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3.激昂

 痛みは吹き飛んだ。

 怒りが染み込んだ。

 ふざけるな、と思った。瀬戸ユウは、激昂の境地に立っていた。

 目の前の男が額から鋭い稲妻を迸らせる。しかし意図せぬ電子的干渉を受けた雷撃は、瀬戸の股下の地面を穿って消える。コンクリートの破片は、舞っても彼に傷ひとつ付けられない。

 こんなモノなのだ。

 瀬戸はつま先で地面を叩く。前傾姿勢になって、腰だめに構えた拳を硬く握る。

 電気信号が高加速した。肉体が超帯電した。

 だから青年が疾走はしろうと、考えた時には既に肉体は床を蹴り飛ばしていて――気がついた時には、無防備になる男の腹部を、拳が穿っていた。

 踏み込む音は遅れてきた。

 拳から放電した雷撃が、天井と床を深く抉った。

 爆音が後から反響し――地響きに似た雷鳴が、ビリビリと空間を震わせた。

 男の肉体が吹き飛び、扉脇の壁に叩きつけられる。ややあってから血反吐を撒いた彼は、ゆっくりと床に落ちて落ち着く。

 ――己の偽物、というのがこれほどまでに腹立たしいとは思わなかった。

 雷を完璧にトレースしている。外見とて完璧で、性格だっておそらくはそっくりだ。

 しかし、なんだこの弱さは。

 大概にしやがれ、雑魚が俺の名を汚すんじゃない――。

 床に倒れる男を蹴って仰向けにすれば、既に息を引き取っていることがわかる。よく見れば、全身がぐにゃぐにゃに歪んでいた。全身の骨が砕けたせいだろう。

「馬鹿野郎が……!」

 怒りが収まらない。

 

 ――そもそも、だ。

 外から鍵がかかっている。出口は反対側だ。

 だとして、なぜ空間の最奥である扉の向こう側に人がいるのか。閉じ込められている……と考えても、腕輪のしていない咎人を放置してそのままであるとも考えられない。

 何よりも、同じ容姿を持っている男だ。

 その向こう側に出口があれば、まだ話は違うのだが……。

 出来れば、相手の全てを投影トレースする咎であればいい。

 青年は願いながら、向こう側の空間へと足を踏み入れた。


 相変わらず明滅する照明。薄暗く、今は焦げ臭さが目立つ空間。

 広い通路、両側にはそれぞれ一つずつ両開きの扉。その片方が、開け放たれていた。

 漏れるきらびやかな白閃。強く明るい照明が、薄暗い通路の明度を上げていた。

「なん、だ……ァ?」

 恐る恐る、足音を殺して部屋へと近づいていく。壁から中を覗くようにすれば、強烈な輝きが網膜を焼いた。

 思わず光を手で遮り、それでも目を開いて辺りを伺う。

 強い照明の気配はあるが――人が居る感覚はない。空間内の電子の動きに異質なものがないと感じたからできた判断だが、その高度な咎の操作は意識的に行えたものではなかった。

 凄まじい感情の昂ぶりが咎の成長を促す。しかし現段階で、それを望んだわけではなかった。

「なんだ、ここ……」

 広大な空間だった。

 通路も大概な広さだったが、しかしここはまず次元が違う。

 壁や天井は純白。さらに天井には、グラウンドやテニスコートを照らすような大型の照明装置が複数備えられており、現在はその熱射も加えて空間内を眩く照射していた。

 さらに際立つ異常さは、無数に設置されているカプセル型の装置。

 等間隔で並ぶそれは、土管のような金属製のパイプにチューブで繋がっている。その特大のパイプが幾本か並び、挟まれるようにあるカプセルは横になって二つずつあった。

 そのうち、奥に近い一つのカプセルのガラスが割れていた。辺りには、液体が溢れているようで光を反射している。


 瀬戸ユウは気がついた。

 一番手前の、液体に満たされる中にたゆたう影を。

 その照明の中で尚、枕元に設置されている淡い緑色の間接照明に照らされる男の姿を。

 短い金髪。つり上がった目付きの悪い目。人相の悪さは際立っているが、その穏やかな寝顔はどこか憎めない――己に酷似したその男。それは、頭に器具を装着させていて、さらに身体の至る箇所に妙なケーブルを埋め込んでいた。

 隣を見る。同様だった。

 パイプを超えてさらに隣。前、斜め前。全てが同じ。

 そこに特別な器具がないのを見ると、おそらくはそのカプセル状の培養槽を保管するための安置室なのだろう。

「な……」

 もはや、言葉にならない。

 ――割れた培養槽のもとへ着く。側面には『複製体十号』のプレート。

 製造年月日は今から五年前の七月二十八日とされている。脳、と注釈されるようにペンで記されているのは、さらにそれから一年後の九月三日になっていた。

 製造方法は『特殊』と示されているだけで、他に情報はない。

 他も、年月日が異なるだけで違いはなかった。

 ただ異なる部分と言えば、十以前の数字が記されている培養槽には、身体がないことだろう

 ――それは悪夢にも似た事実である。

 彼が真実を知るまで――瀬戸ユウは、己も同様の製法で造られた人間なのだと、誤認することになる。


 咆哮があった。

 言葉にならぬ絶叫は、全身の血管が破裂するほどの興奮を以て放たれていた。

 照明が明滅する。鬱陶しいと男が感じた次の瞬間には、通路の水銀灯を含めた施設内全ての電気系統が、瞬時にして強制的に”落ちた”。

 そして継ぐような閃光。

 一瞬だけ、空間内が先ほどの照明に負けぬ輝きに満たされる。その光輝は白き闇と呼ぶほどに、全ての視認を不可にして――。

 衝撃。

 秩候研究所が、その地盤ごと大激震した。

 直後に、瀬戸の頭上から無数の瓦礫が落下する。迸る一閃の稲妻が、頭の上の幾枚かの天井を、骨組みや鉄骨、ワイヤーごと力任せに破壊したのだ。

 さらに続く閃光、衝撃、雷鳴、爆音――。落ちる瓦礫が、まだ中に複製体が居る培養槽を叩き潰す。その下から、真紅の液体が溢れて床を滲ませた。

「オレは、オレはオレは、オレ、は、オレは、オレ、オレ、は、ああ、あああ。アアァァ、アアアアァァァァァ――ッ!!」

 迸る閃光。

 およそ己の限界を超えた最上級にして最大限の何撃目かを打ち出した時、だが、雷撃が炸裂した感触と音と、衝撃はなかった。

 遅れてやってくるのは地響きが如き雷鳴。最早慣れた衝撃は、全身に叩きつけられるせいで身体中の感覚を麻痺させていた。

 これを受け止められる相手が――居た。

 思い出した。

 だから彼は、嗜虐的な笑みを作った。

 この際誰でもいい。だから、どうか、お願いだから――否定してくれ。

「オレは、オレ、は」

 頭上に穿った穴の深淵から、落ちてくる気配がある。

 だが男は耐えられない。衝撃がなければ、外部からの刺激がなければ、己が崩れてしまいそうな気がして、幾度も、幾度も、落下してくる少年へと電撃を穿ってしまう。

 だが無傷。

 通じない。

 ――深淵に似る漆黒の中。

 目の前で、着地音がした。 

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