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4.忍者、再戦

 衝撃がソファーをにわかに弾ませる。

 危険を感知した時、チェアが倒れてぬるい紅茶がズボンを濡らした時、もう照明は消えていた。

 仲吉は手慣れた様子で、腰から自動拳銃を抜いてソファーを飛び越える。そのまま中腰で壁際まで退避した彼を見て、火群と共に桐谷は同じ行動を図った。

「手首内側のスイッチを押しながら、腕輪を押し込め。ロックが外れる」

 壁が背を叩く。

 仲吉の指示。頷いた少年が火群に手を差し伸べた時、同様に彼女も、桐谷の左手首を促していた。

 遠慮をする暇もない。指示に従って左腕を差し出し、彼女のしなやかな指が腕輪に食い込む感触を覚え、鈍い圧迫。カチリ、と解錠の音が鳴り、共に手首に開放感を得た。

 持続する衝撃の中、同じく少年も火群の腕輪を外す。武器はないが――恐らく、瀬戸ユウの暴走だろうと彼は思っていた。

 何かがあった。

 恐らく、”先ほど”仲吉が説明してくれた複製体に関するもう一つの秘密についてだろう。

 彼は見つけてしまったのだ。己のクローンを。

 ――永続だと錯覚するほど繰り返される雷鳴。衝撃は大気を強く振動させて、肌は触れても感覚を鈍くしている。

 

 ひときわ大きな爆発があった。

 瀑布にも似た放電が、眩く室内を照らしていた。影すらもかき消す、凄まじい輝きだった。

 床の瓦礫が宙空に弾けて飛来する。だが、それらが彼らへと届くことはなく、弾かれた大きな瓦礫や鉄骨の破片は尽くが穴の中へと戻っていく。

 部屋の中心に大きく口を広げた穴を見て、桐谷は嘆息した。

「いやな偶然だね」

 彼の言葉に、応じる声はない。

 まったく、軽口にも応じないとは――心中愚痴りながら、少年は何の躊躇いも無しに穴の中へと飛び込んだ。

 直後に足元に稲妻が飛来する。さながら滝登り、あるいは槍投げのような一閃は、しかし眼下の障壁が弾いて霧散させる。

 それが絶えず幾度も続き、頭がおかしくなりそうなほど、爆音の雷鳴が轟き続けた。

 やがて床が見える。バチバチと帯電する人の影があった。

 青年の前に落ちる。防げなかった着地音は、故に少年の存在をすぐさま彼に教えてしまう。

「やあ、癇癪かい」

 顔を上げる瀬戸。彼に対して、少年はいつもの様子で声をかけた。

「大将ォ、オレは――」

 苦渋に満ちた表情。血に塗れた顔は、しかし今は関係ないだろう。

 少なくとも正気ではない瀬戸の瞳を見据えるように、彼は頭ひとつ高い青年の顔を覗き込む。反応した瀬戸は、桐谷を見返した。

 静かに、少年は口を開く。

 今必要なのは拒絶ではない。乗り越えることは、まだ要らない。

 許容、あるいは受容――全ては、認めることから始まる。

「キミは何を見た?」

 瀬戸ユウにとって意外な質問だった。眼を丸くして彼を見て、何故知っていると言わんばかりの嫌疑の視線が全身を嬲る。

 単純な青年は、桐谷が全てを仕組んだ内の一人だと誤認しても仕方がない問いかけだった。だから稲妻が、瞬時に少年の頭を吹き飛ばしてもおかしくはない状況で――だが少年は、威圧するように瞳を捉えた。

 まるで今すべきことの優先度を再認識させるように。威圧は、問いかけに対する答えだけを望んでいた。

「お、オレは……オレ、だ。オレが、オレが、居たんだ。カプセルみてえな中に、オレが!」

「違うよ、それはキミじゃない」

「だけどよォッ!」

「別モノだよ。彼は、自分を瀬戸ユウだって言ったのかい」

「一人、起きたのが居た。だが、何も……オレを、偽物だってよォ」

 目的を失った諸手が頭を抱える。逆立つ髪をかき乱し、瀬戸だとは思えぬほど、弱々しく膝から崩れて屈みこんだ。

「わからねェ、オレは、誰なんだ? なァ大将、オレは偽物なのかよ!?」

 腰を落とし、片膝を立てる。桐谷は、俯く青年の肩に手を置いた――電撃が、直後に全身を巡る。息がつまり、身体中が焼きつくされる。

 意識が吹き飛びかけた。

 指先が、全身が、痙攣して止まらなくなる。

「き、みは――キミだ。瀬戸ユウ! 他に、何がある!」

「大将……オレは」

「瀬戸ユウだ。他の誰でもない、キミの偽物なんか誰もいないし、キミは誰の偽物でもない!」

「オレは……瀬戸、ユウ――そうなんだな、そう、だよな?」

「聞いてくれ、キミの事だ。複製体という、この施設で確立されたクローンがある――」


 生体から脳髄を摘出してコピーするという方法は、確実性のある手段であるものの時間がかかる。時間がかかった分、二度目の複製の際には一度目より劣化してしまった生体脳を相手にしなければならない。

 だから、成功体の数が極めて低くなる。今でも、やはり稼働している成功体は前も後にも今の一体だけである。

 もう一つ、特殊技法というものがあった。

 イメージ的には立体印刷である。

 実験体の脳を丸々擬似的に作り出す手法だ。脳を摘出せず、実際に触れないことでオリジナルを生かしたまま実験を行えるというメリットがあるが、しかし成功率が極めて低く、また成功体が稼働したとしても、咎や体質、性質を完全に反映するとは限らない。

 瀬戸ユウ、ニア・トロイの場合は後者であり。

 ニア・トロイに至っては、未だ成功体の例が完全なゼロである。


「……落ち着いたかい」

 吐き出す唾液は焦げている。

 帯電状態から解けて完全に電撃の失せた青年は、大きく深呼吸をして立ち上がった。

「ああ……情けねェ姿を、見せちまッたようだな」

「気にするタチかい、キミほどの男が」

「たはは、違いねェ」

「それで、ニアは? キミがここに居るなら、一緒じゃないのかい」

「ニア? ああ、あいつなら出口を探して反対方向に向かったが――」

 瀬戸が言葉を切って、振り返る。

 拳を構えた青年の肉体には、再び稲妻の気配が宿っていた。

「ニンジャマスターのお出ましだ」

 漆黒に溶け込みそうな影。既に忍刀を抜いているその巨漢は、その碧眼で青年を捉えていた。

「マッグ・イン……どうしてここを?」

「車を追わせてもらった。さらに言えば、うまい具合に隙ができたのでな。侵入をさせてもらった。容易なことだろう」

「一人かい」

「否。主と共に――だが、貴様は小生の言葉を信ずるか?」

「簡単に嘘をつけるなら、キミ自身そう苦労しないだろう」

「……ふっ、確かに。ここまで貴様が”そう”であると、いささか手合いも引けてくるが……」

 だが、忍者はゆっくりと前へと進む。

 牙を剥いたまま、その忍刀はいずれ血に染まる未来を歪ませない。

「なァに言ってんだてめェは。再戦だろうが、相手はオレだ。やろうぜ、てめェもそのほうが気持ちいいだろ?」

「是」

「なら、僕は先に行くね」

「あいよ」

 少年は恐れた様子も、大した軽快もなく瀬戸の前を行く。やがてマッグの隣を抜ける……が、忍者は一瞥もせずに動きを停めたまま、やがて、少年が通路へと出たのを確認して腰を落とした。

「へェ、紳士だな」

「今気づいたのか。カミナリにしては鈍足ではないか」

「舐めんな。たった三十秒くらいで十層以上の天井ぶちぬいたわけだが?」

「出口はここだ。わざわざ壁をぶち抜く必要もあるまい」

「出るためじゃねーよ! ッたく、てめェ殺すにゃ惜しい野郎だぜ」

 ふふん、と口角が吊り上がる。

 得意げな男を見て、マッグも思わず頬が緩んだ。

「小生を斃せると?」

「他に誰が居るんだよ」

「戯言かと」

「意外だな、てめェも冗談が言えるなんて」

「少年との会話が聞こえていなかったみたいだな。小生は、軽口や冗句を言えぬ体質たちなのだが」

 ばちり、と電撃が弾ける。

 ぎらり、と忍刀が冴えた。

「まァいい」

「ああ、いい」

 行くぞ――と、動くのはどちらからとも無く。

 蒼光と閃耀が、闇の中で疾走した。


 指先から放たれる蒼い閃光は、しなる鞭のように地面を這って忍者へと迫る。足元から弾けた稲妻は――しかし、忍刀の斬撃が両断した。

 迸る雷撃が瞬時に断たれる。直後、忍者は地を駆り跳び出した。

 一定の距離を保とうと身を退いて後方の空間へと飛び込む。だが早計――後ろに空間などはなく、背中はすぐに、天井だった瓦礫にぶち当たる。

 声はない。

 緊張も無い――と思っていたほうが、気楽になる。

 瀬戸ユウは無理やり頬の肉を痙攣させて笑みを作って、抵抗とばかりに全身の待機させる雷撃を放出した。

 殺到する稲妻は、本来人が反応できるものではない筈だった。

 しかし忍刀が翻る度に、忍者へと迫った電撃は瞬断。一筋の閃きの残光だけを網膜に焼き付ける。

 一息の間もなく、下方から振り上がるように喉元へと飛来する刃。そこでようやく、瀬戸は己の懐にまで肉薄されたことに気がついた。

「はッ……」

 叫ぼうとして、喉から空気が抜けるだけで終える。

 目の前に居る巨漢、下方からの刃、背は壁――瀬戸は半ば本能的に行動する。

 瞬間、雷光が瞬いた。

 忍者の刀が虚空を切り裂き、刃は鋭く深い溝を、眼前の瓦礫に刻んだ。

 頭上から、パラパラと焦げた瓦礫の破片が落下する。

 忍刀は、突如として姿を消した瀬戸を捉えることが出来なかった。

「はァ……は、ァ……し、死ぬかと、思ッた」

 瀬戸の言葉は忍者の後ろから響く。息も絶え絶えに、追撃すれば良いものをわざわざ言葉を漏らして立ち止まるその姿に、マッグ・インは苦笑を禁じ得ない。

 真面目な男だ。

 殺すのに躊躇いが必要なほどに。

 ――雷速で頭上まで跳んだ瀬戸は聳える瓦礫を蹴り飛ばして、忍者の頭上を超えて背後へ回ったのだ。

 それを”なんとなく”で把握する忍者もそうだが、しかしその忍者でさえも追いつけぬ速度を、一瞬であろうとも再現できた瀬戸ユウの伸びしろは、それだけで随分と優秀なものであると判断できる。

 素晴らしい逸材だと、つくづく思う。

「オレって、すげェよな」

 冗談交じりに呟くが、しかしこの発揮された咎を謙虚に思えるほどの余裕はないし、これを「大したことはない」と思える程度のものでもなかった。

 自負して然るべし。

 忍者は、にっと笑った。

「冴えているな。この小生もいささか眼をみはる」

「見る目あるぜ。良い審美眼持ってんじゃねェか」

「しかし、だからこそ思うのだが……」

 自覚できていないのだろう。

 口を開く度に鮮血が口唇を濡らして床に散る。

 このまま長期戦に至れば、大怪我を負っている瀬戸はいずれ自壊する。ならば、せっかく認めたその力を心ゆくまで味わうことが出来ないだろう。

 勿体無いのだ。

 だから――全てを凝縮させる。

 勝利こそが目的ではない。マッグ・インにとっての最終目的は、未来ある者に次を託すこと。


 忍者は知っていた。

 正確には、この場所へ赴くにあたって知らされた。

 全てが仕組まれたことであり、ギルティ・プロジェクトなるものの第四段階――そこでは、戦闘員は限りなく不要であるということ。

 それは桐谷洵の為だけの行動。

 ”複製体”がどれほどオリジナルを再現しているかを図る試験。

 それは咎にしろ、精神状態にしろ、体質にしろ、肉体にしろ、今回に至っては区別はない。総合試験、というのが正確だろう。

 桐谷洵はホープ・ウォーレスの複製体。

 かつて散ったと思われたリッシュの言葉は、疑う余地もなく真実味を孕んでいた。


 だからだと、彼は己に言い訳をした。

 主に選定したオクパス=レイドに対する陳謝は既に終えていたが、彼女の行く末ばかりは不安だった。

 せめて苦しまずに逝ければ良いのだが――。

「最期くらいは、好きにさせて戴くぞ」

 瀬戸ユウとニア・トロイは死ぬべきであると知らされた。

 彼らが喪失することにより、桐谷洵の精神が激しく揺さぶられるからだ。

 その揺らぎが、感情の起伏が、特に目立つ変化が際立ってホープ・ウォーレスとの差異を見せる。この機関にとっては、その反応データこそが最重要だった。

「あァ? なんつった」

「――我らは第二実験部隊……パルチザン。最期だからこそ、貴様に伝えることがある」

「……なんだと」

 生気が半ば抜けかけたような目付きが、途端に鋭くなる。

 生きるため、対峙するためだけに迸った電撃が、行き場を求めて肉体に留まった。

「今更言いてェ事なんざ」

「あの少年の元になった子の母は、我らに平穏を望んでいた」

 出産と共に命を落とした彼女は、一年にも渡る逃走の中でも気丈に生き続けた、強い人間だった。

「元になった……? ちょっと待て、そりャあ」

「少年は我らを平穏へと導いた。だが我らは、少年にこそ誰よりも平穏を望んでいた。しかし我々は――」

 誰よりも強くなってしまったホープを止められるものはおらず、また彼の存在が必要不可欠になってから、想っていても、それを叶えてやることが出来ずに居た。

「彼を殺してしまった。我々のために落とした命は、それに同義だった」

「大将が、複製体クローンだと……」

「貴様に問おう。桐谷洵は今、我々に何を望んでいる?」

 鋭く光る碧眼。

 構えたままの忍刀は、未だ冷えて良く冴える。

 気後れしたように、真剣な眼差しに対して誠実に答えようとした瀬戸は、ゆっくりと息を呑んで、口を開いた。

「てめェらの、救済だ」

「……馬鹿げている」

 だがわかる――彼は複製体として、極めてホープを再現しているのだと。

 だから同情せざるを得ないだろう。

 成功体でなければ生き長らえないクローンは、だが成功体である限り、常にオリジナルと比較される。

 個性など無い。彼のこれから得るだろう成果も、全てが『ホープ・ウォーレスの複製体』として認識される。

「貴様、名は」

「瀬戸ユウだ」

「瀬戸か。何があっても、貴様は少年に付いていられるか」

「……親心ってわけか。あァ、いいぜ。別に大将は、嫌いじゃねェ」

 少し、安心する。

 桐谷が、かつての仲間たちに心の底から憎まれて襲われていたのではないと知って――他人ごとながらに、良かったと思う。

 故に、この状況の不適当さが目についた。

 誰も恨んでいない。だから、戦う理由など無い。

「忍者……もしてめェが本心からそう思ってんならよ、今こうして、刃を剥く理由もねェだろうよ」

「……ふ――くっ、はは! 瀬戸、初いな。ああ、そうだ。貴様の思考の飛躍は、貴様が疑い思っているより間違っては居ない。いや、むしろ正しいのやも知れぬが」

 ちっ、と舌を鳴らす。

 腰を落とし、忍刀を逆手に握る腕と徒手とを交差させた。

「道理で通らぬことがある。正しいことが正しいわけではなくなる。貴様らが生きるこの世界は、上に立つ者によってどうにでもなるさ――我々は戦わねばならず、どちらかが、今、散らねばならぬ」

「……いざ尋常にってか。糞食らえだ」

「ならば貴様は、何も出来ずに死ぬことになるが」

「馬鹿野郎が――他に、方法があるだろう!? てめェ……オレ、たちと――」

 言葉を遮るように、ため息があった。

 傲慢さ、慢心さが、この時に至って気高さへと昇華し始める。そこに、決して無視できぬ成長性と、高貴さを垣間見た。

 それだけでマッグ・インは満たされる。もう、その言葉だけで満足だった。

「小生は死なぬ。我が魂は、この刀に宿るからな」

「……わかった、なら仕方がねェよな。だったらせめて」

 説得は出来ぬだろう。固い決意を抱いた相手には、どんな言葉も意味を成さない。

 甲高く唸る雷鳴。全身をバチバチと弾けながら巡る電撃が、辺りを眩く照らし始める。

「全力で、行こうか」

「ならば小生は雷切に至ろう」

 激昂から冷えた頭は、静かに、良く研ぎ澄まされて完全なる成長を遂げた。

 だから今、両者は最高峰の一撃を放つに足る実力を得て。

 屈んだ忍者が、拾い上げた小石を上に放り上げた。

 落下するまでおよそ五秒。

 心音は、今にも心臓が破裂してしまいそうなほど激しく喚き散らしていた。

 考えることは腐るほど在る――ようやく理解でき、納得でき、許容できた男を殺すのは忍びなかった。

 だがしなければならない。女々しく流れる涙があれば、まだ決意できたのだろうが――。

 充電、蓄電、帯電。

 雷撃が、集中とともに矛先を決定する。

 闇の中に溶け込んだ小石が、かたりと床に落ちて音を鳴らす。

 契機。

 命を絞り、燃焼、己の全てを放出する。

 蒼光が爆発した。

 

 一瞬であった――輝きの残像が網膜に焼き付いて、空間に再び漆黒が訪れる時。

 遠くに、赤熱する小さな影があった。

 

 目眩と共に視界が歪む。思わず崩れかけた姿勢を正して、肺に新鮮な空気を送り込む。背にした瓦礫から身を引き剥がしてようやく、空間内から忍者が消えたことを認めた。

 遠方に、赤熱する光を見た。

 未だ帯電する肉体を駆って迫る。

 安置室を抜けて廊下へ出ると、その対面の壁に叩きつけられている忍者の姿があった。

 打ち放しのコンクリートは頑健である。だというのに、その壁は酷くたわんだように歪んでいた。

 放射状に走る亀裂。砕けた破片が周囲に散乱する。

 その壁に張り付くマッグは、その全身を凄まじい熱で焼いていた。身体中が焦げ付き、焼けた皮膚がずれて赤々しい肉を見せる。

「……稲妻を、両断したぞ」

 電熱によって赤熱する忍刀。力任せに壁から腕を引き剥がした忍者は、眼前に来た瀬戸を確認してから、その切っ先を喉元に押し付ける。

「力負けは、したがな」

 それでも、忍者を吹き飛ばしても刀は無事のまま。

 正真正銘、稲妻を切り裂いた忍刀は雷切の名を冠するに相応しい。

「おい、忍者、てめェ」

「マッグ・インだ。覚えておけ――貴様が、超えるべき小生の名を」

「……覚えらんねェよ。体質、なんだ」

「ならば、持っていけ。餞別がわりにしてやろう」

 僅かなひと押し、

 忍刀は肌を焼きながら喉に突き刺さり、瞬時に頭蓋を砕いて脳へと至る。

 自害とも思えぬ、躊躇すらない一撃――それは何者であろうとも、即死だと断じざるを得ない刺創である。

 忍刀を握る腕は落ち、刃は赤く濡れて床に転がる。

 静寂の中、甲高い金属音だけは、良く響いていた。 

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