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Event.4《救済》

 銃弾を取り除き、傷の癒合、輸血までを施した結果、彼らは六時間を費やした。その末に瀬戸ユウを除いて、傷の完治を達成していた。

 新車独特の匂いを感じながら、ガタガタと揺れる路上を走るハイエースの助手席で、少年は前を見据える。

 視界端を怒涛の勢いで流れていく景色に、意識を流す。緩やかに、今後の行く末を見定めようとして、その前に思い立ったことを口にした。

「君等まで、着いてくることはなかったのに」

 後部座席にはニア・トロイと瀬戸ユウが並んで座る。瀬戸は胸から腹をコルセットでキツく縛り上げていて、未だ結合していない骨を固定する。動けばせっかく治った内臓が傷つくが、その点については”覚悟する”しかないだろう。

 さらにその後ろでは、腕を組んだ火群。車が大袈裟に振動する度に、レザースーツを纏う彼女の豊かな胸も連動するように、たゆんと揺れた。

「坊主、意固地になんなって、なぁ?」

 運転席で、表情を緩める巨漢が静かに言った。佐伯円佳の操るハイエースの運転席、シフトレバーの脇には、アサルトライフルが固定されている。

「だって」

「だってではないだろう、ジュン? お前でどうにかなる問題か」

「そうだぞ大将、お前にゃリッシュしか見えてねェかもしれんが、まだ四人残ってるんだ。そのうち一人は、まだ姿すら知れねェしよ」

 仮に一人で来ていれば、死なないにしろ時間に間に合う可能性は極めて低い。

 午前八時三○分。残りは五時間三○分。

「大将よ、あんま過信しすぎてっと死ぬぜ糞野郎が」

「……君は、僕のことが嫌いなのか、気に入っているのかよくわからないね」

「黙ってついてくりゃあ良いんだよ。今のオレなら、誰にも負ける気がしねェ」

 彼の言葉に肩を竦めて、ジャケットの下から自動拳銃を抜く。他の武装は無いが、相手が相手である。どんな武器を持とうとも、そこに決定的な違いは見えないだろう。

「にしてもよ、マジで学校なのかぁ? 坊主、連中のメリットはなんだ」

「メリットなんてないよ。理由は僕にもわからないけど、レイドが着ていた制服は間違いなく、僕が通っていた高校のものだ」

「もしかすりャあよ、学校でのほほんと一緒に過ごせたッつー可能性も、あったんじゃねえのか? なあ大将よ」

「知らないよ、知った所でもないし」

 仮にそんな話があったとして、だが戦闘は免れない。

 さらに言えば、彼らが己を狙う理由すら不鮮明であるというのに、仮定の話には身が入らない。

 ――咎人の殲滅。

 リッシュはそう言っていた。ならばなぜ、一般人の被害が出そうな学校を戦闘のステージにするのだろうか。

 彼が咎人が世界から消えることを願う理由――それは恐らく、最終的な平穏という境地に変わりはないはず。

 ならば、分かり合えるのではないか。

 少年は激昂の末、いまだ諦められずに居た。

 リッシュの救済。

 ホープのかつての師であり、誰よりも深く理解し合った友人。彼の意思を継ぐなら、誰よりも彼に手を差し伸べるべきなのではないか。

「学校じゃあガキどもが大量に死ぬ。連中の目的はそこに――」

 言葉を打ち消し、「ぬ」と低い声を漏らす。

 佐伯円佳が野生の嗅覚で危機を察知した刹那、頭上から降り注ぐ人影。

 自殺者かと思われたそれは、直後にボンネットへと張り付いた。凄まじい衝撃がフロントガラス前面にヒビを入れ、視界を覆い隠す。

 ――異常なまでに車通りの無い往来で。

 不気味なまでに人気のないオフィス街で。

 破壊の魔手が、ボンネットを木端微塵に吹き飛ばした。

 車中の五人は顔を合わせることもなく、そのままドアを開け放って外へと飛び出る。およそ時速八○キロで走っていたその車外――ハイエースがボンネットの男を乗せたまま過ぎていくのを見送っていく。

 虚空に出現した不可視の椅子のような何かに受け止められた五人は、ゆっくりと地面に足を付けた。

 その時。

 暫く進んだ先で、車体が勢い良く弾んだ。連鎖するように車体から炎が湧き上がり――爆裂音が轟き渡る。朝のもやが瞬時に払拭されて、蒼穹からの陽光が爆炎に飲まれて眩く閃く。

 大気が弾ける。轟音が全身を殴打するような衝撃を放ち、眼前で火柱が立ち上がるのを、彼らは見た。

 吹き飛んだ車の破片が、炎に焼かれながら落下する。鉄の焼ける異臭が辺りに漂い、思わず狼狽する四人の中で、少年がいち早く前に出た。

「ディメン=レイクか……彼は、僕が!」

「まあ待て坊主よぉ。ここは下っ端の運転手が男気を見せるところだぜ?」

 走りだそうとする少年の肩を掴む巨漢。彼の動きを制する佐伯は、肩に担いだアサルトライフルを構えながら、桐谷の前に踊り出た。

 周囲に撒き散らされる灼熱が”弾ける”。

 その中心から現れるのは、銀髪の男。黒衣を纏う青年は、ゆっくりと歩みを進めた。

「正気、ですか。まどかさ――」

「野郎より先にぶっ殺すぞクソ坊主!」

「佐伯さん……あなたは」

「なァに、連中の相手は飽きる程やってんだ。今更一人や二人、なんてこたぁねえんだ」

 選択の余地は無い。

 任せるか、突撃するか。

 少年に目的があるならば、ここで時間を費やす暇などありはしない。

「頼んだ、佐伯さん」

「ああ、行っちまえ」

「――円佳」

 呼ぶのは、火群。振り返って彼女を一瞥する佐伯は、片手を掲げて返事をした。

「知ってんだろ、おたくさんならよ。俺ぁこんな所じゃ死なねえよ」

「そう、だったわね」

「ま、そっちはそっちで頑張れよ」

「ええ」

 レイクの特攻を見る。

 佐伯が応じて走りだす。

 彼らの背を見送り――四名は、脇を抜けて走りだした。


「糞ガキが」

 掌底が水月に打ち込まれて久しく、衣服が突如として消滅した。

 アサルトライフルの牽制も虚しく、弾道が見えているかのように肉薄する相手との距離は縮まる一方で、だから男は、そんな暗澹たる呟きを堪えることは出来なかった。

「俺はガキなどという年齢ではないぞ、貴様ァッ!」

 発狂に似た咆哮。耳元でスピーカーが音を弾いたかのように、超音波が波紋となって大気に電波する。

 頭の奥で、きいんと硬質の感触。耳鳴りが響く。

 レイクが真っ直ぐと迫る。銃を構え、照準する間もなく発砲――。

 反動が肩を打ち付ける。つんざく銃撃音が佐伯から他の音をかき消すその瞬間。

 やはり牽制になどならず、掠りすらしない銀髪が、引き金を絞る右手を、腕ごと掴みあげた。

「……ッ!」

 血管が浮き上がる。全身の血液が逆流している、あるいは血が針に成り代わってしまったのではないかと錯覚するほどの激痛。

 後に、爆発。

 右腕が血肉を弾け、肘の先から吹き飛んだ。

「がッ――ざ、てんっめ……!」

 右拳で男へと殴りかかる。だが、右腕は細切れになった肉よりもさらに細かく飛び散って存在していない。

 アサルトライフルの銃身を振りかぶって見るが、既に後退したレイドには当たるはずもなかった。虚空を薙ぎ払うアサルトライフルを構え直そうとして、振りかぶったままの姿勢からバランスを整えられずに、その場にすっ転ぶ。

「くッ」

 立ち上がるより速く、銃弾の速度に対応する男はすぐ近くまで迫っていた。

 寝転がったままアサルトライフルで応射。だが照準すらままならず、弾丸は空に近い虚空を撃ちぬくだけだった。

 ――逆境だ。

 男が嗤う。

 怖気を知るような殺気に、地面を転がる頭を蹴りかけたレイドは、そのまま男を飛び越えて距離をとる。

 ――逆境だ!

 重い肉の塊としか感じられない肉体を起こせば、重さの比重が異なって左に傾く。

 歯牙を剥いて口角を釣り上げる佐伯は、ゆっくりとした動作で振り向いた。

「どうした、絶好のる機会だったのによ」

 それとも、と。

 これ以上、上がるはずのない口角が、さらに引きつった。

 口は完全な三日月を描き、その端を鋭く切り裂く。悪魔のようだ、とレイドが思った時。男は、それを口走った。

「見てぇかよ、《悪夢ナイトメア》。見せてやるぜ、なあ、相棒――」

 棒立ちの男から、漆黒の獣がはじき出された。

 狼だと断定した時には既に、その鋭く研ぎ澄まされたナイフのような牙が喉笛を噛みちぎっていて、レイドが見たのは男と狼とを繋ぐ黒い影のような残渣だった。

 ”曖昧”な激痛が迸る。

「貴様……!」

 声が出る。

 手の甲で喉に触れる。感触があった。

 幻覚か――そう判断した瞬間、銃声は既に轟いていた事に気がついた。

 まず右腕の肘裏がはじけ飛んだ。千切れはしないが、骨が砕ける感覚と、肩から下が動かなくなるのを理解する。燃えるような激痛が、続いて右足の腿をぶちぬいた。

「はッ……く、そが……!」

 走れず、歩けず、立てず、レイドはその場に跪く。

 握った拳を地面について身体を支え、前を見据えれば歩み寄る佐伯の姿。

 動けぬまま、上げた顔の額に銃口を押し付けられた。為す術もなく、納得できるわけもなく――レイドは、死を垣間見る、その瞬間に言葉を零す。

「貴様は、咎人、だったのか」

「バッカ野郎が、俺ぁしがない運転手だ。んな大層なもんじゃねえよ」

「なら、あの幻覚は」

「はん、ありゃあ……そうだな」

 銃爪に指をかける。

 既にその顔は、最初に見た無愛想な無表情に戻っていた。

「奇蹟、とでも言っておくか」

 かつての相棒である男の咎は、確かに《悪夢》だった。先ほどのように狼を見せるチャチなソレではなく、成長したあの男は誰よりも強かった。佐伯はそう確信しているし、だからこそ、今でさえ死んでしまったことが悔やまれる。

 引き継いだのか、と言えば笑えるだろうか。

 だがしかし――こういった、途轍もない危機では、いつでも《悪夢》が背中を押してくれていた。

 ギルティ・プロジェクトの第三段階。

 六年前の逃走劇の最終決戦でも、そうだったことを彼は明確に記憶していた。

「じゃあな」

「奇蹟ならば、仕方がないな……」

 奇蹟に殺されたなら仕方がない。男の実力ではないなら――幸運の女神に横っ面をひっぱたかれたなら、まだ納得ができる。

「だが――貴様も逝け……なあ」

 男が寝転がり、懐から落とすのは手のひら大の箱。中央にはボタンがこしらえてある。

 戦慄する。

 レイクはそもそも、負けるつもりなどなかったのだと。

「派手に行こうぜ、男なら!」

 銃声が響く。男の額に穴を穿つ。突き抜けた弾丸が脳髄を尾に引いて突き抜けて――レイクが叩き落とした拳が、スイッチを力強く押し込んでいた。

 凄まじい衝撃が、周囲の高層ビルのガラスというガラスを余すこと無く破壊して往来へと降り注がせる。

 その”現象”にも似た爆発は往来の奥から連なるように佐伯のもとへと迫り、高層ビルを飲み込んで巻き上がる巨大な火柱を目の当たりにして、思わず笑った。

 なるほど、こいつは負けた。執拗にこの辺りに爆弾をしかけていたのなら、もはや言葉もあるまい。

 そう思って、手から銃を零して落とす。その音は、もう耳には届かなかった。

 夜が明け、もう数時間もすれば昼にもなろうという時刻。

 閃光は周囲の色という色を全てかき消して爆発色に染め上げる。初めは白く、次に赤く、といった具合に、街に破壊の限りを尽くして回る。

 ビルの崩壊も、路面の溶融も、何もかもが目まぐるしく巻き起こり――。

 四車線道路を挟むような、両脇のビルが爆ぜるよりも遥かに以前に、佐伯円佳の肉体は地の底から湧き上がるような爆炎に飲まれて消えた。

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