60.出会い side-K
生理的に受け付けない祖父母、ぎこちない笑顔で接してくる母親、母親に偉そうにし、体罰はなくなったが毎晩毎晩口うるさい父親にうんざりしていた啓吾にとっての新たな環境の変化は、中学に入ってから訪れた。
地元の中学に入学してからすぐ、小学生の時に殴った1学年上の先輩からずっと恨まれていたらしく、めんどくさい絡みをされるようになった。
最初は通り過ぎる時に文句を言われるくらいだったが、無視していたら入学して少したった頃、放課後になると5人くらいの2年生が自分を待ち構えていたのだ。
人気のない所に連れていかれ、暴言を吐かれ肩をドンっと押された時にプチンと自分の中の何かが弾けたように体が動いた。
衝動のまま相手を思いっきり殴り返すと、周りの男たちは怯んだ。
啓吾は相手が怯んだとか気にもせずに次に近くに居たやつに襲いかかる。
気付いた時には囲んでいた男たちが皆地面に沈んでいて、啓吾は今までの人生で1度も感じたことの無い爽快感を感じて、思わず笑いだしそうになるのを我慢しながら清々しい気持ちで家に帰った。
帰宅したら勿論義理の母に何事か問い詰められたけど「お前に関係ない」と言うと義理の母は怯んだ様に口を噤んだ。
義理の母に初めて強い言葉を使ったが、特に罪悪感を感じず、むしろスッキリとした気持ちになった。
父親に言うかな?と一瞬考えたが、それなら父親ごと殴ってみればいいんだ!と短絡的に考えて納得した。
でも義理の母は何を考えたのか父親には言わず、次の朝、綺麗な制服だけが部屋に置かれていた。
1学年上の先輩を思う存分殴った件は、小学生の時のように教員が出張ってくるような問題にもならなかったので結果学校経由でも父の耳に入ることはなかった。
もし問題になった時のことを少し考えていた啓吾は、そういうものなのかと拍子抜けした。
それから戸田は荒んだ日々を過ごした。
例の2年が人を変えて増やして挑んでくるのを返り討ちにし、3年が面白半分で絡んできたのを返り討ちにし、名が売れたのか他の学校の不良に絡まれ、それも返り討ちにし、入学して1年も経ってないのに次々と現れる喧嘩の相手に少し食傷気味になりながらも、拳を振るうことでストレスを発散していた。
流石に3年相手や人数が増えると自分もボロボロになるし、怪我をするが啓吾にとっては心底どうでもよかった。
心配して泣かれたり、弱々しく自分を止めようとする義理の母がうっとおしかっただけだ、父親なんかは1度何かを言ってこようと時に軽く威嚇しただけで自分に背を向けたのに、あの人はいくら威嚇しても弱々しく自分に声をかけてくる。
祖父母に自分の行動は知られていないようだったけど、祖父母の過干渉は義理の母のそれよりも嫌悪の対象だったから祖父母の家に行くのは断固として拒否するようになったし、それに関しては父も義理の母も反対はしなかった。
そうすると自分と接点を持つのは祖父母にも難しかったようで、啓吾は自分の力で少しだけ自由に過ごせる環境を得たような気でいた。
表立って問題にならずとも、自分の素行の悪さは教師に伝わるらしく、校内では問題児の代表みたいになってしまって、気付いたらよく知らない悪そうな奴が近付いてきて取り巻きみたいに群がっていたし、父方の祖父と母親の良いとこ取りをしたらしい、女みたいな顔立ちのせいで女子生徒には延々言い寄られていた。
ただ、幼い頃から親の言いなりでまともな交友関係を築いたことない啓吾は全てに戸惑い、その戸惑いを隠すように虚勢を張った。
運動神経がいいのがいいのが体育の授業で知られて、入学時は度々部活に入るように誘われていたが、運動より勉強しろと言う父の命令で断っていた。
そんな部活動のヘルプ要請に、暇だしまぁいいかと応じる様になってからは、運動部の生徒達も関わるようになった。
運動部の連中は、自分の取り巻きみたいな奴らなんかと比べると、気のいいやつが多かったが、隙あらば絡まれる自分が、深く関わったら迷惑かけるだろうなとなんとなく想像できて、深く仲良くするような真似はしなかった。
そして不思議なもので同じ学校よりも校外の方が親しくしてくる奴が増えてくる。
喧嘩強いんだろと話しかけてきり、実際に喧嘩した奴があとから仲良くなるような流れもあった。
この頃になると、自分の口座から祖父から振り込まれた小遣いを引き出すようにもなって、金に関しても同級生の中では頭ひとつもふたつも抜けて余裕があった。
啓吾は金に執着もなかったので、普通に奢ってと言われたら奢っていたしで、そういった行いも、図らずとも自分の周りに人を集める要因のひとつになっていた。
人付き合いに少し慣れてきて、無駄に虚勢を張る必要がなくなっても、何故か、誰とも深くしたしくなることはしなかった。
そもそも啓吾は不良たちの素行の悪さに馴染むことができなかった。
啓吾に自覚はなかったが、父親から教育されたことが根強く残っていて、彼らがやたら楽しそうにしている悪さを心底下らなく感じ、どうしても一緒に楽しめない。
全く理解できないのだ。
辛うじて楽しさを理解できるのはスピードを出しているバイクの後ろに乗っている時くらいだった。
でもそれも、免許も持ってないのに運転してみたいとは思わなかった。
至ってまともな価値観を持ちながらも、止めるほどの正義感も持ち合わせてなかった啓吾は何が楽しいんだろ、とボンヤリ同級生らの行為を眺めるだけだった。
そして結局は関わってくる全ての相手の上っ面をなぞるような対人関係をダラダラと築くことになった。
その内何度ひねり潰しても次々に湧き出て喧嘩を売ってくる馬鹿な不良どもが1番うっとおしくなってくる。
前ほど爽快感は感じなくなってきたし、とにかくしつこいのだ。
─こっちはお前の名前も知らねぇのに飽きもせずギャーギャーうるせぇな。
と絡まれる度にうんざりする。
最初に喧嘩を買ったのは失敗だったかな、と考えたりもしたがやってしまったものは仕方ない、あれはあれでスッキリしたし、あの行いが転換期となり、家のしがらみが薄くなったのも理解していたので、開き直って挑んでくる相手を殴った。
啓吾は幼少期に父親に殴られていたおかげで、人を殴ること自体に全く抵抗はなかった。
ただ、疲れたり怪我したり汚れたりして、義理の母にしつこく心配されるのが最近さらに面倒に感じる様になっていた。
そんな日々を何となくすごしているある日の夜、
コンビニの前にたむろしていると、また見たことのない男に絡まれた。
相手は1人だが、少し遠くにそいつらの仲間っぽいのが塊でいてこっちを見ている。
理由は「俺の後輩をボコしやがって」みたいなよくある感じだったけど、啓吾にとっては心底どうでも良くて、ただ″寒い時に喧嘩売ってくるやつほんと嫌いだわ″と思いながら、売るなら買いますね、と喧嘩を買った。
一緒にいたメンツには俺一人でいいよ、と言う。相手は1人で来たし、あっちのお仲間の団体が乱入してきたら動いてもらうだけだった。
コンビニの駐車場の暗がりに移動する。
向こうが先制してきたパンチを腕でガードした時点で軽く勝てる相手だと啓吾は悟り、とりあえず軽くいなしていたら、道路に止まった車から人が降りてきたのが視界に入り、啓吾はそちらの方を見る。
同時に啓吾に殴られまくって戦意が落ちていた不良も同じ方向を見て「大雅さん!」と叫んだ。
─助っ人かよ。
めんどくさ、と思いながら車から降りる男を見て啓吾は心から困ることになる。
大雅と呼ばれた男は遠目で見ても自分よりも大きく、何より体付きが中学生にしては発育が進んでいる自分の身体とも、全く違う完全な大人の物だった。
それにその人が醸し出す空気が、今までに見たことがない、訳もなく恐怖を感じさせるものだった。
啓吾は暴力的ですが、それ以外の倫理観は父親仕込みで真っ当です。
″不良″と言うポジションは性に合わずともなんとなくズルズルと居座れるもので、そしてそうする危うさを子供が察することはなかなか難しいものです。
次は「焼肉と命令」です。




