい、と思った。


 空を眺めていれば、やがて飛んできた雑誌の角が喉に突き刺さる。

 それを見ていた佐伯は笑って、悶えた。

 視線を落とせば、何やら言い合いをしている瀬戸とニア。隣で、それを聞きながら文化祭の様子を見ている火群は苦笑していた。

「まったく、騒がしいな」

 だけど満たされる。

 本当に救済されたのは、己だったのだろう。

 ようやく理解できた事実。

 誰かが望んでくれた己の平穏に、気が付けば首までどっぷり浸かっていた。

「あ、マコト君。アレ」

 肩を叩かれて振り返る。指差す先、一車線の往来で、同様に彼らを指さす黒服の男が二人居た。

 機関の追っ手だろうか。

 少年は逡巡の間もなく、口にする。

「さて、と」

 何が平穏だ。

 少年は先程胸中に漂わせた言葉を吐き捨てて、身体を起こす。

 彼の動きに、他の三人が注目した。

「行こう」

 どこへ、とは誰も問わない。

 誰もが選べて、持て余す可能性は、無数に広がっている。そこから一つなど、到底選べる筈もない。

 五年間の空白を経てゼロへと至った彼らの時は、再びゼロから一を刻み始めた。

 動き出した刻は、もう止まらない。

 彼らはその、一を刻み始めたばかりだった。 

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