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映画はメールを通して知り合った恋人同士の話だった。
ちょっと盛り上がりには欠ける映画ではあったが、靖男は名前はよく分かっていなかったものの、メグ・ライアンがけっこう好きだったし、トム・ハンクスに関してもよく知らなかったが、どうやら名優であることは映画を見ていればよく分かった。
とくにトム・ハンクスには好感が持てた。
彼と俗に言う『いい男』ではないが、『味のあるしぶい男』だったからだ。
『映画・・・良かったですね。』
映画の幕が閉じた後、思わず靖男は里奈に言った。
『こういう映画、保高さん好きそうですね。』
歩きながら、やはり楽しそうな笑顔で里奈は靖男に言った。
『好き・・・といえば好きですかね・・・。てゆうか何が好きでキライなのか・・・よくわからんです。』
『そうなんですか?なんか哲学的ですね。』
里奈は靖男が何を言ってもあまり否定せずに、笑顔で答えてくれた。
『哲学・・・なんてものではないんですけど・・・なんか特に興味が持てるもんがないだけですよ。』
『へええ。でも釣りも今日の映画も楽しそうでしたよ。』
『そうなんですよ。やったらやったで楽しいんですけどね。』
『じゃあ楽しいついでに喫茶店でも行きませんか?』
『いいですよ。』
時計の針もちょうど16時を越えたところで、少しお茶をするにはいい時間かもしれないな、と靖男は思った。
お店はまたもや里奈が連れて行ってくれた。
そこもまたちょっと洒落たところだった。
『さすがに、吉野家は考えませんでしたよ。』
靖男は柄にもなく冗談を言ってみた。
なんだか克利がいたら『よく言った!!』と褒められそうだ。
里奈は笑いながら『当たり前ですよお。これ以上食べたら大変なことになっちゃう。』と言った。
里奈の笑顔は見ていて飽きなかった。
楽しそうな笑顔、いたずらな笑顔、気遣ってくれる笑顔・・・。
そんないろんな表情を靖男に見せてくれた。
それに対して靖男は何か返してあげられただろうか・・・。
一瞬、そんなこともふと思った。
でもまあ、そんなことは考えなくてもいいんだな・・・と靖男は思った。
今日は頼まれて来たんだから・・・。
そう思いつつ靖男は釈然としないものも同時に感じていた。
『今日は楽しかったです。あたし、こんなに笑ったの釣り以外では久しぶりです。』
『そうですか。』
『保高さんは楽しくなかったですか・・・。』
心配気に里奈は靖男の顔を覗き込んだ。
『いや・・・そんなことないですよ。』
『じゃあ質問です。』
またまた里奈はいたずらな笑顔を作って靖男に言った。
『質問?』
『はい。』
『なんの?』
『さあ、なんの質問をあたしはしようとしたでしょうか?』
『いや・・・わからないですよ。ボクは橘さんじゃないし。』
『まあまあ、そう言わずに考えてみてくださいよ~。』
また分からないことを・・・。
適当に答えればいいのかな。
靖男は考えるふりをしてみた。
というか・・・なんだかこんな瞬間が楽しく思えた。
『コーヒーはどうやって飲むか?でしょうか。』
目の前に靖男と里奈のために運ばれてきた2つのコーヒーカップを見て答えた。
『正解~。』
里奈は楽しそうに答えた。
『え?正解なんですか?』
『正解です。』
『へえ。』
『へえ・・・じゃないですよ。どうやって飲むんですか?』
『え??』
思わず靖男は笑ってしまった。
『あ、やっと笑った。』
『そりゃ笑いますよ(^^)』
『だって保高さん。ずっと笑わないからつまらないのかと思って心配で心配で・・・。』
靖男は笑顔を崩さずに言った。
『大丈夫ですって。すごく楽しかったですから。』
自然な笑顔で女性と話せたのは靖男にとっては初めての経験だった。
『良かったです。今日は付き合わせちゃったから・・・。』
ふと、時計を見ると17時を超えていた。
『帰りましょうか。』
『そうですね。』
二人は喫茶店を出て待ち合わせた場所まで歩いた。
それまで話の盛り上がりがウソみたいに静かに二人は歩いた。
靖男は無言は慣れているのだが、これにはちょっとした違和感を感じた。
まあ・・・いいか・・・。
靖男はいつものように、無言のままで昼間、里奈と待ち合わせた場所まできた。
『じゃあ。また。』
『今日はありがとうございました(^^)』
里奈は最後ににこりと笑って靖男にお礼を言うと後ろ姿を見せて帰って行った。
その瞬間・・・。
靖男は里奈の最後の笑顔が印象的でその場を動けずにいた。そして、その場で里奈の後ろ姿から目を離せなくなってしまった。
今日は・・・今日は楽しくなかったか?
否・・・楽しかった。
・・・なんでこんなに楽しかったのか?
映画が良かったのか?
それなら一人でしょっちゅう映画を見に行っているはずだ。
彼女の笑顔・・・最後は寂しそうだった。
後ろ姿・・・最後は悲しそうだった。
靖男は何か忘れているような気がした。
そう思ったときには靖男は自然と走り出していた。
『橘さん。』
里奈は改札の手前まで歩いており、靖男はすんでのところで追いついた。
『どうしたんですか?』
『忘れ物があって・・・。』
『え?忘れ物って?』
『その・・・ボクよく分からないんですけど・・・今日は橘さんと一緒に映画に行けて、とにかく楽しかったんです。』
何を言ってるんだ。ボクは!!
もう一人の靖男は心の中で言った。
やめろ!
どうせダメに決まってるんだから。
しかし・・・もう一人の靖男がまた心の中で言う。
言ってみなくちゃわからないぞ。・・・てゆうか言わなきゃ後悔するぞ・・・。
靖男は深呼吸して言った。
『橘さん。ボクと付き合ってください。』
里奈はにっこり笑って言った。
『こちらこそお願いします。』
その時の里奈の笑顔は今日一番キラキラ輝いている笑顔だった。
(了)
よく『実話ですか?』と聞かれたこの話。
実話ならいい話なんですが、残念ながら話し自体はボクの創作です。
タイトル『恋愛小説』の最初の部分にもちょっと触れましたが、橘里奈はボクがいつも行っている釣具屋の店員さんがモデルです。もちろん名前は知りませんしレジで商品の話をするとき以外はなんにも話したことがありません。ただ、店内で大きな声でハキハキと答えながら働く彼女はなかなか魅力的だったのでこの小説のヒロイン橘里奈のモデルになってもらいました。もちろんですが・・・当人はそんなことは知らないと思います。まあ・・・仮にこの小説が有名になったなら釣具買いに行ったときにでも話してみたいとは思いますが、そんなことは永久にありえないので・・・まあ・・・その辺は勝手にモデルにしちゃってごめんなさい・・・ということで・・・(笑)
さて、主人公の保高靖男。
こいつも実在します。
しかも里奈ちゃんよりもっと距離が近くて、ボクの高校の同級生です。
そして阪上克利はもちろんボク自身です。
約1ヶ月に1回の割合で釣りに行くとか、独身時代、『ラッシュアワー2』を見に行って当日券が売り切れた関係で男二人でメグ・ライアンとトム・ハンクスの『めぐり合えたら』を一緒に見る破目になったとか、実はその辺のくだりは実話だったりもするんです。
また、靖男くんの性格上、女性にこう言われたらどうするのか?ボクは会う度に彼に聞いていたので、大体のところは彼の性格もこれに近いものがあると思います。
そして・・・問題が一つ。
この小説のこと・・・。
本人知らないんです。
まあ、ハッピーエンドだし、こんな素敵な恋愛、お話の中だけでも出来たんだからいいじゃん!ってボクは思うのですが・・・彼はなんというでしょうか?(笑)
そして、最後に途中、ちょろちょろと出てきた多田史郎なる人物。
彼も実在するんです。
彼も高校時代の同級生。
夜勤をやっているせいか・・・真夜中に『安眠妨害しにきたぞ~。』とメールしてくるのも事実です。
そのせいでボクがかみさんに怒られたのもまた事実です。
こう考えてみると、創作の話の中に事実がいくつも入っているので、それがこの小説を実話に近くしているのかな・・・と思いますね。
ちなみに、ボクの小説を多田くんは読んでくれて、こうメールがきました。
『実話じゃないのか?』
彼は靖男くんのモデルをボクと同じく知っている人物ですので、読んですぐにこう思ったようです。
つまり高校時代の友人がみても実話に見えてしまう・・・靖男くんの性格はかなりリアルに書けたんだなと満足しました。
ただ・・・唯一・・・靖男くんが、実際の靖男くんと違っている点。
それは、最後の告白。
彼は・・・つまり実際の靖男くんはしないでしょうね。
本人にその辺のことはぜひ確認してみたいな・・・とは思ってますが、恐らく彼は自分を勝手にネタにされたことにまず怒るでしょうから、そこからなだめなければなりません。
だから実際どうなるかは実際、彼が本当に好きな女性ができるまで分からない・・・謎のままなんです。
さて・・・。
ここまでお付き合いしてくださった皆さんにこの場を借りて御礼申し上げます。
感謝をこめて・・・。
阪上克利




