ドッグフードは犬神に
――八百万の神々が人間と同じく普通に生活している世界。
そこで生きる私の恋人は、犬神である。
「……ほら、食べなよ」
「食えるかっ!」
テーブルを挟んで向こう側に座っている犬神に、食べ物の入った皿をすすめる。
「主食じゃん」
「俺の主食は米と味噌汁だ!」
「え、あんた猫じゃないじゃん」
「誰が猫まんま食うっていった?!」
それに、と私の恋人は言葉を続ける。
「俺は犬神であって、犬じゃねぇんだよ!ドッグフードなんか食えるわけねぇだろうが!」
彼が激怒するのは私がすすめた皿の上にドッグフードが乗っているから。
「犬神でしょ。犬の神様でしょ」
「違うっつうの!」
「だってあんたよく私のほっぺた舐めるじゃん。キスより舐めるほうが好きなんでしょ?」
「おまっ!!」
途端に顔を赤らめる恋人に、心の中でそっとほくそ笑む。
「だったら私のつくる料理よりドッグフードのほうが良いかなーって」
「…………お前、なにか怒ってるか?」
ええ、怒ってますとも。
……昨日のあんたの言葉に、怒っているんですよ。
――昨日、私が初めて作ってあげた手料理を、犬神に食べてもらった。いつもご飯を美味しそうに食べる犬神を見て、私の手料理を食べさせてあげたいって、そう思ったから。
だから、不器用な私が端正込めて作ったのに。
「お前、不器用にもほどがあるぞ。この玉子焼き、なにいれたんだ?苦いぞ。それならお前の妹のつくったヤツのほうが何百倍も旨いな」
確かに、自分でも味見して美味しくないなって思った。砂糖じゃなくて重曹を入れていたことにあとから気づいたし。
だから、私も一緒になって美味しくないよねって。
そう、笑いの種に出来たらいいなって思ってた。
それなのに。
妹の手料理のほうが何百倍も旨い、ですって?
いや、私の妹は器用でなんでも出来るのだけど。
でも。
「ねぇ犬神。いつ妹の手料理を食べたのよ」
「はい?」
「私の見てないところで2人っきりで会ってたわけ?」
「はぁ?!……んなわけないだろうが!」
無論、私もちゃんと理解している。
きっと実家に犬神を連れてきたときに、私の知らないうちに口にしたのだろう。犬神は押しに弱い性格だから。
理解しているからって、気持ちはどうしようもない。
ゆえに、次の日になってから嫌がらせのように彼にドッグフードを出したんだから。
「……もしかして、昨日のこと怒ってるのか?あんなのいつものことじゃねぇか!お前ヘラヘラしながら料理を出してくれたけどさ、本当は何度も失敗して割と成功したやつを出してくれたんだろ?……それ、知ってたけど、照れくさかった…っつうか……」
それもちゃんと理解している。
美味しいって言ってくれるかな、って期待しなかったわけじゃない。けれど、玉子焼きを渡したときに、顔を真っ赤にしてくれたことで、私は満足してしまったのだ。嬉しかったのだ。
……妹のくだりがなければ。
「……お前、ヤキモチ、妬いてんのか?」
「……」
やっと気づいたか。
真っ赤な顔だけで満足したけれど、やっぱり他の女の手料理のほうが美味しいって言われると、面白くない。それが例え妹でも。
ムスッと彼を見つめると、耳まで真っ赤にした犬神が、急に動き出した。
目の前にあったドッグフードの皿を掴み、流し込むように食べ始めたのだ。
「ちょ、何してんの?!」
慌てて彼の隣に移動し、急いで皿を取り上げる。
「……う……まっず……」
「当たり前でしょ?!これは犬の食べ物なんだから!」
「……犬、ね」
ゲホゲホとしている彼をほっとけなくて、コップに水を注ぎ、手渡す。
それを一気に飲み干した彼は、私に向かって微笑んだ。
「俺は犬神だけど、こんなの食べるくらいならお前の手料理がいいね」
「……なに、それ」
「お前の手料理のほうが、何百倍も旨い」
「……」
ああ、もう。
私は堪えきれず彼に飛びついた。
「……犬神憑きは、嫉妬深くなるっていうし。お前が嫉妬深くなったのは、俺のせいでもあるしな」
――その言葉は、首を舐められた甘い衝撃で、よく聞き取れなかった。
犬神憑きには諸説あります。
犬のように発狂するのを小説に入れようかと思いましたが……さすがに、ねぇ。(笑)




