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1.模倣者

「かはッ――クソ、どもが!」

 寝覚めは最悪だった。

 起きて早々、口の中いっぱいに突っ込まれた筒のような何かは、鉄の味を味あわせてくれたからだ。

 白衣の男たちの拘束を振りきって、対峙。瀬戸ユウに逃走の二文字は存在しない。

 顔面を穿ち、奪った自動拳銃で急所を貫く。

 その場に居た三人を無力化した青年は、半開きになった扉から脱出する。

 廊下に出て気づいたことだが――あの白衣の男たちは、どうやら医療施設の人間らしかった。

 彼がストレッチャーごと押し込まれていた部屋は狭く、それを挟んで両側に人が立てば身動きはできなくなる。そんな奇妙な部屋から出た廊下は、同様に薄暗かった。

 天井の水銀灯は明滅して、照明としては不安定。

 淀んだ空気は腐臭に満たされており、長く続く廊下の両側には、締め切られた扉が等間隔で並んでいた。

「……ンだよ、ここは」

 下肢にしか衣服を纏わぬ瀬戸は、担架で己を拘束していたベルトを腹から胸にかけてを縛り付けることで、それをコルセット代わりにする。気休め程度だが、しかし無いよりはマシだった。

 壁は打ち放しのコンクリート。血や油で汚れた壁は黒ずんでいて、通路の前後には似たような鉄扉が固く閉ざされている。

 この場所がなんなのか、どこなのかわからない以上、彼は脱出するしか無い。

 彼に与えられた選択肢は二つに一つ。前か、後ろか――。

 ぎぃ、と錆びた音が静寂を引き裂く。

 思わず反応した瀬戸は雷撃を総身に負荷させようとして、電撃が一度も弾けぬ違和感から、ようやく左手首に腕輪が装着されていることに気がついた。

 仕方なしに身を引いて壁を背にする。勢い余って身体を叩きつけ、青年は激痛に呻いて屈みこんだ。

 対面の扉が開く。

「……なにやってんの」

 間の抜けた声が、青年へ向けられた。

「え、あ……あー。お前もここに居たのか」

「ニア・トロイだ。二度目だぞ、覚えろよとんま」

「悪ィ、体質でな」

 苦笑して、改めて少女を見る。

 彼女は血に濡れた長剣を肩に担いでいる――ということは、医療機関を介さず直接ここに来たのだろう。

「その様子だと、そっちも今目が覚めたようだな」

「その通りだ、まったくやってらんねェッつんだよな。なんで殺されかけて、こんな所に押し込まれてんだかなァ」

「用無しになったと考えるのが妥当か」

「ラ・フランスな」

「それ洋なし。というか、余裕だなお前」

「はッ、気だけでも緩くしてねェと死にそうに痛ェんだよ、これがまたな」

 壁を支えに、立ち上がる。

 選択肢は二つに一つ。だが、どちらかを選ぶだけで必ず答えが得られるようになった。

 問題はどちらがどちらに進むか、という事になるが。

「んじゃまァ、オレはこっちに行くわ」

 親指で、先程まで向かっていた先を示す。

 彼女は、ならば、と長剣を彼女とは反対方向に突きつけて進行方向を指す。

「顔が土気色をしているが、本当に大丈夫か?」

 言葉も無く進みだそうとする彼へと、ニアは声をかけて呼び止める。壁を支えにして歩く彼は足を止めて振り向くと、その口元を引き攣らせて笑顔を作った。

「外に出たらもっと良い面見せてやるよ」

「ああ、そうかい。なら精々生き残るんだな」

 思いの外元気そうな返答に、にわかな安堵を言葉にして吐き捨てる。

 それからニアが振り返ることはなく。

 男が再び、その通路を通ることはなかった。


 下腹部が重くなる。

 脳みそが腹の底に滑り落ちてきたかのように、頭が冴えない。重く、意識が鈍く、吐き気もする。口の中に溜まる鮮血は、いくら吐き出しても湧き出していた。

「マジかよ」

 だいぶ歩いたと思った。その通りに、彼は最奥に到着したのだが。

 両開きの扉には南京錠は無いらしく、また鍵穴もない。だが――その鉄棒の取っ手を押しても引いても、何かに引っかかったように扉は開かなかった。

 どうやら向こう側から錠がかけられているようだ。ならば、外側から鍵をかけられているという事になり、即ち、選択ミス。

 出口は反対側である。

 扉を背にして振り返れば、その薄暗い空間、明滅する照明の相乗効果で、出口が酷く遠くなってしまったような気分になる。

 作戦中に死ぬつもりなどなかった。

 だが恐らく、メンバーの中で最も死に近いのは己だろう。そもそも、あのオフィス街で死んでいてもおかしくはなかった。

「たくよォ、冗談じゃねェぜ」

 いよいよ、この機関というものも信用できなくなってきた。

 この時点でこの二名が用なしになったということは、残るは桐谷と火群。実力から考えるに、恐らく作戦の中心になっているのは火群のはずだが、実質的には桐谷である。

 いや、そもそも――戦闘の要となり得るニ名を外すということは、本当にこの機関は今敵対する六名を倒すことを目的にしているのだろうか。

 何かに秘密があり、瀬戸とニアの喪失によって何かを促すのではないか。

 桐谷洵についての、何かを――。


 考えた矢先に、衝撃の奔流が背後から吹き出した。

 扉が爆ぜる。力任せに開いた鉄扉の隙間から、鋭い雷撃が瀬戸ユウの肉体を貫いた。

 爆発、雷鳴、衝撃、炸裂――入り交じる轟音が、空間内に良く反響する。

 瀬戸は身体を地面に打ち付けて、既にへし折れていた全身の幾つかの骨が、筋肉を裂き、さらに深く内蔵に突き刺さる。

 咳き込みと同時に、冗談では済まない多量の吐血。両手で掬えぬ程の量は、湿った床に溜まり始める。

「がはっ……」

 凄まじい衝撃が、重々しい鉄扉を全開にする。壁に叩きつけられて百八十度に開いたその中心に立つ男は、総身を茶けた軍服に包んでいた。

 短い金髪は総逆立ち、全身からは蒼白い閃光が迸る。

「てめッ」

「……なんだ、てめェは」

「はッ、はァッ――」

 貪るような呼吸。その度に声が漏れて、抑えられない。

 だというのに、言葉を紡ぐことが出来なかった。その余裕がなかった。体力は、既に底についていた。

「眼が覚めたら、似たような容姿の連中が居たが……てめェもか、てめェもなのかよ、てめェもオレのニセモンなのかよォオォオォ――ッ!!」

 獣の咆哮に似た絶叫。直後に迸る稲妻が、掲げた瀬戸の左腕に直撃した。

 稲妻自体は予期し得ぬものだったが、しかし腕を掲げたのは狙ったものである。

 かくして凄まじい衝撃が、左腕を半ばから吹っ飛とんだかと錯覚するような激痛を覚える。息を呑み、全身を巡った雷撃が青年から全ての挙動を、そして思考を奪い。

 瀬戸ユウの肉体から、電気が迸った。

 左手首に食い込んでいた腕輪は、その稲妻に耐え切れずに破壊されたのだ。

 だから彼は解放され――全身に付加する電撃は、シナプスを制御した。

 瀬戸はため息混じりに立ち上がる。動くだけで死にたくなるほどの痛みは持続していたが、そうしなければならなかった。

 前を見据えれば、己によく似た容姿の男。首から提げる鎖は、恐らく認識票なのだろう。

「知るか、強ェ方が本物だろうがよ」

「かはは、だったらてめェ!」

「ああ――試して見やがれ、糞野郎!」

 相手が誰かなんて、どうでもいい。

 自分のコピーだろうが、変装だろうが、正直な所興味が無い。

 戦う理由はただひとつ、己に牙を剥いたからだ。

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