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1.ニア・トロイ

 仲間三人が先を行った。

 逝ったわけじゃないし、見捨てられたわけではない。

 これはさながらゲーム感覚で、ニア・トロイは自分の判断でそこに留まったのだ。

 目の前には見慣れぬ男の影。先ほどのディメン=レイクと同じく、この通り道で待ち伏せを仕掛けた一人である。

 だから警戒したが――たった一人が応対するだけで、他の者を見逃してくれる。

 舐めてかかっているのかと思った。それはだから、ゲーム感覚なのではないかと。

「貴方に舐められるほど、落ちぶれてはいません」

 少女は二度負けた。

 一度目は侮って銃で撃ち抜かれた。二度目は、倒せるチャンスを捨てて倒された。

 三度目の正直と言う。

 剣を構えれば、自動的に左半身を覆う装甲が出現した。

「そんな原始的な武器が通ると思うのか?」

 坊主頭の男は、胡散臭い丸いサングラスをかけていた。構えるのはMP5――短機関銃である。

「そんな貧弱な威力では、私に通らないんですけど?」

 相手は射程で、少女は防御力の面での話を通す。

 故に会話が交わることはなく、男は悟ってトロイの頭の残念さを悟った。

 だから男は、有利なのではないかと悟った。

 この時点でいきなり”咎”を使えば、不意打ちでぶち殺せるのではないかと判断した。

 早計にすぎない決断だったが、

「ふん、雑魚め」

 相手が彼女ならば些末事だと切り捨てるその判断は、果たして――。

「まあいいさ、手短に終わらせる――命を刈り取れ、肢体を引き裂けッ!」

 男から発された言葉が限りなく悪意に満ちた怨嗟であったなら、どれだけ良かっただろうか。

 その言葉は、然るべき年齢に卒業しておくべき衝動を引きずった結果である。聞いただけで身悶えするその言い回しに、彼女は総身を粟立ちさせた。

 背筋が凍る。痛々しさだけが、耳の奥にこびりついて離れない。

 しかしその滑稽にして白々しく、無意味なある種の殺し文句には、確かな実績があった。

「……え?」

 構わず走りだそうとした時、動いたのは両腕だった。

 体勢を崩して身体は倒れこみ、地面を受け止めようと両腕を伸ばした時、実際に可動するのは両足だった。

 わけがわからない。足を動かそうとして、腕が動くなんて――。

反転操作リフレクション・ユーズ

 男はなぜだかそう告げる。

「半径二十メートル以内の対象者のみ、肉体の可動部位を入れ替える」

 例えば腕を動かそうとすれば足が動き、また逆も然り。

 わざわざ教えてくれる男の性格を、トロイはようやく把握する。

 強烈な阿呆だと。

「すごいですね」

「……! ああ、貴様には到底突破出来ぬほどにな!」

 足の指を動かそうとすれば、手の指が動く。目は問題なく、発声した限りでは口腔も同様。

 少女は理解する。

 この勝負、長引くわけがない、と。

 ――恐ろしく人気のない状況。

 月曜日で、既に午前九時近いこの時間帯に――これほどまで人が居ないとは。

 遠くの方で、救急車やパトカーのサイレンが響いている、ような気がする。

 杞憂で終わればいいのだが、こと今回に限ってはそうならないだろう。

 そして皮肉なことに、このオフィス街は先日戦闘を行った場所であり、まだ窓ガラスが割れたビルなどが目立っていた。


 やるしかないのだと少女は覚悟を決め、立ち上がる。 

 男は僅かに狼狽した様子を見せたが、少女は気にも留めずに剣を構えた。

 しかし短機関銃は、その時には既に照準されていて――連続する発砲音。構えた剣で第一射の弾丸を弾き落とすと、その勢いを保ったまま剣を地面に突き刺した。長剣を支えにして強く掴み、左半身を前にして、全ての銃弾を脇腹で受ける。

「く……!」

 凄まじい衝撃が、鉄壁越しに伝わって全身に激痛が走る。

 だが男にとって、彼女の行動こそが脅威の一つだった。本来、動けるはずもないのに――超重量の剣を扱い、身体を反転させて見せているのだから。

 アスファルトを砕いて突き刺さる剣を引き抜き、既に失せた銃声の根源へと振り向く。剣を構え、少女は駆けた。

 男の手元からこぼれ落ちた空の弾倉が地面を鳴らし、腰に回した手先が素早く予備のソレを手に握る。本来ならば広範囲を制圧できる武器だったが、しかし男は、最早無意味だろうと悟り――。

 男は噛み締めた歯の隙から苦渋を漏らすように、サブマシンガンを放り投げた。

 彼女は大袈裟な動作で袈裟に落とした剣で、それを叩き落とす。半壊してフレームがへし折れた銃は地面に弾み、さらに一息。

 腰からナイフを抜いた男の切迫を、彼女は許してしまう。

 咄嗟に振り上げた刀身に、襲いかかる刃が叩きつけられた。ジリ、と鋭い摩擦音が響き、眼前で火花が弾ける。

「……、遅い、だと?」

 銃弾を叩き落とした剣筋は無く、あくまでナイフに対応するに十分な力加減。

 にっ、と嗤う男。彼は状況を看破した。

「はッ、わかったぜ、見えた。貴様の攻略法がな」

 つまりは対応能力だと、男は判断する。

 相手が弾速ならば音速超えを、相手がアスリート級ならば百メートルを走るのに十秒以下で。彼女はどう頑張っても、相手次第で相手と同等の力を出すのが限界なのだ。

 彼がそれを知るのは極めて偶然だったが、戦闘においてその気づきは、どうあっても彼の戦力足りえるのだ。

 だが、笑った直後に蹴り飛ばされた。腹を前蹴りで射抜かれた男は弾むように数歩後退し、

「はははッ!」

 少女が構えるより速く、身軽な動作で再び懐に潜り込んだ。

 両腕を上げた構えは大上段――だが、刃は既に、喉元へと至り。

 鋭く冴えた刀身が喉を切り裂いた。だが振りぬいた直後、男に手にはナイフが握られておらず、通り過ぎるようにトロイの後方へと抜けた。振り返りざまに見た少女の、喉からナイフが生えるシルエットを見て、なるほどと彼は納得しかけて、

「……ああ?」

 返り血を浴びぬ己に疑問を抱き。

 緩慢な動作で振り返る少女に、妙な倒れ方だと違和感を覚えた。

 しかし、と男は目を見張る。

 いやいや、あのナイフは”分解”されているのではないかと。

 やがて遠目からも消えてなくなったのが見えたのは、少女が完全に男へと振り返った時だった。

 傷跡もなく、ナイフもない。そこらに落ちた形跡もないし、完全に”吸収”されてしまったと男は判断する。

 正確には《精製素子レフィニクション》を用いて、傷を作るナイフを変質させて刺創を塞いだのだ。イメージとしては、溶岩に落としたナイフがその先端から溶けていくような感覚である。

 喉に異物が挿入された感覚を思い出して、トロイは軽くえずく。

 そのまま、納刀するように腰だめに長剣を構えて、少女は静かに腰を落とした。


 敵が強者で無いならば適応できない。

 事実である。

 だが今目の前の男の咎以外に適応しない理由はひとえに――必要がないからだ。

 そもそもトロイに於ける《適応》とは半ば反射な肉体の反応であり、ソレがない今となればつまり、恐るるに足らず。


 男の残る武装は無く、腰に備えたポーチには幾つかの予備弾倉が詰まっていた。

 遠くで響いていた銃声もやがて失せていることに気づく。男は、そろそろか、と決意した。

「逃げますか?」

 一歩、後ろへ退いた男へと、鋭い視線と共に挑発を投げる。

 ぐっ、と歯軋りの後、男は引きつったように笑った。

「命あっての物種だからな。貴様など、いつでも殺せる――」

 言い終わるよりも、彼女の疾走は速かった。

 適応する必要がない――つまりは、全ての面に於いて彼女が優っている。その判断が、男には絶対的に不足していた。

 背を向ける。

 慌てたが最後、足先が絡まったようにバランスを崩す。前に、倒れかけた刹那。

 まだ少女とは数歩程度の距離は保っていたはずである。だがトロイは、限りなく無感に近い感情で、殆ど反射的による運動で剣を抜いた。

 剣の煌めきを確認できた時には、もはやその閃きの軌跡を残像として彼女の網膜に焼き付けるだけで終えていた。

 円の軌道。

 男の総身は胴から縦二つに分断されて、そのまま地面に叩きつけられる。

 トロイが行う見よう見まねの居合は、しかし特殊にして尋常ならざる身体能力故に絶対的な破壊力を有していた。その長剣を軽々と扱う基本的な身体能力は、伊達ではないということである。

「ふう」

 初めて人を殺した。

 そうすべきだったのだろうが、思った以上に何の感慨もなかった。

 こんなものか。そう感想を漏らして見上げる空は、分厚く灰色の雲に覆われていた。

「雲行き、悪いですね――」

 しかし愚痴る間もなく、彼女は男の死体を最後に一瞥してから走り出す。

 体の動きはすっかりもとに戻っている。先程よりは、随分走りやすい。

 追いつければ良いのだが。そう思った瞬間、地面が沸騰したかのような振動が湧き上がり。

 背後から巨大な壁として怒涛と迫る衝撃の波が、ニア・トロイの矮躯を飲み込んだ。 

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