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週末が来るのがこんなに遅く感じたのは靖男にとっては初めてのことだった。
いつも遅く感じるのだが、今週はとくに遅く感じた。
克利が釣りに行く週は週末までが遅く感じるといっていたが、これがその感じなのだろうか。
いつもは、ただただ・・・疲れるだけの仕事が今週はてきぱきとできたような気がする。
靖男は約束の時間に約束の場所でいつもの格好で行った。
なんだか・・・克利に聞かれたらなにかをつっこまれそうな気がしたが、まあ・・・いい。
どうせ克利はこのことを知らないわけだし言わなきゃいいんだ。
約束の場所には少し早めについた。それは高校時代の友人である多田史郎が、また夜中にメールしてきたからである。
『安眠妨害しにきたぞ~。』
いつも携帯は寝るときはサイレントにする靖男だが、なんだか金曜日は落ち着かなくて忘れていたのだ。
おかげで真夜中の3時ごろ、一回起きることになってしまったのだ。
そういえば3人が集まったときに、克利が言っていた。
携帯のアラームを設定しているのでサイレントにするわけにいかないから、夜中にメールするならウェブメールの方にしてくれ・・・と。なんでもかみさんに怒られるそうだ。
確かに・・・。
これは確かに、イヤだな・・・。
そのとき靖男もあらためて思った。
とりあえず・・・夜はサイレントにするのを忘れないようにしよう。
靖男はあらためてそう思ったのだが、そのまま眠れず朝を迎えてしまったのだ。
まあ、いいんじゃない?
今日は約束があるんだし。
そう思って早くから準備をして、でかけたのだ。
いつも克利や史郎との約束の時は大抵、寝坊したりなんだかんだで、数分遅れで行くのだが、そんなわけで今日は約束の時間より早く待ち合わせ場所に着いたのだ。
『待たせちゃってすみません。』
釣りに行くたびに聴きなれた、張りのある小気味のいい声に振り返ると、いつもとは違う格好をしている里奈がいた。いつもは釣り用のジャケットに雨合羽のようなズボンとゴム長なのだが、今日の彼女は、白を基調としたピンク系の柄が入ったブラウスに紺色のやわらかそうな生地のスカートをはいていた。
靖男にはファッションのことはよく分からないが、釣りのときに会っているときより数段キレイに見えた。
『いや。大丈夫です。』
『行きましょうか?』
『あ・・・はい・・・。』
靖男の頭の中には克利に普段から言われている言葉が一瞬のうちに駆け巡った。
『女性と話すときはよくよく観察して普段と違うところがあったら褒めるんだよ。ボケーっと黙ってたら嫌われるぞ。』・・・そのとき靖男はこう答えたのを覚えている。
『オレの職場も、プライベートも女はいねえから大丈夫だ。』
・・・しまった。
こういうときのことを克利は言っていたのだな。
と・・・言っても克利のようにできるわけでもないし、まあ、嫌われたら嫌われたでかまわないからいいか・・・。
靖男はそう思って、無言になった。
自分から話すことなどあまりないからだ。
『保高さんは釣り行かない日は何してるんですか?』
『う~ん。そうですねえ・・・。なんだろ。ぼーっとしてますね。』
『ぼーーーっと?』
『そうです。なんもせずにぼーーーっとしてます。』
『趣味とかないんですか?』
『・・・特にないですね・・・。』
『でも釣りは好きそうですよ。』
里奈は笑顔で靖男に話しかけてくれた。
釣具屋で見せた笑顔とまったく変わらない屈託のない笑顔だった。
『まさか・・・このあと100万の竿を買えとか言うんじゃないだろな?』不安が靖男をよぎった。
当然のことだが、里奈はそんなことは言わなかった。
『あたし、休みの日って一人で過ごすこと多いんですよ。趣味も釣り以外ないし・・・。』
『へええ。』
『一緒ですね。保高さんと。あたしもぼーーーっとしてます(^^)』
(つづく)




